6月15日 野へ再び

宿はいいな。
蚊にかまれないし。涼しいし。
真っ暗でテントの撤収がはかどらないなんてこともない。
でも、ずっとここにいるというわけにもいかないのだ。
なぜかね。

バラデロでの朝。
出発の前に、まずはもう一度買い物だ。

昨日と同じショッピングモールに行き、開店と同時に入る。
スーパーでドリンクと食料を少し買うが、主な目的はもちろん50CUC札の分解だ。
よっしゃ、50札を2枚も崩せた!
だが今回は、パスポートの提示を求められる。
どうやら俺の名前や旅券番号を控えたいらしいのだが、
あいにくパスポートは宿のオーナー、ミゲルに預けたままだ。
そこで証明書ならなんでもいいのかと思い、ためしに日本の免許証を出してみる。
おっ、どうやらいいらしい。
が。
レジの彼女は困惑している。

あ、そりゃそうだ。
キューバ人に日本語で書かれた俺の名前が読めるわけもなかった。

「日本語は難しいよね!」

なんて笑い合いつつ、代わりに俺が書く。
旅券番号の欄に免許証番号を書いておいたが、キューバでそんなものが役に立つとも思えない。
まぁなんにせよカタチは大事だ。

宿に戻って手早く準備し、出発。
たった一泊しただけなのに、重い荷物を背負うのが随分と久しぶりな気がする。
 
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安全快適、居心地のいいミゲル夫妻の宿を出る。
ミゲルは俺が一輪車で旅をしていることに今さら気がついたのか、えらく驚いていて、

「妻が一輪車で走るところを見たいそうなんだ…。」

なんてことを言うんだが、実はミゲル自身もだいぶ見たそうである。
少し乗らなかっただけでちょっと違和感のあるマウンテンユニサイクルにうまく乗れるか少々不安だったが、
バッと飛び乗ってガッと走り出せたので上出来だ。
振り向いて走れるほど器用でもないので、
後ろ手でミゲルたちに手を振りつつ、そのままバラデロ市街をしばらく走り続ける。
 
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細長い半島の根元を4キロ進んで、早くもバテる。
ダメだ、荷物が重すぎる。
水だけで3.5キロあるとさすがに存在感が違う。欲張りすぎたか。
と言いつつ、最初の休憩で500mlの水を飲み干してしまった。それはそれで大丈夫か?
水が減るのは心配だが、荷物の重みが減っていくのは嬉しい。
一輪車旅でよく感じる複雑な心境である。
ところで、『重い』はスペイン語でペサードって言うんだな。
どおりでさっきミゲルの家で、「このザックは重い。」と言いたくて、
 
「ペスカード!ペスカード!」
 
って連呼してたのがまるで通じなかったはずだ。
辞書ひいたらペスカードって、『魚』のことだったよ…。
 
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バラデロを出てほんの1キロ。
サンタマルタの町に来た。小さな普通の町だ。
ここはもう、リゾートでもなんでもない。いつものキューバの風景。
ここの住人の目に、あのバラデロはどう映っているのだろうか。

今日は少し走りやすいと思ったら、曇り空なんだな。
太陽さえ隠れてくれれば、キューバの風は熱風ではない。
ユニサイクリングも順調だ。
 
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こんな風に写真を撮れるのも、余裕のある時だけ。
前方で止まってこちらの様子を気にしてくれていたクルマもいたようだが、
コンディションのいい時には走らないと、本当のヘタレになってしまう。
 
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なにげない田舎の道を走っているようでいて、時折おもむろに、
社会主義の勝利のために!とか、
革命がどうたら!って書いてあるところを、俺は今走っている。
キューバだけに。
 
勝利ねぇ…。
社会主義国の好きなフレーズだよな。
まあ確かに、超個人的には現状でアンタの勝ち、俺は負けかかってる気もする。
関係ないけど、海沿いのキューバの路面に落ちているのは、とにかくカニ。
水木しげる先生の描く妖怪ガニ並みにデカいカニ。

休憩がてら歩いている時、背後から馬車が追ってきやがった。
若者数人が乗っているようだ。
こいつら、乗って見せろとしか言わないから腹が立つ。
 
俺にも乗りたくない時があるんだよ!
意地でも歩き、馬車を先に行かせる。
馬車がだいぶ進んだところで一輪車に乗って走っていると、なんとやつらは俺が来るのを待っていた。
そんなに見たいのか!?
しかも俺が抜いた後から馬車でついてくる。
 
