7月10日 最後だから怒るよ…

深夜の空港はさすがに閑散としている。
 
空港というと成田をはじめとして深夜は閉鎖するところも多いが、
ここは夜でも離発着する便があり、どうやら俺は朝までこの喫煙ブースのベンチで寝ていられそうである。
 
この小部屋にいるのは入れ替わりでやって来る喫煙者と、あとは俺、そしてもう一人の若い男だけ。
キューバ人のように見える彼は、ベンチ3つをフルに使ってずっと寝ている。
そんな彼からはあまりいい雰囲気を感じないので会話するつもりはまったくない。
でも小さな部屋でずっと一緒にいると、なんとなく気にはなるものだ。
 
6つしかないベンチで横になって寝るのははばかられたので、部屋の隅っこの床の上で寝ていた俺。
深夜、人が近づく気配を感じて起きる。
現れたのは厳しい顔つきをした2人の男。
緊張の一瞬だが、彼らの用は俺ではなく、ベンチで寝ているあの男にあった。
寝ているフリをしながら聞き耳を立てる。
 
男たちは彼を尋問している。
パスポートを見せろと言っているようだが彼は出さない。
男たちは一人がキューバ人で、もう一人の白人はスペイン語を話さない。
おそらく外国の刑事か何かだ。
 
静かな口調だが張り詰めたやり取りをしばらく続けた結果、彼は男たちに連れられてどこかへ行ってしまった。
うわぁ、海外逃亡が直前で失敗した瞬間を目撃してしまったのだろうか。
彼は一体何をやらかしたのだろう。
事情がわからない俺としては、おつかれ、惜しかったね、としか言いようがない。
 
そんなミステリーもありつつ、深夜の俺はまたしても下痢である。
キューバ独特、あの痛くはないが待ったナシのやつ。
 
さっきはかなり危なかった。あまりにも突然の来訪。そして外出。
トイレが走って45秒ぐらいの距離にあるこの場所だからギリギリ間に合ったようなものの。
これが飛行機内でシートベルト着用サイン中とかだったらどうしてくれるんだ!
 
フライトまではまだ時間があるからいいが、それまでに収束しなかったらどうしよう。
せめてここからは何も食べず、機内食だけ食えそうなら食うという背水の陣で臨むしかない。
なんとか耐えてくれ。日本の地を踏むその時までは…!
 
全然関係ないけどこの空港、雨漏りしてるよ。 
  
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喫煙所の床で少しだけ眠り、さて起きた。
あと1時間ぐらいしたらそろそろチェックインが始まる。
 
今のうちに残ったCUCを日本円に換金できれば話は早いのだが、それができない。
一輪車に個別の超過料金が発生するかどうかわからないというのが1つと、
チェックイン後に出国税として25CUCを支払わねばならないからだ。
 
出国税というのはその名前からして実に意味不明な税金である。
空港使用料だと思えば腹も立たないが、その並ぶ列が非常に長いところは腹立たしい。
並ぶとわかっているんだから人を増やせばいいという発想はきっとここの人たちには無い。
 
さぁ、ついに順番が回ってきた。
早目に並んだ甲斐あってチェックインはすぐに完了。
一輪車の超過料金はなし。中身の確認すらしなかった。
問題の出国税も速攻で並んで順調に支払い、あとは両替をするだけ!
…と思ったら、両替所に誰もいない!
あわてて空港内の別の両替所に行くが、
 
「ここでは日本円には替えられない。」
 
その一点張り。なんだよそれ!
替えられないってどういうこと?
だから最初の両替所に戻れとしきりに言われるが、そこに誰もいないから聞いてるんだよ!
 
えーいラチがあかん。
元の場所に戻ってみると、カウンターにはあいかわらず誰もいないが、
その前で楽しそうにダベっている職員風の男女を発見。
ひょっとしてこいつらが係員かもと思って聞いてみたら大アタリ。 
ちゃんと仕事しろよ!!
いやもう今はそんなことはどうでもいい。
 
「このCUCを日本円に替えてくれ!」
 
「日本円?そんなのないわよ。」
 
話はそれで終了。
 
おいおいおいおい、「ないわよ。」じゃないだろ!
仮に本当に日本円がないとしても、もうちょっとフォローの仕方はあるだろうが!!
 
