4月15日(木)その2 ヴァレリオ大いに語る

事務所に戻っては来たが他にすることもないので、
建物内のカフェテリアでローザの仕事終わりを待ちつつ、やはりヴァレリオと話をしている。

驚いたことに、アイスランドでまた噴火が起こっているそうだ。
しかも今度は以前のものよりもっと規模が大きく、
噴煙と灰がヨーロッパにも達して、飛行機にまで影響が出ているらしい。
火山の詳しい場所はよくわからないが、
俺が噴煙を見たスコーガフォスの近くではあるらしい。
あのあたりの国道は洪水と灰によって閉鎖されているとか。
間違いなく俺も通過してきた道だろう。
なんにも考えてなかったが、結構際どいタイミングだったのかも知れない。
あの辺の人たちは大丈夫なんだろうか。

同じアイスランドでそれほどの噴火が起こっているのに、
ここハプンの街ではまったくそんな気配すら感じられない。
火山からそんなに遠くもないのに、風向きのせいで灰が飛んでこないんだそうだ。
おかげで迷惑をこうむっているのはヨーロッパの国々。
俺が乗り継ぎをするコペンハーゲンの空港も閉鎖されているとか。
ちゃんと飛行機で帰れるんだろうか…。
まぁ、今そんな心配をしてもしょうがないけど。

もう夕刻なので、カフェテリアは営業もしておらず、学生もいなくて閑散としている。

テーブルの上には、味付け用のオイルが3種類ほど置いてある。
日本の食堂でいう醤油とソースみたいなもんだ。
そこで思いついたことを、なにげなく発言してみる。

「イタリアのパスタって絶対にオリーブオイルを使うよな。
 でも俺はたぶん、パスタを食べてもオリーブオイルと普通のオイルの区別はつかないと思う。
 ほとんどどっちでもいいような気がするな。」

つくづく、余計なことは言うもんじゃない。

「…なんてことを言うんだ!!
 全っっっ然、違うじゃないか!!
 いいかい、ここに3つのオイルがある。
 バージンオイル、エクストラバージンオイル、それとレモンの風味をつけた、ただのオイルだ。」

「ふんふん。」

「さぁ目を閉じて。
 これからこの3種類のオイルをバラバラに渡すから、順番に匂いを嗅いでみて!」

しまった。どうやら変なスイッチを押してしまったようだ。

「はいよー。
 うーん、最初のヤツがいちばん香りが強いかな。」

「そう!これがエクストラバージンオイルだ。全然違うだろう!?
 さぁ、次はこのオイルを、飲んでみて!」

「飲むのか!!」

「もちろんちょっとだけだよ。
 フランスにはワインのソムリエというのがいるけど、
 イタリアにはオリーブオイルのソムリエがいるんだよ。
 それぐらいオリーブオイルの品質は重要なんだ。
 さぁ、こんな風に飲んでみて。んぐっ。ふーっ。」

「ふ…ふーん…。」

んぐっ。
うわ、これは、まぎれもなくオイルだ。
せいぜい鼻に抜ける風味というか香りがなんというかオリーブ?てなもんで。

「うーむ。ちょっとは、違う気がする…。」

「最も上質なオリーブオイルは、オリーブの実を絞った一番最初のものだけを使うんだ。
 エクストラ・エクストラバージンオイルって言って、これは素晴らしくおいしい。
 アイスランドではまず手に入らないけどね。」

「ほーぅ。」

「さらに、オリーブオイルは産地によっても味が違うんだ。
 気候や風土のほかに採集方法も異なっていて、たとえばローマでは、

 (大幅に割愛)

 と、いうことなんだよ!!」

「な、なるほどね!!」

以前、ほんの軽い気持ちからロシア人にボルシチについて尋ね、
壮大な大河ストーリーを聞かされるハメになったあの教訓を、俺はすっかり忘れていた。

しかしパスタそのものならまだしも、オリーブオイルにすら地雷が仕組まれていたとは…。
もちろんその後はパスタの膨大な種類についてスムーズに話が移行してくのだが、
それはもう、涙を飲んで割愛せざるをえない。

