熊本信仰夜話

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いかん、すっかり寝てしまった。
野宿上等な俺ではあるが、
たまに縁あって人の家に泊めてもらった時には遅くまで寝てしまう傾
向がある。
やはり疲れがなくはないのだろう。
逆にいえば、ありがたくも良い眠りが得られたということだ。
旅日記は全然書けてないけどな。

極めて和風で美味な朝ごはんをいただく。
温泉や暖かい寝床で緊張の緩んだ脚の筋肉が、軽く痛むようだ。
立ち上がる際にイテテテ…などと俺が言うのを、
保育園児のカズ君にマネされてそれと気がついた。
子どもはおもしろいな。

朝早く出勤していった坂東さんにお世話になったお礼を言い、
俺も出発の準備を整えてから、子ども達の前で一輪車に乗って見せる。
こんな時にハデな技でもキメられればいいのだが、
あいにく俺はどこにでもいるフツーの一輪車乗りである。
だが、そこそこウケたようでよかった。
期せずして揃った一輪、二輪、三輪車を並べて撮り、
改めてお礼とお別れを述べ、いざ出発。

教わった通りに国道ではなく裏のバイパスを通って一路、熊本市へ。
阿蘇から熊本市までは30キロちょいはあるが、ほとんどが下りなので早い。
ここは路面の状況と股の耐久力の許す限り、一気にユニサイクリングだ。

広大なカルデラに囲まれた阿蘇の町並みは急速に背後に隠れ、
もはや平らな田園地帯を粛々と進み続けると、いずれは街に当たる。
熊本市だ。
おー、久しぶりに都会と呼べる場所に来たな。
大きな店舗がいっぱいあるよ。

Tシャツ旅の時はずいぶんと世話になった熊本の市街も、
一輪車の旅では特に用事がない。
混雑を避けて国道バイパスを走り、中心部を迂回して先に進もう。

それにしても熊本市民、妙に話しかけてくるな。
特におばさま達は軽ーく声をかけてくれるので、こちらも楽しい。
気にはなるのだろうが見て見ぬフリ、
というありきたりなリアクションに慣れているから余計だな。

結構広い熊本市街を半円状に迂回し、やがて国道3号線に合流。
ついに来た、九州のメインストリート3号線!
九州の東岸を走る10号線から、西側を行く3号線へ。
ここに九州横断は完成をみた。
あとはもう、南下するのみ!

とかなんとか感激しているうちに日が暮れた。
うーん、今日もまた夜になったか。
気がかりなのは昨日の旅日記をまだ書けていないことだが、
今日はひたすら走ってばかりでさほど出会いもなかったので、
どこかで落ち着いたらまだ一気に書くこともできるだろう。

そういえば、阿蘇の山中にて三脚が風で吹っ飛んで一部壊れた。
これがないとセルフの撮影があまりに面倒だ。
休憩ついでに修理でもするか。
コンビニ脇で休みつつ、100均などで集めたパーツを使って三脚を直す。
その結果、前より使い易い特製スマホ用三脚になったようだ。
よしよし。

それはいいんだが…。
ここは熊本県なのに宮崎ナンバーのクルマから下りてコンビニに入っていったおばさまが
なんとおでんを持って俺の前にやって来たようだ…。

冬にコンビニ脇の地べたに座って何かしていた俺が気にかかったらしい。
ありがたくもおでんを振る舞ってくれつつ、
おもむろに話しはじめたのはイエスキリストについてだ。

宮崎県からクルマでどこかに行こうとして道を間違えたという彼女。
クリスチャン歴5年、キリスト教に随分と救われたらしい。
本当に涙まじりの熱弁で、神のありがたさ、尊さを説く。
息子をはじめ、知り合いの人々や近所の詳細な地名などがすべて実名。
ともかく、神にお願いすればすべてが叶うと。
病気は治るし家庭は円満、しかもお金が欲しい時など、
クルマの自損事故の治療費で30万円いただいたとか。
なんという現世利益の追及…。

