4月5日(月)その3 セルフォスの陰

今度のドライバーは、子連れのお母さん。
セルフォスまで行くので乗って行くか、と。

…お願いします…。

もう決めていたので、迷うことはない。

一輪車とリュックを後部座席に入れ、俺は助手席に座る。
ドライバーはドイツ人の女性で、後ろに幼い男の子を乗せている。

彼女と話したおかげで、いろんなことがわかった。

まず今日は、イースターだった。
キリスト教の祝日。
個人的に馴染みがないのでまったく気づかなかった。
そのイースターのおかげでクルマが多いんだと。
彼女自身も休みを利用して、セルフォスの友人宅に行く途中らしい。
なるほど、祝日か。
どうりで月曜なのにレイキャヴィークのデパートも閉まっていたわけだ。

次に、アイスランドでは他人を快くクルマに乗せる習慣があるということ。

「ドイツではヒッチハイカーを見ても何があるかわからないから絶対に乗せないけど、
 アイスランドなら平気。この国は安全だから。」

途中でクヴェラゲルズィとかいう本当の発音は一生できないような街を通過。

「このあたりには温泉があるのよ。ほら、あの煙のあたりがそう。
 アイスランドは火山と温泉が多いから。」

ほほーぅ。
俺が温泉に入る機会なんてあるだろうか。

「今夜は天気が良ければノーザンライトが見られるかもね。」

ノーザンライトって何?って思ったけど、どうやらオーロラのことらしい。
むしろオーロラって何回言ってもわかってもらえなかった。

「クルマの数はレイキャヴィークを離れるとだんだん減っていくと思うわ。
 でも、道もここより悪くなってくるし、寒いし、きっと大変ね。
 昨日はレイキャヴィークでも雪が降ったぐらいよ。 
 なんで4月なんかに来たの?7月のベストシーズンの時に来ればよかったのに。」

ベストシーズンは飛行機のチケットが高いんだ。それに人が多いのも苦手だし。

「あと、アイスランドにはクレイジーなドライバーがたくさんいるから気をつけなさい。
 私はドイツ人だから安全運転だけど。」

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約30分後、クルマはセルフォスの街に到着した。
クルマ速っ!!
そして親切なドイツ人親子はにこやかに去って行った。
どうもありがとう。
アイスランドについて色々と話が聞けて、楽しかった。

うーむ。
それにしても、だ。

なんだか一輪車旅というより、徒歩旅の様相を呈してきたな。
何よりリングロードが思ったより走りにくいのが予想外すぎた。
1車線で路肩は荒れていて幅もそんなになく、
さらに今日は横風が強くて一輪車どころじゃなかった。

もし今日みたいに行程のほとんどを歩かなければならないとすれば、
琵琶湖を一周した時のように、1日で100キロ以上移動するなんてことはまるで不可能だ。
それどころかこの調子だと、
50日間でアイスランド一周というのがそもそもムリかもしれない。
さて、どうしたものか…。

まぁとにかく、セルフォスまでは来たんだ。
確かにそこそこ大きな街っぽい。

この寒さと風の強さでは野宿は厳しいと思い、どこか泊まれそうなところを探してみる。
が、キャンプ場には誰もいなくて電話してくれという張り紙だけがあったり、
数軒あるはずのゲストハウスは地図がわかりにくいのか休業してるのか、
いくら探しても結局みつからなかったりした。
人に聞いても知らないと言うし。

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そんな具合で宿を見つけられないまま、午後8時。夕焼け。

とりあえず腹ごしらえということで、
ファーストフード店っぽいところでハンバーガーセットを食べる。
メニューの名前を読めなかったので、写真を指さしてどうにか注文した。
久しぶりに食べるドッシリした食べ物はとてもうまい。

陽が落ちるとあたりは急速に暗くなり、寒さも増してきた。
未練たらしくもう少しゲストハウスを探したが、
高そうなホテル(その名もホテルセルフォス)以外はみつからず、
結局、たまたま見つけた橋の下のスペースに思い切ってテントを張ることにする。

出発直前にネット通販で1600円ぐらいで買ったこのテント、初めての出番である。
橋の下とはいえ、さっきまでいたあの荒野よりはよっぽどマシだ。
安物のテントでもそれなりに風を遮断してくれるし、寝袋の中は暖かい。
いいな…。

しかし、夜中。

もともと強かった風がさらに、さらに強くなり、
深夜になるともうほとんど嵐!?雪も混じってブリザード!?
とにかくモノ凄い風である。そしてめちゃくちゃ寒い。
安テントはキシみまくり、
俺と荷物と一輪車の重さがなければ瞬時にブッ飛びそうだ。
クルマに乗せてもらってセルフォスまでたどり着いていなければ今頃…と思うとゾッとする。

とにかく寒い。
真夜中に何度も目が覚める。
テントは暴れる。
足先が冷たい。
寝袋に靴を履いたまま入りなおす。
なかなか眠れない。

今日の移動は51km、それプラス、クルマに乗せてもらった距離がたぶん20キロぐらい。

セルフォスの街を右往左往して宿を探している時、
地元の子どもたちが俺に向かって大声で笑い声をあげた。
変わった人間を見て驚き、注意を向けさせようと思って笑い声を張り上げているようだった。
いわば、ただの幼い子どもの好奇心だ。
でも俺は、彼らの方を振り向きもしなかった。

俺の本気を笑うな。

そう思っていた。

右ヒザの痛みが治らないうちに、
セルフォスの歩道で何かにつまづいてコケてできた左ヒザのケガがまた痛い。

真夜中。
寒さにひたすら耐える。