6月12日#2 熱き袋小路

日が上がってきた。
そして、暑い。

今度は道を間違えないよう、できるかぎり海岸沿いを進むことにする。
こうすれば、ハバナから海岸線の延長上にあるバラデロまでの140キロは、迷子にならずに行けるはずだ。

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行き交うクルマはやはり旧式ばかり。
日本ではほぼ絶滅したオート3輪なんてあたりまえ。馬車すらよく見かける。
バイクもたくさんいるが、2ストロークという今や多くの国で造られてもいない構造のものがここでは優勢。
日本車をほとんど見ないキューバにおいて、バイクではなぜかスズキ製が健闘しているのが不思議だ。

旧車が多いせいなのか、はたまた2スト車が多いせいなのか、
走っている台数のわりには道路上の空気が汚れているのが少し困る。
あんな燃費の悪そうなクルマに乗り続けるぐらいなら買い換えたほうが結局安くつくんじゃないかと思うが、
ここではきっと、そういうものではないのだろう。
 
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名も知らぬ小さな町に来た。
バラデロへと伸びる幹線道路を順調に走っていれば、おそらく来ることもなかった町だ。
昨夜のミスを繰り返さないよう海沿いにこだわって進んでいるので、
時々かえってうっかり大通りを逸れてしまうことがあるのだ。
左手に海を眺めながら調子よくユニサイクリングをした先が行き止まりだったりすると、とても気分が萎える。
町の通り。休憩する広場。
人もいない深夜に活動していた昨日と違って、今日は無数のキューバ人たちとすれ違う。
一輪車に乗った変な旅人を南国特有のハイテンションで迎え撃つのかと思いきや、
実のところ、さほどの反応もないのである。

たまに、乗ってみせてと言われたり、そんな感じのジェスチャーをされたりして、
一輪車に乗ってみせることはある。
だが基本的に、キューバ人は俺には話しかけてこない。
俺の先入観とは少し違い、人懐っこいというわけではないらしい。
これはいいのわるいのか。
ちなみにその、乗って見せてくれというジェスチャーは、
一輪車と自分の目を交互に指さして、『乗るところが見たい』と表現するもの。
なぜかみんな同じ仕草をする。
日本ではまず見ないタイプのジェスチャーだが、これはコトバがなくても十分にわかりやすい。

おや、どうやらまたおかしな道に入り込んだらしい。
ちょうど家の前にいた兄ちゃんに、
「バラデロはどっち?」と尋ねてみると、「まっすぐだ!」と超自信ありげな返事。
まっすぐって、この先、ダートなんだが…。
それでも言われたとおりにまっすぐ行くと、やっぱり行き止まり。
ここから先は海だろうが!!
行き止まりに建っている一軒家からは、若い母子が怪訝そうな表情でこちらを注視しているのである。
ごめんなさい、すぐに立ち去ります。

うーむ。
昨夜からそうなのだが、どうも道を尋ねても正確な答えが得られにくい。
スペイン語力がないのはもちろんとしても、道を教える感覚そのものがどこか日本人とは違うように思える。
日本で生活している人ほど、道を教えたり教わったりする機会がないせいなのかもしれないな。
そんなことを考えながら元来た暑い道のりを仕方なく引き返していると、
ふいに一人のおじさんが声をかけてきた。

「君はバラデロに向かっているんだね。ならばこっちだ、ついて来なさい。」

おそらくそんな風なことを言いつつ、先にたって歩いてゆく。
驚くのは、俺がバラデロに行く道を探しているのを、初対面の彼が知っていることだ。
道を尋ねた誰かを経由して知ったとしか考えられない。
古ぼけた、陽射しの強い、誰もがボーッとしている小さな町にいるのだとしか思っていなかった。
だが俺の知らないところでこの町の人々は活発に行き来し、
町に迷いこんだ怪しい外国人の情報をやり取りしていた、のだろうか。

