6月12日#3 すれ違う人、出会う人

坂の上での行き倒れめいた休憩を切り上げ、ふたたびユニサイクルに跨がる俺。

ダラダラと長かった上りと同様、下り坂もまた長い。
マウンテンなのに山には行かない我がマウンテンユニサイクルは、このような緩い斜面でこそ本領を発揮するのだ。
快適ーーーーーに坂を走り終えれば、そこはバス停。
人がたくさんいる。
うわ、めんどくせ。
下りの勢いに乗って混雑したバス停を突き抜け、そのまま人目から遠ざかろうとしていたら。
背後からやって来たクルマのドライバーが話しかけてくるのだ。

キューバの赤いナンバー、つまりレンタカーか。
外国人旅行者のようだが、何人だかは聞いたようですぐに忘れた。
ドライバーの彼、フランシスコは初めて見たであろうユニサイクルツーリストに興味津々、かつ興奮気味。
ついには同乗の彼女が止めるのも聞かずに一輪車にトライ。

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で、乗れない。
フッ。
これまで、経験がないのにいきなり試して乗れた人間は一人もいないのだ。
これでビビッときたら、母国に帰って早速ユニサイクルを購入したまえよ。
それにしても、キューバで外国人に話しかけられたのは初めてだな。
単調な旅に退屈していたのだろうか。
そんなことをしているうちに昼を過ぎ、いよいよ暑さが増してきた。
こうも暑いと、水の減り方がウナギのぼりになるのが問題である。
1.5リットルのミネラルウォーターが底を尽きかけて焦り始めた頃、ラッキーなことにガソリンスタンドが!
キューバのガソスタは、コンビニのようなショップを併設しているところが結構あるみたいなのだ。
速効でショップに走り寄り、まずは重い荷物を日陰の安全っぽいところに置く。そして身軽に店内へ。
いつもながら無用心ではあるが、盗まれて本当に困るモノを放置したりはしないからいいのだ。
もしザックと一輪車が盗まれたら、そこでユニサイクルツーリングが終了するだけのことである。

店で水とキューバ産コーラを買い、たて続けに飲む。生き返った。
支払い時、試しにペソクワーノが使えるかと聞いてみたら、ダメとのこと。やむなくCUCで支払う。
だがCUC払いでも普通サイズの缶コーラは日本円にして50円ほどで、大したことはなかった。
とはいえ、やはり大量にあるペソクワーノを早く使いたいものだ。
この店がCUCしか使えないところなのか、はたまた俺が外国人だからCUC払いをさせられるのか。
そこのところがまだよくわからない。
ただこの店の人々は、とても明るく親切なのである。

俺が一輪車で旅をしていることを知るなり、根掘り葉掘りと色々聞いてくる。
店の若い兄ちゃんは多少英語がわかるようで、彼を介して他の店員のおばさま達とも意思の疎通ができそうだ。
そこで俺はジワジワと実地研修中であるスペイン語を駆使し、
アセカロール(暑い)!だの、エストイカンサーオ(疲れた)!だの、テンゴスエーニョ(眠い)!だの、
あらんかぎりのスペイン語フレーズを繰り出すのである。
他にもっと言いたいこともありそうな気はするが、単語を知らないのだからしょうがない。
いやしかし、ボキャブラリーが限られているほうが、
むしろ本当に伝えたいことだけをシンプルに表現できるのかもしれない。
そのせいなのかどうか、なんと、
 
「じゃあ、ここで少し眠りなさいよ。」
 
という、思ってもみないご提案が。
店の前に日陰になったテラスのようなスペースがあり、そこのテーブルに座って眠ってはどうかと。
机に突っ伏して寝るなんて…学生か!!

だが俺もいい加減疲れているし、やたら暑いし、何より昨夜は結局寝ていないのだ。
ここなら少しは落ち着いて眠れるかもしれない。
そう思い、ありがたく休ませてもらうことにする。
俺が寝ている間は荷物を店の奥の物置部屋に入れて預かってくれるそうだ。
しかし、店の前で寝ていいよ、とは…。
世の中には変わった親切もあるものだ。

そして俺は、眠ったのだろうか。
時間を計ったわけではないのでよくわからないが、学生か!!とか言いつつ、
机に突っ伏してしっかりと眠ったのかもしれない。
少なくとも、強い陽射しを防げる涼しい場所でしばらく休めたことは確かだ。
店の人たちに改めて礼を言い、店の奥から荷物を出す。
皆も手伝ってくれてるようだ…って、え。
 
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なんでメットかぶってんの?
しかも前後逆!!