しかし俺は昔から、こういう善良な人の話を断ち切るのが苦手なのだ。
適度に相づちを打ちつつ、気になるのは急速に冷めてゆくおでんである。
最後に俺の手を握りしめて熱心に祈ってくれたあと、ようやく解放された。
長かった。
この間、関係ない人に2人も話しかけられては去って行ったからな。

おでんはまだギリギリ温かい。
おばさまはいい人ではあった。
俺は人の信仰をとやかく言う気はない。
人同士が集まって生きていく中では自己のバランスを保つことは難しい。
そんなとき信仰は、自分の生きる方向に指針を与える強い軸となりえるのだろう。
今の俺はそんな風に考えている。

クリスチャンおばさまが去り、おでんも食い終わると、再出発である。
やはり熊本県民は人懐っこい性質なのか、
クルマの後部座席から中学生ぐらいの少女が、
今までで一番大きいぐらいの声援を送ってくれるのである。
祈りもいいが、今の俺にはこの声援こそが力だ。

すっかり暗くなってもさすがは国道3号線。
歩道はそこそこ明るく広く、走りやすい。
ガンガン走ってできる限り行こう。

やがて熊本市を出て宇土市。
大きな十字路に行き当たった。
どうやら国道3号と57号が分離するところらしいな。
それはいいがここ、横断歩道がない。
どうやって道を越えればいいんだ?

よくわからないので適当に左に曲がってみると、
路肩に止めたクルマから男性が歩いて向かってくるところだった。
旅人の勘がささやく。
おぉ、この気配はもしや…。

「この時間から寝る場所を探すのは大変でしょう。
ウチはお寺ですが、よかったら泊まっていきますか?」

やはりッ!!
まさかの二夜連続お泊まりオファーである。
こんなことは俺の10年間の旅人生でも初めてだ。
しかも、さっきまで延々とキリスト教の教義を熱弁された直後に、
今度はお寺の住職さんに出会うのである。
こ、このカオスぶりは一体…。

お寺はここから1キロほどだそうだ。
寺に泊めていただくというのはやはり興味深いし、
何より初めて会った俺を泊めてやろうと思ってくれたその気持ちが嬉しい。
そこは昨日の坂東さんの時とまったく同じだ。
場所を確認し、その正栄寺というお寺まで走っていくことを約束する。

たどり着いた正栄寺は歴史ありげな商店街の途中にあり、
保育園を併設している立派なお寺だった。
おそるおそる呼び鈴を鳴らすと、
すぐにさきほどのご住職が出てきて、中へと通される。
重い荷物をなんと本堂の大きな仏壇の前に置かせてもらい、
まずは食事でもと食卓に招かれる。

俺より一回り年上ぐらいのご住職には、
明るくファンキーな感じの大変親しみやすい奥さんと小さな二人のお子さんがいて、
立派な伽藍はともかくこの食卓は、
普通の家庭の生活空間とまったく変わらないのだった。

前夜に引き続いて食事とともにまたもビールをご馳走になりつつ、
ご住職と旅の話で盛り上がる。
なんと彼は、20年前に自転車でアラスカを走ったことがあるというのだ。
それはおもしろい!

その後もおもむろにボクシングを始めたりと、
彼の人生は控えめに語る口調とは裏腹に熱い。
お坊さんの息子として住職の跡を継いだとのことだが、
僧籍を得てからもいろんなことがあり、良き師にも巡り会い、
最近になってようやく本当の仏教を知った気がする、とのこと。

柔らかい彼の語り口にすっかり乗せられ、随分と喋った。
前代未聞の二日連続風呂にも入れてもらい、
もはや清潔感に磨きがかかりつつある俺、おいおい大丈夫か?
アカのコーティングが落ちると風邪をひいたりしないか?

そして、寝床は本堂。これは凄い!
いいのだろうかこんなところで寝て。
用意してもらった布団の毛布はなんと二重であり、
ためしに入ってしまったが最後、
あまりにも快適すぎてもう起き上がることは不可能っぽい。
その瞬間、俺にはすべてが読めた。

よし、今日も旅日記はムリだ。

だってムリだろう、こんなあったかいし、酔ってるし、これはムリだろう。
あ、かろうじて走行距離だけは見といたぞ、51キロね。

それじゃあ明日の俺、よろしく。