鬱陶しい。
なんで俺が一輪車で馬車を先導せねばならんのだ。
これだと気分で乗ったり降りたりできんだろうが。
連中は背後からしばらく俺のユニサイクリングを見物し、
そのうち飽きたのか、
 
「ロカ!」
 
と叫びながら、俺を追い抜いて走り去って行った。
辞書で調べるとロカは、クレイジーって意味だ。
そんなのおまえらの知ったことか。

あー、もうじきカルデナスの町だな。
だが今は水も食料も充分に持っているから、特に町に用事はないのだ。
そうなるともう、道端の草原に座り込んで水を飲むことぐらいしか楽しみがない。

そんな時だ。
枝道からゆっくりと馬車がやって来た。
また馬車か…。
今度のはおじさん一人が乗った農業用の馬車。
目が合ったので軽く挨拶すると、おじさんは馬車を止めて俺のほうをジーッと見つめ、
 
『乗っていけ!』
 
と、目とジェスチャーで示すのである。
 
おおっ、馬車!ののの、乗っていいの?
ありがとう!
やった!前から乗ってみたかったんだよな!
 
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馬車乗った!
思ったよりも揺れる。
でも楽しい!一輪車よりは早いし!
グングン走り抜けるクルマたちをよそに、馬はパカポコとマイペースで歩くのである。
パッカパッカと着実に。リズミカルに。マジメそうに…。
これは素敵だなぁ。
 
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ドライバー?のホセおじさん。
寡黙だが親切な人。
ところでまたホセだ。キューバじゃメジャーな名前なんだろうか。
やたらと覚えにくい女性の名前よりは簡単でよい。
 
おや、1キロばかり進んだぐらいで、もう次の町に着いたようだ。
ここがカルデナスか。
 
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カルデナスの町に馬車で入場!カッコイイ!!
 
ここで本道を離れるらしいホセと馬車とはお別れ。
たった数キロの馬車旅だったが、もう最高。嬉しくて仕方がない。
ありがとうホセ!
そして、カルデナス。そこそこ大きな町。
なんだか道が複雑である。どこで曲がればいいのやら。
あちこちで紳士やら修道女やらに聞きまくり、正しい道を探る。
やがて大きな十字路にたどりつき、まっすぐか右折かをしばらく悩んでいると、
通りの向こうから大声で俺を呼ぶ声がする。
十字路でカフェテリアを営んでいる男の声だ。
 
コワモテで一瞬ビビったこの男。
彼は俺に、とても懇切丁寧に道を教えてくれるのだ。
この道をまっすぐ行くと像が立っている。
さらに進むと左手に標識が見える。
そこで間違えずに左折だ!
紙にまで書いてわかりやすく説明されたので、これなら迷いようがないだろう。
キューバに来て以来、もっとも明瞭で的確な道案内だ。
そんな彼、
 
「今日は暑いな。のどが渇いてないか?」
 
そう言って、売り物のジュースを出してくれる。
実際何か飲みたかったところなのでありがたい。
飲み終えてお金を払おうとすると、
 
「いらない!いらない!」
 
なんと、受け取ってくれないのだ。
うわー、キューバ人におごってもらった…。
 
彼と俺とのやり取りを珍しがってか、店のまわりにはいつのまにか人だかりができている。
道もわかって一安心。
落ち着いたところで、写真を一枚。
 
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おかげで色々と助かった。ありがとう!!
よく見ると結構凝ったデザインの店だな。
この店主の人柄とあいまって、人気があるのがよくわかるよ。
 
衆人ガン見のなか、一輪車に乗って、さらばだ!
 
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カルデナスを出る。
この道をまっすぐでいいんだよな、たしか。
しかしこの道、しばらく国道を離れそうなのだ。大丈夫かなー。
まぁいいや。ちょっとあの木陰で休憩してからにしよう。
曇りなのに今日も暑い…。
 
カルデナス。
入る時も出る時も、とても印象の良い町だったな。
彼らはごく普通の親切なキューバ人たちで、俺はまさしくあやしい外人さんだ。
こんな関係なら、ちょっといいよな。
 
さぁ、まだ一日は長い。