おもしろいのですぐさま写真を撮ったことは言うまでもない。
それはそうと隣の兄ちゃん、15キロのザックを軽そうに持つなぁ。
俺の代わりに君が旅をしてみてはどうか。

キューバ人は、あまり人懐っこくはないのだと思っていた。
だがこの人たちは違う。
そして、ならば、他のキューバ人たちも、あるいは違うのかもしれない。
どうなんだろう。
これからの旅のなかで、印象がどう変わっていくのだろうか。
ガソスタの皆さんに見送られつつ、見かけだけは颯爽と走り去りながら、そんなことを思う。

坂の上やガソスタのショップで長々と休憩したはずだったが、どうもダメだ。
ああ、切れた。エネルギーが切れてしまった。
ちょっと進んだところですぐに休みたくなって、全然前に進まない。
やはり一度、本格的に睡眠を取らないとダメなのかもしれない。
そう考えているのも、道端の草原で寝転びながらである。
またしても長々と休む。
疲れた時はもう、時間に任せて休むしかない。

そんな時、俺に話しかけてくる声を聞いた。
おや珍しい、サイクリストである。
ヘルメットにウェアもバッチリとキメて、いかにもスピードの出そうなロードバイクに乗っている。
これまでキューバでは庶民が庶民度全開の自転車に乗るところはたまに見てきたが、
こうキメキメな自転車乗りは実に初めてだ。
で、彼はしきりに何かを訴えている。
よくよく聞いてみると、

「こんなところで昼寝をしてると危ない。その荷物と一輪車を盗まれてしまうよ!」

こういうことを言っているらしい。
ここはそんなに治安が悪いのだろうか?
キューバに来てからというもの、俺の危機管理レーダーはさほど働いていないのだが。
ひょっとして俺が鈍いのだろうか。
 
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彼はアレジ。
英語はかなりダメで、ほとんど俺のスペイン語レベルに近い。

「俺はスペイン語がほとんど話せないし、君は英語がほとんど話せない。困ったねぇ。」

そう言って笑い合う。
だが、趣味が似通っていると、なんとなく話はできるものだ。

「僕の自転車はイマイチな代物だけど、
 ココとココにはシマノ(日本のメーカー)のパーツを使っているから、素晴らしいんだよ!」

ジェスチャーと情熱さえあれば、語彙や文法なんて知らなくてもこれぐらいはわかる。
キューバで知り合った、初めてのサイクリスト。
彼とはぜひ今後も連絡を取り合いたかったので、
インターネットは使えるのかな?と聞いてみると、やはりダメだった。
一般的なキューバ人は、ネット環境とは無縁のところで生活しているらしい。
そんなアレジ、

「明日はカメラを持って走って来るから、また会えたら写真を撮ろう!」

そう言い残して爽やかに走り去ってゆく。
うわー、自転車速えぇーー。
会話は非常に苦労したが、アレジ。なかなかの好人物であった。
明日も会えたら、ちょっと嬉しい。

楽しい出会いがあり、気分は少し上向いた。
でもカラダのキレは依然として戻らない。
ボーゼンとしながら進みつつも、サンタマリアデルマールというなんだかカッコイイ名前の町を経て、
次はグナンボというなんともいえない名前の町までやってきた。
そこにあったガソスタ併設の店で、またコーラを買って飲む。
 
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キューバはアメリカと対立している格好なので、コカコーラが売ってないのはむしろ当たり前。
しかしその代わりにというか、キューバ産のコーラというものがちゃんとある。
これが結構うまい。
他にあまり選択肢もないので、店で買うのはミネラルウォーターかコーラ。そればっかりだ。

やはりこのガソリンスタンドにも店が併設されていた。
どうやらキューバでは、幹線道路でガソスタを繋いで行けば、補給はなんとかなりそうだ。
だがペソクワーノはここでも使えなかった。
じゃあ一体どこで使えるって言うんだろう、ペソクワーノ…。
 
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20時を過ぎると、そろそろ暗くなりはじめる。
さあ、寝床を見つけなくては。

そう思い始めて間もなく、なんとなーくいい場所をみつけてしまった。
道路と道端の草原の境ぐらいに、野生の木を利用したアズマ屋めいたものがある。
よし、ここにテントを張ってみよう。
が。
暗くなると草むらは蚊が凄まじく、もはや外にいられない。
 
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急いでテントを張ってもぐりこみ、そのまま出てこなかった。
めっちゃ咬まれた。
キューバにもマラリアってあるのかな。
もういい、とにかく今は眠ろう。

走行距離は、キューバにやって来た昨夜も含めて、72キロ。
そう、まだたったの72キロしか進んでいないのだ。
あれだけ色んなことがあって、まだこれだけ。

最初はこんなもんなのかもしれないが、これからどうなるんだろうな。
まったくわからないし、読めない。
でも暗いテントの中に潜り込んでしまうと、自分のことなのに、ちょっと他人事みたいだ。