4月9日(金) 風雨


朝、寒い。
やはり雨。深夜から降り始めたようだ。
テントの床が濡れている。寝袋までシットリ。
みじめだ…。
テントに被せといたシートのおかげで水浸しというほどではないにせよ、
やはりこの装備では、完璧な防水にはほど遠い。

さて、そんな雨も今はちょっと止んでいるようだ。
まだ5時ではあるが、さっそく行動しようか。
やっぱりヴィークで一泊してればよかったなぁという気もちょっとはするけど、
過去を悔いてるヒマはないのだ!

テントの撤収は、雨が小止みのうちに急いで終わらせる。
雨に降られながらの撤収ほどイヤなものはないし、
雨でテントから出られずに一日中湿ったテントの中で過ごすのはもっとイヤだ。
今のうち今のうち。

ふと思ったけど、
ここ数日のように色んな国の人々に遭遇していると、
なんだか自分が日本人だという意識がだんだんゆらいでくるな。
外国に行くと自分が日本人だということを痛感させられる、なんてよく聞くけど、
どうも今の俺の場合は逆らしい。変なの。

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さぁ出発だ、ポンチョ(型カッパ)に夜明けの風はらまーせーてー。(盗作)

………。

………。

………。

死ぬかと思った。マジで。
出てすぐ雨。
雨天で一輪車はやはり今イチ調子が出ず、すぐ股が痛くなるので歩く。
風、雨、だんだん強く。
カッパ、早くも意味なし。
なんにもない。クルマもメッタに通らない。
岩と、草と、海だけ。
雨がカッパをスルーしてきやがった。
寒い。冷たい。疲れた。
でもこんな環境では、座って休憩することすらできない。
ひたすら歩くしかない。
リュックの重さで肩が痛くても、寒くても、冷たくても。
そうしないと、体がすぐに冷えて、それこそヤバい気がする。
昨日はあんなにノドが乾いてしょうがなかったのに、
今は水なんて全然欲しくない。よくできてるな人間の身体は。
歩いていると、1kmが長い。
気分を盛り上げようと歌っても、叫んでも、誰にも聞こえない。
歩くと、こんなにも遅い。
ユニサイクルはそれなりに速かったんだなと思う。
ついに、重ね着した服の中まで濡れてきた。
カッパはもうほとんど無意味だ。
失敗した。大失敗だ。
テントの中で冷え冷えしながら耐えてたほうが、まだマシだった。
アイスランドの荒野では、
雨の中をムリに進むメリットは、まるでない。
雨宿りや風よけができるような場所が、まるでないのだ。
それでも、5時間ぐらいかけて、20キロは歩いた。
風はさらに強く、気温はさらに低く。
このままではヤバい、この先の町まで30キロ。
着くとしたら、夜だ。
このまま雨が降り続けるとしたら、果たしてたどりつけるのか。
これはもう、仕方がない。
10分に1台通るか通らないかのクルマを、
ヒッチハイクしてでも乗せてもらうしかないんじゃないか。
今まで、恥を忍んで(このへんが日本人的)、
自分からはクルマを止めることなく、時々の偶然と厚意に甘えてきたが、
今の状態ではさすがにもうダメだ。
なんだか、体力はまだありそうなのに、
冷えと疲労で今にもパタッと倒れそうな気がする。
よし、今度クルマが来たら、呼び止めてみよう。
もうそうしないとダメなところまで追い詰められてる。
その次のクルマは、
奇跡的なタイミングで、みずから止まってくれた。
「どうしたんだ、ユニサイクルが故障したのか。」
レンタカーで観光旅行中の、カナダ人親子だった。
今度はカナダかよ…。
彼らはズブ濡れの俺を快くヒュンダイのSUVの後部座席に乗せてくれた。
クルマの中の暖かいことと言ったら…。
雪のグリーンランドをスノーモービルで旅し、
今はレンタカーでアイスランドを走っている彼と、その中学か高校生ぐらいの息子。
「この旅が終わったら、また仕事だよ。」
彼はそう言って笑っている。
俺は全身ビショ濡れで震えて凍えているのに、
『休みが終わりに近づくと、カナダ人でもブルーになるんだな。』
なんて変なところに感心していた。
またしても、人に助けられた。
自力で一輪車で完走なんて、もはやない。
今はただ、人に助けられてありがたいというだけだ。
「アイスランドは、風が強いね…。」
彼がそう、独り言のように呟いた。

