4月14日(水)その2 続・北のイタリア人

犬の散歩が終わると、また事務所に戻る。
ローザの仕事が終わるのを待って、街の郊外にある家までクルマで一緒に帰るためらしい。

「外は寒かったから、ホットチョコレートを作ろうと思うんだ。」

「へー、それはいいね。作ったことあるの?」

「いや、初めてだよ。
 でも簡単だ、牛乳とこのチョコレートの粉末を混ぜて、電子レンジに入れるだけ。」

「ま、また電子レンジを使うのか?
 やめといたほうがいいんじゃないか。
 レンジの中で噴火が発生したらどうする。」

俺の注意をよそに、2人分のホットチョコレートを作り始めるヴァレリオ。
粉と牛乳を慎重に混ぜ、慎重にレンジに入れ、あとは慎重に見守る…。

出来上がったホットチョコは、なかなか美味しいものだった。
でもヴァレリオはどうもぬるいのが気になるらしく、

「もうちょっとあっためてみるよ。」

と言い出し、そのホットチョコを再び電子レンジに入れてチンした。

大方の期待を裏切らず、爆発していたのは言うまでもない。

「ヴァレリオ、君はもう電子レンジを使わないほうがいいと思うよ。」

彼のためを思い、そう忠告しといた。

チョコだらけのレンジを綺麗に洗ったその後。

ヴァレリオは今度はおもむろにノートパソコンを取り出し、
構内の無線LANを使って、YOUTUBEの動画を色々と漁り始めた。
映し出されるのは、イタリア語に翻訳された、日本アニメの数々。

「これは知ってるかい?じゃあこれは?ボクはこの主題歌が好きでね!」

そんな感じで、次から次へと出てくる。

知ってるのもあるが、知らないのも相当ある。しかも、モノが古い。
一体どういう基準でイタリア行きのアニメが選ばれているのかまったく不明。

ところで、キャプテン翼はサッカーの本場イタリアでも大人気だ。
しかしタイトルは『キャプテン翼』ではなく、

『ホーリー&ベンジ』

…元のタイトル、跡形もねぇ!!

ちなみにホーリーは翼君で、ベンジは若林君だそーです。
動画を観たかぎりでは、明らかに日本のユニホームを着ていたが。

じゃあ、日向小次郎は?と聞くと、

「マルク・レンダルス。」

と返って来た。なぜか爆笑した。

アイスランドのインターネット接続は定額制じゃないんだよ!と憤慨していたわりには、
日本アニメの動画で相当ネットを使っている彼の接続料金が、ひとごとながら心配である。

彼の携帯が鳴った。
着メロ、『もののけ姫』なんですね…。

電話の相手はローザで、仕事が終了したとのこと。

実は今夜、俺は郊外のキャンプ場にタダで泊まれることになった。

ローザからハプンで最も安いゲストハウスを教えてもらい、
散歩の時に下見までしていたのだが、

「天気のいい日に宿に泊まるなんて金がもったいない、場所さえあればテントで充分なんだが。」

みたいなことをヴァレリオに何気なく話したところ、
なんとローザが彼女の家の近くにあるキャンプ場のオーナーに連絡を入れてくれて、
結果、タダで使わせてもらえることになったのだ。

そういうわけで、これから彼らと一緒にクルマに乗り、キャンプ場に行くのである。
ハプンを出て30分ぐらい、まずはローザの家に寄って彼女を降ろし、
そこから10分ほどダートを走った先にあるキャンプ場へ。

イメージ 1

広い敷地の中に、コテージが1軒建っている。
どこにテントを建ててもいいと言われると、俺が選ぶのはコテージの前。
風雨に強そうだからな。

ヴァレリオは、後でホットスパに入りに行こうと言い残し、一旦ローザ宅に帰った。

イメージ 2

今日は色々食ったので、晩メシはクッキー1袋で充分っぽい。
そしてこれ、アイスランドでよく売っている、モルトドリンク。

飲んでみたら、まさにノンアルコールビール。
かなり甘いけど、ビールっぽい感じはある。
日本で莫大な金をかけて開発されたノンアルコールビールよりも、
こっちのほうがよっぽどビールっぽいと俺は思う。

そのうちヴァレリオがまたクルマで迎えに来て、
2人で近くにあるホットスパというところに行く。
まぁ、天然の混浴露天風呂みたいなもん。
とはいえアイスランドの温泉は水着で入るのが基本だ。
そのために今日ショッピングモールで水着を買ったりした。

夜になるともう寒い。
脱衣所で気合いを入れて服を脱ぎ、いくつか円形に囲んである温泉に飛び込む。
一旦飛び込んだら、周りが寒いのでもう出られない。

わずかばかりの照明をのぞけば周囲は自然な暗闇。
こんなに暗くてヘンピな温泉なのに、わりと客がたくさん来る。
アイスランド人も温泉好きらしい。

温泉に入りながら、ヴァレリオがデジカメで動画を撮っている。
暗くてなんにも写らないよ!とぼやきつつ、

「なんにも見えないけど…今、ボクたちは温泉にいます!
 彼はアイスランドを一輪車で一周するという日本人で、
 ちょっとオカシイ人でーす!」

みたいなことを陽気に実況している。
そんな動画を一体どうするつもりなんだ。記念か?

入る時以上の気合いを入れて温泉から出て、
やたら寒い脱衣所で素早く服を着る。
クルマに乗って、キャンプ場まで送ってもらう。

テントの前で、また話しをする。
ヴァレリオがポットに入れて持ってきていた温かいジンジャーティーが嬉しい。
あいかわらずアニメの話や、たがいの境遇の話なんかをする。

寒いわけで、夜空を見上げると、満天のオーロラが踊っていた。

今夜のオーロラは、ゆらゆらと揺れているのではなく、
夜空全体がパッ、パッと激しく彩りを変え、まるでネオンサインのようだ。

「オーロラって、もっと赤いのかと思ってた。」

「南極では赤いらしいよ。北極圏のオーロラは、緑色なんだ。
 もうオーロラのシーズンは終わりかけているけど、
 真冬のオーロラはもっと大きくて綺麗だったよ。」

やっぱり、オーロラは写真には写らない。ただの真っ暗だ。
写真は早々に諦め、締めつけるような冷気のなか、夜の光に見入る。

やがてヴァレリオはローザの家に帰った。

あぁ、ようやく一人になったなぁ。
賑やかな一日だった。

今夜は冷える。風もそこそこ強い。
昼間にヴァレリオのパソコンで見せてもらった天気予報によると、
週末の寒波というのは、かなり強力なものであるらしい。
いつこの街を出発できることやら。

でも、不思議とこうやって、快適な宿泊場所を提供してもらえた。
こんな、教わらないと誰もみつけられないようなキャンプ場にテントを張って。

見上げれば、いつまでもオーロラの独り舞台。
でもそうしてると身体が冷え切ってしまう。

今日は一輪車で1メートルも走ってないのに、疲れた。