「わかった、じゃあもうユーロでいいから替えてくれ!」
 
「できないわ。イミグレーションの中でやって。」
 
なぁにぃぃぃ!?
イミグレの中で両替だぁぁ!?
そんなことが本当にできるのか。そもそもなんでCUCからユーロにすら替えてくれないのか。
小さな脳内は疑問でいっぱいだが、混乱しているだけでは何も進展しない。
ここが話にならないとしたら、もうイミグレの中に入ってみるしかないか…。
 
まったくなんてことだ。
キューバに到着したばかりの時、日本円からCUCにはホイホイと替えたくせしやがって。
キューバの金なんか国外に持ち出しても文字通り一銭の価値もないんだよ!!
 
もはや時間もないので、意を決してまずは出国審査だ。
審査はいつもそれとなく緊張するが、何も悪いことはしていないので当然パス。
で、中にも確かに両替所はあった!
よし、一刻も早く日本円に!と思いきや、ここでも日本円はない、とそれはもうアッサリと。
ぐあああ、ないってなんだよ!
使いそうな分ぐらいちょっとは準備しとけよ!
あのパプアニューギニアですら、ないといいつつ何分の一かは日本円にしてくれたぞ!
 
しかしここで怒ってもしょうがないので今度こそユーロに両替。
目減りはしたが、これで少なくとも持ち金がただの紙切れになるという最悪の事態だけは避けられた。
 
ところが、ユーロになりきれなかった余りが3CUC札といくらかの小銭で戻ってきたので困る。
もうキューバの金なんて見たくもないのに。
イミグレ後の売店にて買える額すべてを使って板チョコとジュースを買い、
それでも余った僅かな小銭は、
 
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ゴミ箱に捨ててやった。
 
金を捨てるなんて言語道断。
でも今の俺にはこんな硬貨などゴミ同然、いやゴミ以下なのだ。
それぐらい怒っている。
 
本当に、空港に来てからというもの、キューバの評価は下がる一方である。
実に、実に残念だ。
社会主義だかなんだか知らないが、ああおまえらはおまえらで勝手にやればいい。
俺はもうこんな国には二度と来ないとはすでに思っていた。
だが今では二度と来ないから絶対に、金輪際来ないにまで評価が下がっている。
いい経験をさせてくれたよ。
広い世界にはこんな国もあるのだ。
…いい人だっていっぱいいたんだけどなぁ。
このギャップこそが、キューバで受けた衝撃の最たるものなのかもしれない。
 
ああ、まだあと一時間もあるのか。
さっさと出させてくれこんな島!
客に対して偉そうな顔をするなら軒並み壊れてるトイレの鍵ぐらい直してからにしろ!!
 
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待ちに待ちまくった搭乗時間がやって参りましたよ。
一時は本気で怒り狂っていた俺だが、いよいよ出られるとなって落ち着いてきた。
 
キューバかぁ。
意外なことに、肉体的ではなく精神的にしんどい国であった。
政治体制の事情もあるんだろうが、やはりアジア人に対する差別というか、無理解には悩まされたものだ。
ハッキリ言ってこの国は嫌いだし、もう来ることは絶対にないが、
そのことと、来なければよかったというのとは違う。
こんな国だが、来てよかった。
これまでにない経験の数々により、得たものはきっと多い。
俺の世界は確実にまた少し広がった。
だから、来た価値はある。
 
さらばキューバ。
俺を鍛えてくれてありがとう。
  
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ハバナから3時間程度も飛べば、ここはもうトロント。
遠くに見える街並みが、遠くから見てももうキューバじゃない。
やった!ここはカナダなんだ!
 
でも喜んでいるヒマはない。
飛行機の到着から次の飛行機の出発までの間隔がなんと55分。
相当焦った行きの飛行機よりもさらに短いなんて一体どういうこと?
 
