4月13日(火)その2 ハプン、真夜中の騒ぎ

禁ユニサイクル状態になってしまったので、黙々と歩く。
全然進みゃしない。

はー。やれやれだ。

長い直線の道を、正面から来て通過していったクルマが、俺の背後で止まった。
そして、グイーンとバックしてくる。
何の用だろう。

クルマには男女のカップルが乗っていた。
いかにも陽気そうな男のほうが、クルマから俺に話しかけてくる。

「やぁ!もしかして、それでアイスランドを旅してるのかい?」

「そう。アイスランドをグルッと一周するつもりだよ。」

「スゴイ!スゴイよ君は!!君みたいな人、初めて見たよ!」

「そうね、スゴイわ!あなたはヒーローよ!
 まるでバイキングみたいね!野宿してるから。」

(それは誉めてないよね…?)

「実はボクたちは昨日も君とすれ違っていて、なんだあれは!って話してたんだ。
 そんな君を今日もみつけてしまったので、ついに話しかけてしまったというわけさ!
 えーと君は、中国人?」

「日本人。ユニサイクルで旅なんて、みんなが思うほど難しいことじゃないよ。
 ところで、君たちはアイスランド人?」

「彼女はアイスランド人だけど、ボクはイタリア人なんだ。」

(今度はイタリア人かよ…。)

「そっかー、ちょっと聞きたいんだけど、
 今頃のアイスランド北部って、やっぱり雪だらけなの?」

しばし考え込む彼ら。

「…うん、雪はあるだろうね。それにかなり寒いと思うよ。
 北部には200キロぐらい町のない区間があるけど、
 そこを一人で越えるのは、実際とても難しいことだと思う。危険だよ。」

「なるほど。ありがとう、ゆっくり考えてみるよ。」

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そしておもむろに写真を撮る。
イタリア人ヴァレリオと、アイスランド人ローザのカップル。

「何かあったら、いつでもここにメールしてくれ。
 君を助けることができるかも知れない。」

ヴァレリオはそう言って自分のメールアドレスを書いた紙を俺に渡し、
そして2人は再びクルマに乗って去っていった。

ふーん、親切なイタリア人もいるもんだ。
ヒザを痛めてちょっと落ち込み気味だったので、彼らの明るさは嬉しかった。

さて、まだもう少し、歩かないとな。

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21時…。
まだ歩いております。
やっと町に着いた!と思ったら、ここは地方空港とその周辺。
町じゃなかった…。
なかなかいい野宿スポットをみつけられないまま、
こんなとこまでズルズルと来てしまったよ。

ここから町まであと10キロぐらいあるんじゃないか…?
うっそー、遠い。遠すぎる。
歩きなのに…脚がバキバキに疲れてるのに…。
でもこんなに暗くなってしまったら、今さらテントを建てるのも難しい。
こうなったらもう、町まで行くしかないのか。

一輪車に乗れてたらもうちょっと早く進んでいたものを。
なんでこんな目に…。

ついに、真っ暗な中を歩くハメになってしまった。
なるべくこういう状況は避けたかったのに、
もう少しで町に着く、という微妙な状況が判断をつけにくくしてしまった。

これまであんまり役に立ってなかったヘッドライトを点灯し、
夜でもあいかわらずブッ飛ばすクルマに細心の注意を払いながら歩く。

あぁ、しんどい。それに寒い。
今日はゆっくりのんびりのハズが、
なんでこんなに歩きまくって、疲れ果てているんだ。

遠くに町の明かりのようなものが、ようやく見えてきた。
でも、まだまだ遠い。
あと何キロだろう…。

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23時。ハプンに到着。
明かりだ。待ちわびた人工の明かりがある。

ようやく、着いた…。
疲れた…。寒い…。
もう歩きたくない…。

ここは想像していたよりもずっと大きな街らしい。
街だ!大きな街!
久しぶりの都会の空気を感じる。
もう荒野なんか見たくない!

しかし、今は真夜中。
疲れた脚を引きずって街中をさまよい歩いても、
こんな時間に開いてる店なんか見つからない。
ノドが乾いて腹も減っているが、ここはガマンするしかない。

街は港で突き当たりだ。
この近辺でテントを建てようかと思ったら、
なんとアイスランドには珍しく『キャンプ禁止』の看板が。
みんな同じことを考えるらしいな。

いつのまにか0時を過ぎてる。
脚がもう限界だ。そして寒い。
何か考えるのも億劫になってきた。

もはや、朝まで過ごせればどこでもいい。
さっき通ったインフォメーションセンターの前のベンチあたりで、
寝袋にくるまって寝てやるぜ!

