峠の迷宮

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ブリブリ怒りながら、県道381号線までやってきた。
こんなにイライラするのは、今日が暑いせいもあるだろう。
確かに、暑い。
30度は越えてそうな気がする。
腕まくりをした露出部分の肌が赤くなって痛い。

県道381号線は、いわゆる峠道らしい。
歩道がなく、路肩も細い古そうな道を、ヒィヒィいいつつ上る。
まわりに茶畑さえなければ、なんて箱根に酷似したシチュエーションだ…。

そこそこキツい勾配の、急カーブの木陰で休んでいると、
さほどキメキメではない自転車の青年が通り過ぎ、なぜか戻ってきて話しかけられる。
彼は東京から浜松まで走るんだそうだ。
それで、なんでもその道中において、先輩の結婚式のためのビデオレターを録りためているらしい。
ふーん?また変わった…いや、殊勝なことを。
俺も頼まれて、ビデオカメラの前で「おめでとうございます!」などと言うのであった。

そんな彼、ビデオを録り終え、俺のアイスランド写真付き名刺を見て初めて、目の前にあるマウンテンユニサイクルの存在に気がついたらしい。
ずっと俺の横に転がってたんだが…。
人間、あると思わないモノは、目に入っても意識から除外されるんだな。

それにしても、先輩の結婚式のために、ビデオレターを撮りながら東京から浜松までとは。
彼も好青年なら、その先輩もきっといい人物なのだろう。
俺はと言えばただ、自分のために走っているだけだ。

ようやく峠を上り終えた。
人がせっかく気合いで頂点に立ったのに、そこにカラフルなラブホテルが建っていたりすると、何ィーッ!?って気になるぞ。
しかしそんなことより、問題は下りだ。

苦労して歩いて上って来たぶん、下りは颯爽とユニサイクルで下りたい。
だが、太もものダメージはまだ治りかけだ。
ここでまた箱根のように走り下りたら、せっかくおさまった痛みが再発するのでは…。

峠の頂上でしばらく考えて、やはり乗ることにする。
ここは歩道もないことだし、ブレーキを最大限に使って、ゆっくりゆっくり下りることにしよう。
下り坂を一輪車を押しながら歩くのは、情けないだけじゃなくて結構しんどいのだ。

止まるようなスピードで、できるだけ太ももに負荷をかけないように、ジワジワと長い峠を下りる。
そうか土曜日か、速そうなクルマやバイクが時々走り抜ける。
ヤツらはできるだけ速く、俺は可能なかぎり遅くだ。
ブレーキレバーを強力に握り続けている左手の指が痛い。

なんとか峠を下り終え、少し上れば峠の茶店のような商店があった。
茶店のマダムはおもしろい人で、俺が一輪車で日本縦断中と知ってもあまり驚いた様子もなく、ニコニコしている。
聞けば、この道はよく長旅のチャリダーが通るんだそうだ。
中には一輪車で来た人もいるとのこと。なるほどな。

彼女いわく、ここは今では県道381号線だが、昔は旧国道1号線だったんだと。
そうか、それで納得した。
やはり自転車歩行者一輪車は、この道でよかったのだ。
しかしそれならそうと、わかりやすく書いといてくれればいいものを…。
静岡県の道路関係者の計画センスは、つくづく謎だ。

マダムがおもむろに聞いてくる。
「北海道から沖縄まで行く理由はなんなんです?自分探し?」

「え…あー、理由は特にないな…。自分ならここに居るし…。」
我ながら冴えない答えである。
しかし、パッと出てきたコトバには、わりと本音が含まれると思う。

なんだかおもしろかった茶店での短い一時を終えて、再出発。
マダムによると、ここからは下りを経て、しばらく平坦な道のりが続くらしい。

俺がヘロヘローと下る横に、明らかに営業車のバンが停車していた。
仕事中の休憩か何かなのだろう。
営業バンを抜き去ってしばらく走ると、なんとバンは走り出して俺の先回りをし、停まって中から男が出てきた。

一瞬の緊張。

しかし彼は、何か薄いモノを俺に差し出しているようだ。
止まって受けとると、
それは彼の名刺と、千円札…。

え、カネ!?
そそそれはマズい、さすがに受け取れないよ!!
だが彼は言う。

「さっき峠の頂上にあるホテルのあたりでも君をみかけたんだ。
スゲー!って思ったよ。これは取っといて!」

そう言い残して彼は、さっさと営業車に乗って走り去ってしまった。
キケンジ名刺を渡すヒマもなかった。

パワーをもらった、と、時々言われる。
誰のためでもなく、ただ自分が好きで始めただけのこんな行為が、
こうしてちょくちょく、人の心を動かすことがあるらしい。
不思議なような、ちょっとはわかるような。
まぁ、いいと思う。
誰も損をしてないんだから。

坂を下り終えると、そこには神社が。
名前が素敵である。

事任八幡宮。コトノママ。

願い事がなんでも叶うという意味の、由緒正しき神社らしい。
でも俺には、ことのまま、という言葉のもつ響きが、なんとも心地よく感じられるのであった。

そんな事任八幡宮のすぐ近くには、道の駅・掛川がある。
コンビニがくっついた素晴らしい道の駅だ。
時間は…まだ16時か。
まだまだ走れるけど、どうしよう。

週末の人出で大賑わいの道の駅をウロウロしつつ、悩む。
そして案の定、悩んでいるうちに日が暮れた。
38キロしか走ってないけど、今日はもうここでいいか。
太ももの筋肉も本調子ではないのだし、休養ってことにしてしまえ。
ここはかなり優秀な道の駅だしな。

道の駅にも、本当に色々とある。
野宿しやすいとこ、しにくいとこ。
中には野宿を禁止しているところもあったりして、なかなか見極めが難しい。
そんな俺の妙に豊富な道の駅野宿キャリアにおいても、今日が初めてである。
道の駅のスタッフであるおばちゃんに、

「どうぞ泊まってってください。」

なんて言われたのは。
ここには休憩所があって、俺には大して必要もないが冷房まで効いている。
今はその休憩所でこれを書いているわけだ。
まぁ夜中に人の出入が多いようなら、俺はいつもどおりに外で寝るけどな。

早く寝床がみつかったから早くブログを書いて早く寝るつもりだったのに、もうこんな時間か。
今日はなぜか、旅日記の筆がなかなか進まなかった。
そもそもラクに書ける日なんてほとんどないんだけど、今日は特に。

よし、道の駅併設のコンビニで何か買ってくるか。
明日も長いし、明後日も長いのだろう。
あちゃー、日焼けした腕に水ぶくれが…。