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カナダ人親子のクルマで、次の町まで連れてきてもらった。
30キロぐらいはワープしただろう。
彼らはさらに先へと、雨の中を走って行った。
感謝だ。

さて、どうにかこうにか、町まで来たが…。
閉まっているレストランの軒下を借りて、少し休む。

この、やたら名前が長くて読み方もわからない町に、果たしてゲストハウスはあるのだろうか。
とりあえず町に唯一のホテルがあるようなので、そこに行ってみよう。
全身水浸しな今、宿泊料のことなど考えている場合ではない。
カラダが震えてどうしようもない。

それなりに大きくてリッパなこのホテルは、なんと予約で埋まっているそうだ。
本当だろうか。こんなシーズンに、大量の観光客なんかいるとは思えないんだが。
ま、絵に描いたような濡れネズミやしな…、俺。
だがホテルの人は、かわりにゲストハウスの場所を教えてくれた。
町から脇道に入って3キロ先だという。遠い…。
せっかく町に着いたのに、この雨の中を、まだ3キロも歩かなくてはならないのか。
少し迷うが、結局そこに行く以外、他にどうしようもない。

小さな店でチョコ系のお菓子を3つ買う。
今日に限っては飲み物を買う必要を感じない。
店の中は暖かいのでずっと居たいところだが、そうもいかない。

まったく止む気配のない強い風雨のなか、またしても町を出て、歩き出す。
もう自慢のマウンテンユニサイクルに乗る元気もない。
国道から離れたダート路面を歩いて3キロ。遠い、遠い。
これで、もしまたダメだったらツライな…。
そんなことばかり考えていたが、
なんと、なんと。これが大当たり。

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一泊たったの3500IK(2800円)で、まさかのコテージ!!
素晴らしい!涙でそう…。

スリーピングバッグ・アコモデーション、寝袋安宿というのを初めて利用したが、
よもやこんなにいい宿だとは思わなかった。
普通の宿と違うのは、ベッドに布団類が無いから持参の寝袋を使え、ということだけ。

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中も広い。ここを独り占め!

まずはシャワー!
熱いお湯…最高…。

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なんと、コーヒーメーカーまである。
ちゃんと粉も置いてあって、待望のホットコーヒーが飲み放題。
あったかい飲み物…これがずっと飲みたかった…。
他にも簡単な調理器具が全部そろっていて、まったくもって申し分ない。

ああ、もう意味不明な一輪車旅なんかやめて、ずっとここに住みたい!!

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一息ついたところで、札を乾かす。
とにかく全身すべてが濡れたので、服から何から、すべてを乾かさなくてはならない。
首から吊るして重ね着の一番奥に閉まっていたパスポートすらちょっと濡れたぐらいだ。
おかげで俺は全裸だが、コテージの中ではまったく寒くない。最高。

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ディナーを食うべく温水暖房で暑いぐらいのコテージを一歩出ると、外は今も荒れ狂っていた。
こんな風雨の中を今も歩いていたかもしれないと思うと、生きた心地がしない。
今回ばかりは、無謀だった。

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受付兼レストランのある棟で、一番安いメニュー『本日のスープ』を頼む。
それでも、マトモな食事、あったかい食べ物は、とにかく嬉しい。

本当によく、こんな素敵なところにたどり着けたものだ。
ほんの2、3時間前は、倒れる一歩手前だった。本当に。
今はこんなに暖かくて、元気だ。
何が道を分けるのか。
展開が急すぎて、一足先に身体だけが幸福を味わっている気がする。

レストラン内にゲスト用のパソコンを発見したので、
ひさしぶりのインターネットでさっそく天気をチェックしてみる。

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今いる町は真下から2番目の高さのところ。
明日、明後日は雨。
特に明日は、絶対に出発してはならない気配が充満している。

快適なコテージに戻って、考える…。

学習。
・雨の日は、宿から出ない、走らない。
・移動中に降られたら、おとなしくテントを張って中で待機。
・雨の中、ムリに走ってもいいことはない。むしろムダ。
・天気予報は大事です。

今となっては、いい経験をしたとも言える。今となっては。
明日も雨ならここで連泊もいいだろう。いい宿だ。

今日の走行、歩いて24キロ。クルマで約30キロ。

この先は、今まで以上に慎重に行かねばならない。
なぜなら、次の町まで、201キロあるそうだ。