ベンチまでもう一息、あと少し、の気持ちで歩いていたら、
背後から黒いランドローバーが近づいて来たよ…。
なんなんだ!

中にはおばさんが2人。

「あなた、こんな時間に何をしているの?」

えーとそれは、かくかくしかじか。
話を聞いた彼女らは、それなら宿を紹介してあげると言う。
しかし、値段が1泊7500アイスランドクローナだと!
即座に、思いっきり難色を示す俺。
テントか、せいぜい安いスリーピングバッグアコモデーションで充分なんだと熱く訴える。
するとおばさん、真夜中のこんな時間に、携帯でどこかに電話をかけ始めた。
そして、

「4500クローナならどう?」

と聞いてきた。

え、4500!?
なんて微妙な値段設定!!

うーん、なんか断りにくいなぁ…。
ここはボッタクリパラダイスな某南の島じゃないので、
きっと彼女たちは純粋に善意で宿を紹介してくれているのだろう。
それにしても、最初に7500と言い、次に4500と来たか…。
この手際、まるでヤクザの交渉術だ。

結局、疲れと寒さとおばさん達の迫力に負け、承諾してしまった俺。

で、黒いレンジローバーの後部座席に乗せられ、どこぞに連れて行かれる俺。

ところで助手席のおばさん、ロレツが怪しいと思ったら酒臭いんですが…。
運転してるほうのおばさんが飲んでないことを心から祈ります。
ところで、あ…。

「あれ、このクルマ、街から出てない!?」

「…大丈夫よ。」

「何が!?」 

「またクルマで街まで送ってくれるわよ…。」

「誰が!?」

「彼女よ…。」

「彼女って、誰!!」

「ゲストハウスのオーナー。いい人よ。私の妹…。」

妹かよ!!

そうこうしてる間に、クルマは郊外の宿らしき場所に到着した。

うわっ、俺がつい2時間ほど前、半泣きになりながら通り過ぎた家じゃないか!

携帯で連絡していたのはやはりココだったらしく、
中から運転手おばさんの妹らしき人物が出てくる。

「ようこそ、私はクリスティーナよ!」

クリスティーナさん…。
名前のわりに、すっごいガッシリした、メガネグラマー(新語)のおばさまです。

クルマのおばさま達はサッサと帰ってしまい、
俺はあれよあれよという間にココの宿泊客になってしまった。

はぁ…。
夜中の1時に宿に宿泊なんて、金がもったいなさすぎる。
今夜は雨や雪が降ってるわけじゃなし、
寒さだけガマンして街のどこかで朝を待てばそれで良かったのに。
まさか今日、宿に泊まることになるとはな…。

でも、もう金も払ったし部屋に荷物も置いてしまった。
かくなる上は、できる限りモトを取ることにしよう。

深夜なのにテキパキと接客してくれるクリスティーナさんに、
今とても腹が減っていることを伝えると、
彼女は一旦自室に戻り、インスタントのコーンスープとヌードルを持ってきてくれた。

ヌードル!!こんなの久しぶりに見た!!
さらにここは、コーヒーと紅茶が飲み放題だ。

朝までガマンしなければならないと思っていたノドの乾きと空腹が、
こんな真夜中に満たされるとは夢にも思わなかった。
クリスティーナさんも寝てしまった宿のキッチンで独り、しばし、飲食に没頭。

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ようやく落ち着いたところで、部屋に戻る。
部屋は狭いが小ギレイで、何より暖かい。

4500IKは確かに痛恨の出費だが、
泊まってしまった今となっては、これもよかったかな、と思う。

それにしても、あのおばさん二人組は一体何だったんだ。
一時は本気で人さらいかと思ったぜ。
でも結局は、やはり親切な人たちだったのだろう。
それに冷静に考えてみると、あのおばさん達より俺のほうが2000倍怪しい。

今日は結局、予想外に80キロも進んでしまった。
ラストの20キロぐらいはフル歩きですよ。
もう、俺は疲れてるんだ!かなり!!

ふー。
どうにかハプンに着いたのに、まさかこんなことになるとはな。
あんなに歩いたあげく、なんでまた街の外に戻されるんだ!
超自然的な力が意味もなく働いたとしか思えない…。

ま、これもケイケンってヤツかなぁ。