飛行機を降りてダラダラと歩く人々を全て追い越し、
ダッシュで税関審査、手荷物検査とクリアして、次のゲートに着くまでが30分。
それでも休む間もなくすぐに搭乗だ。
一度来て要領と勝手とこの空港の地理がわかっているからこそこのタイムで来られたが、
知らない人なら乗り遅れても全ッ然おかしくない気がしてしょうがない。
やるな、あの今回のチケットを手配した旅行会社。
行きといい帰りといい、この俺を試しやがったに違いない。
 
ともかく。日本へ向かう飛行機にはきっちり乗れたようだ。
デカい飛行機は満員。客はほとんどが日本人に見える。
1ヶ月ぶりに聞く日本語の嵐だが、毎度のことで特に違和感がない。
そりゃあ1ヶ月程度じゃなあ。
 
でも久しぶりに聴く日本語って、音程が高く感じるのが不思議だよな。
男の喋る低い声でもなぜか高い音を出しているように感じられる。俺だけだろうか。
あと1時間もすればすっかり慣れて気にならなくなるだろうけど。
 
よし飛んだ!
こうなったらあとはとにかく、13時間ぐらいボーッとしとくだけ!
 
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機内食はビーフ状の何か。
ライスはいわゆる『おかゆ』らしいのだが、英語で言うもんだからほとんどの日本人客が理解できず、
またカナダ人のキャビンアテンダントがおかゆという日本語を知らないので説明もできないという有様。
俺も何を言ってるのかわからなかったクチだが、そこはそれ。
何が出てきても深く考えずに粛々とよく噛んで食べるのみである。
実は腹のことが気になってそれどころじゃないのだ。
 
それにしても、飛行機がエアカナダに変わってからクルーの対応のいいこと。
なんといっても笑顔が素敵。
業務用の笑顔でも、笑ってくれるのとくれないのとでは雲泥の差がある。
これぞサービスってやつだよな。
キューバから出てきた俺には楽園にすら感じる。
 
でもなぁ、今にして思うこともあるんだ。
キューバ人は、金やサービスよりも、自分のまわりの人間関係を大事にしている連中だった。
金を基本においた生活のありかたとはちょっと違う人生観を持っていたように思う。
確かにアジア人旅行者の俺に対する接し方はほとんどボケナスレベルではあったが、
そんな振る舞いが彼らの全てではないはずなのだ。
 
キューバ人が家族や恋人、友人や同僚に表す愛情表現は、俺から見れば過剰に思えるほどだった。
ただの同僚と顔を合わすたびに抱き合ったりキスしたりなんてしないよな、日本では。
でもそんな時の彼らの表情は本当に嬉しそうで。
そして俺に向けられてきた仏頂面とはまるで違うものだった。
トロントを出て、キューバから遠く遠く離れていくにつけ、ふとそんなことを考える。
 
なるほど、西向き航路だとこうなるのか。
キューバで朝を迎えてから日本に戻って夜になるまでの約27時間、ずっと外が明るい。
ほとんど白夜の世界だな。こりゃ体調もおかしくなるわ。
そんな時差の影響と、立て続けに映画ばかり3本も観ていたせいで、結局ほとんど寝ていない。
多少は寝とかないと成田に降り立ってから後がヤバイ気もするのだが。
 
参考までに映画の感想。
『チャーリーとチョコレート工場』は英語だったので正直よくわからなかった。
『天国のエール』という邦画ではうっかり泣いてしまった。
飛行機の行きと帰りの両方で阿部寛に泣かされるとは不覚にもほどがある。
 
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無事に到着ー。
何がよかったって、腹にトラブルが発生しなかったのがとにかくよかった。
キューバ最終日にジタバタせず、空港でほぼ絶食状態になっていたのが功を奏したのかもしれない。
 
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おかえりなさい、そう言ってくれるのが日本のいいところだ。
 
ただいま。
 
たった1ヶ月のキューバ旅行。
帰ってきたら何か言いたかったのに、言うことなんか忘れたよ。