5月10日(月)その2 無幻

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大量のクルマにウンザリしながらも、ようやくここまで来たぞ。

ここは海底トンネルと迂回路の分岐点だ。
まっすぐ行けば、有料の長ーい海底トンネルを通って首都レイキャヴィークに向かう最短コース。
左に行くと、大きく入り江を周ってトンネル出口あたりに出てくる迂回路コースだ。


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このトンネル、自転車、歩行者、馬はダメらしい。
やった!一輪車とは書いてないぞ!
…でもツマミ出されるだろうな。やっぱり。

さーて、おとなしく迂回コース全長61キロのほうに進みますか。
初めからその気だったけどな!

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よし、思ったとおり、迂回コースに入るとクルマが激減した。
これからの61キロはクルマに怯えて路肩を歩かなくても良さそうだ。

道もそこそこ良く、景色は美しい。
ようやくユニサイクルツーリングを満喫する時間がやって来たぜ!

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あの入り江をグルーッと一回りして、やがてはトンネルの反対側に出るわけだ。
長い道のりではあるが、なーに急ぐ理由もない。

ただもう17時を過ぎているので、今日は途中のどこかで泊まることになると思う。
とりあえず地図によると、もうちょっと先にドライブインがあるらしいから、
今はそれだけを楽しみに走るとしよう。

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あった!
分岐点から16キロ。ドライブインを発見!
これで水と食料の補給ができる!

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って、ええ!?

平日、16時までぇー!?

今は…17時半。
またか…また俺は間に合わなかったのか…。
土日なら18時まで営業してたのに…。

まったく、何だ午後4時閉店って!小学生相手の駄菓子屋か!!

…うーん、どうしようかな。
もうこの際、ここにテント張って明日の開店まで待つかなぁ。

でも食料も時間もまだあると言えばある。
天気もいいことだし、そうだな、もうちょい進んでみるかー。

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19時。
なんだかこのあたりは地形が極端だ。なぜか斜度10%以上の急坂が連発。

急な坂だと上るのがしんどいのはもちろん、
下りでもブレーキを多用してゆっくり下りる必要があるので、
せっかく上がってきた位置エネルギーが実にもったいないことになる。気力と筋力のムダ使いだ!

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はい、またしても急坂!
しかも今度のはかなりキツいな!余裕かまして写真撮ってる場合じゃない!

それはそうと、遠くの建物のあたりでうっすらと煙が見える。
あれはなんだ。
アイスランド名物の温泉か?

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普通に火事でした…。
頼むから目の前で爆発しないでくれよ。

煙の流れを見ると、今はやはり向かい風なんだ。
ドライブインを過ぎたあたりで、風向きが急に向かい風に変わってしまった。

一日中外を走っているとわかるのだが、時々、風向きが変わる瞬間というのがある。
それは大体今みたいな夕方頃で、風と一緒に、
匂いというか気配というか、そんなものもふわっと変わる。

変わった風向きが追い風ならいいけど、今は向かい風だ。
ちょっとやっかいではある。

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20時。
ここまで水が補給できずに苦しい思いをしていたが、こんなところで天然の水道を発見。
こんな風に岩場から湧き出す、まさに湧き水ってのは久しぶりに飲んだ。
冷たくてうまい。これで生き延びられる。

この迂回ルートに入ってから、バイクとちょくちょくスレ違うようになった。
でもアイスランドの地元ライダーは北海道と違って他のサイクリストに挨拶する習慣はないらしく、
ほとんど誰もが無愛想に通り過ぎていく。
多くのドライバーが俺を見て豊かに反応してくれるのとはまったく逆で、これは不思議だ。
今の俺は孤独に走るのがイヤではないので、それはそれでかまわないのだけど。

急坂をいくつも越え、立体に曲がりくねった複雑な海岸線のカーブを何度も曲がった。

するとやがて、前方のはるか遠くに、橋のようなモノが見えはじめた。
あれはおそらく、入り江の一番奥だ。
あの橋を渡れば、今度は海の反対側を今とは逆の方向に向かって走ることになる。

やっともうすぐ半分だ。
そしてあそこを折り返せば、追い風パラダイス!

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20時半。入り江の折り返し点である橋に到達。
あー長かった。
さぁ、これからは追い風だ。行けるとこまで行こう。

今まで俺を苦しめてきた向かい風が、今度は追い風になって俺を助けてくれる。

気持ちのいい風が、俺の背中を押してくれている。

ユニサイクルの上で両手を広げ、全身を帆にして風を受ける。

キツいのぼり坂も、まるでエスカレーターのようにのぼってしまう。

気がつけば、疲れを感じない。

もうしばらくクルマを見ていない。あたりには誰もいないのか。

ふと、まわりを見た。

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カモメのような無数の海鳥が群れ飛んでいる。

その白っぽい海鳥が、海の上にもたくさんいる。

見上げれば透明な空。鳥たちが、険しい岩山の頂上に浮いている。

俺のまわりを、鳥たちが虚ろに流れてすべる。

音はない。

山があって、海があって、道の脇には金色の草があり、無数の鳥たちがキラキラと世界を舞う。

あたたかい光は濃く、やわらかく、オレンジ色の影を鮮やかに写す。

風で草たちは揺れている。果てしなく深い海の表面は騒いでいる。

それでいて、すべては止まっている。

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何が起こっているのだろう。

道を走りながらいつのまにか、なにか大きなものに、呑みこまれている。

不安はない。焦りもない。無限の広がりだけを感じる。

風、光、オレンジ、岩、青、海、空、鳥、草、道、どこまでも遠く。長く。

そうか。

今、この時のために、アイスランドに来たんだ。

そう思う。

でも、この気持ちは、いつか必ず忘れてしまう。

思い出すことがあるとしたら、それは死ぬ間際かも知れない。

だから今は、こんなことがあったんだという記憶だけが、単調に刻まれるのだ。

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22時ちょっと前。

滝の見える休憩所を見つけた。
今日はもう、ここで寝よう。

今日の走行距離は84キロ。

明日は明日。
月と波と共に休む。