俺たちが遊んでいる間に今日も忙しく働いていたローザが、
なんと今晩、俺にアイスランド料理をご馳走してくれるという。

帰りにスーパーでいくらか買い物をして、ローザ宅に戻る。
できあがるのに少し時間がかかるとのことで、
ヴァレリオの提案により、近くの山を散策することに。

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ローザの家には、なぜか馬が2頭いる。

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しかも家の周りを自由に歩き回っている。
とても人懐っこく、どこまでもついてくる。
彼らの世話も今はヴァレリオの仕事で、近くにある厩舎で干草などをやっていた。

馬を放し飼いにして逃げたりしないのかと聞いてみると、
アイスランドの道によく設置してあるこれ。

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これがゲートの役目を果たすらしい。
こいつがあるだけで、馬は蹄が挟まるのをイヤがって外に出ないんだと。
ローザ宅の馬たちで実験してみたが、本当にそうだった。

これならいちいち開け閉めする必要もないし、たしかに便利だ。
今までアイスランドを走っていてこれは何だろうと思っていたが、ようやく謎が解けた。

ヴァレリオの先導でキャンプ場の裏手に広がる低い山を歩いて進み、
小さな滝を見て、また帰ってきた。
彼はガイドをしていただけあって、山歩きがとても楽しそうだ。
アイスランドでもできればガイドの仕事をしたいのだが、
言葉の問題と、客を運ぶための大型車を運転するライセンスが無いから難しいと言って悩んでいる。
俺みたいな観光客と違って、
曲がりになりにもアイスランドに住んで生活するとなると、そりゃあ悩みも増えるのだろう。

やがてヴァレリオの携帯にローザから電話が入り、ローザ宅に戻ることに。
それにしても、アイスランドは何もないわりに携帯電波の範囲だけが異様に広いことにはいつも驚く。
何もないからこそ、安全のためにそこだけは力を入れているんだろうか。
それなら話はわかる。

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ローザ宅にて、ご馳走にあずかります!
なぜかここにも仏陀が…。

「あなたがあまりにも痩せているから心配なのよ。たくさん食べてね。」

同じセリフを世界のあちこちで言われてるような気がしてならない。

この熟女殺しが!!

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ケチュパ?クチュパ?
発音は難しいが、とにかく、初めて食べるアイスランド料理。
簡単に言えば羊の肉が入ったスープで、
ローザいわく、アイスランド自生のハーブを色々と調合して作るんだそうだ。
でも今は、

「市販のスープの素を使うだけだから簡単よ。」

とのこと。

それともう1品(奥の皿の上のやつ)は、羊のスペアリブみたいのをどうにかした料理。
えーと、つまり肉だよ、肉!

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これも手作りらしい、ピスタチオの入ったアイスクリーム。

うーむ。どれもおいしかった。
初めてのアイスランド料理と言うよりも、
久しぶりに肉を食ったということのほうが新鮮だった気がしてならない。
ご馳走さまー!!
…って、日本でしか言わないのはなぜだろう。
ちなみにローザ宅に入る時も、「お邪魔します。」って言いたくてしょうがなかった。
そして実際に言ってヴァレリオに笑われた。

さて今夜もキャンプ場のコテージ前でテント泊、のつもりだったんだが、
なんと!
そのコテージを、1500IK(約1200円)という格安のお値段で使えることに。

知らない間にローザがキャンプ場のオーナーに交渉してくれたらしい。
今は水が止まっているからという理由で安くなったとのことだが、
別に水なんてペットボトルに汲んでおけば何の問題もない。

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いやー、実にありがたい。
ライダーハウスみたいな料金で、一戸建てを手に入れた瞬間。

予報では明日から雨、雪、プラス寒波なので、屋内に泊まれるのはとても助かる。
水が使えないだけでガスは使えるし、
コンセントはないけど昼間にソーラー発電で蓄えた電気で照明は点くという素晴らしさ。
ソファーベッドもあって、もう完璧である。

今日もほとんど一日中ヴァレリオと話をして過ごした。
時々文化的な違和感を感じることもあるが、
いつのまにかほとんど同年代の日本人と話しているような感覚になっているのが笑える。
これはヴァレリオの嗜好や性格にもよるのだろう。
日本のアニメばっかり観てると日本人っぽくなるのだろうか。

しかし…。
気の強いヨーロッパの女性に疲れ果て、
日本に来て『めぞん一刻』の響子さんのようなガールフレンドが欲しいと夢見ているヴァレリオ。

早く目を覚ましたほうがいい。