で、おじさんは寡黙だが柔和な雰囲気の紳士である。
俺を連れて角を何度か曲がり、数百メートルほど歩いたところで、

「この道をまっすぐ行けば、広い道に出る。そこをずっとずっと進むと、バラデロだ。」

なるほど、この道だったのか!
教わらなければ袋小路をもう何周かしているところだった。

「ムーチャス グラシアス!(どうもありがとう!)」

心からそう言うと、おじさんはニヤリと笑い、
容赦のない陽射しが降りそそぐ古びた町の奥に、悠然と消えて行くのである。
 
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おじさんのおかげで、やっとバラデロへと続く大通りに復帰できたようだ。
公園のようなところに入って木陰を探し、一息ついて、水を飲む。

それにしても今日は暑い。
迷った町が坂だらけだったので、汗だくになって要らぬ体力を使ってしまった。
あぁ、これがカリブ海の夏か!

キューバは気候的には亜熱帯に属するらしい。
それはかつてスクーターで走った台湾の北部と同じで、そう考えると確かに似ている気もする。
特にこの、ジリジリとした、逃げ場のない感じ…。
今は6月だが、これが8月だったらと思うとゾッとする。
ちなみに亜熱帯ではなく熱帯といえば個人的にはパプアニューギニアであり、
その直射日光は今思い出しても、『殺人光線』としか表現しえない代物であった。

ところで、写真のこの木はなんというのだろう。
夏なのに、この木だけがまるで紅葉のように紅い。
まばゆい、美しい木だ。
こういう日本にないものを見るといつも、
遠い外国にいるんだなぁという違和感と高揚感がごちゃ混ぜになって、なんだか目を細めてしまう。
 
広い道に戻ってきた。
ギュイーンではなく文字どおりブロローと走ってくるボロいクルマたちを注意深く避けながら、路肩をゆく。
このあたりは少々アップダウンが多い。
普段ならキツめの坂は一輪車を押して歩く軟弱な俺だが、何かの拍子に坂に挑んでいくこともある。
で、この坂は乗って行こうと思って走り続けたら、それが思いのほか、ものすごく長い坂だった。
 
でもここまで来たら途中で下りるわけにはいかない。
ゆっくりと通り過ぎるトラックの荷台にはなぜか男たちがたくさん乗っており、
声援なんだか質問なんだか喚き声なんだかよくわからない大声を張り上げてくるし、
道端にはなぜか200メートル置きぐらいに立ったり座ったりしている人がいて、
木陰からこちらをジーーーッと見つめている。
ここで下りるわけにはいかない。
脚の筋肉、そして股の間に久しぶりの熱と重みを感じながら、ギリギリと少しずつ、坂をのぼる。
 
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坂の頂点。
 
これは効いた。
まだ一輪車旅用の肉体ができていないうちから、脚の筋肉を相当に使い上げてしまった。
こりゃ明日は、というより今日これ以降は大して使い物にならないかもしれん。
あー、しんどい。
そしてバラデロ、あと126キロ。結構遠いな。
 
そのまま坂の頂上の木陰で延々と休む。
そんなところで、なんとなくわかってきたこと。
人をたくさん乗せているトラック。あれは一応バスの一種らしい。
坂の途中に一定の距離を置いて存在する人々。あれはバスかクルマを捕まえようとしているのだ。
写真では向こうから歩いてくる人々がいるが、彼らもまた、坂の頂上付近でバスを捕まえて乗るのである。
なぜバスに乗るのにわざわざ坂の頂上まで歩いてのぼってくるのかは知らんが、
そのほうがバスに乗れる可能性が高いとか、早く乗れば空いてるとか、何らかの理由があるのだろう。
 
でもそんなことはどうでもいい。
疲れた時は、他のことなどなかなかマジメに考えられないものなのだ。
とにかく少し休む。
汗が完全にひいて、モモの熱がおちついてくるまで。