6月14日 ホセは実在する

さあ1時半か。
昨夜は疲れ切って19時前にはもう寝てしまったせいで変な時間に目が覚めてしまったが、
今回は野宿場所がナイスだったためによく眠れたようだ。
 
陸橋の下だから雨の心配がないし、日陰で涼しく、周囲に家もないので人に見つかりにくいという好立地。
もうここで毎日寝泊まりして1ヶ月過ごせばいいんじゃないか…なんて一瞬考えたぐらいだが、
それではキューバを一輪車で旅するというコンセプトの、『キューバ』のところしか達成できないじゃないか。
そもそも、こんなことをして何の役に立つのもかサッパリわからん不審行動なのだ。
どうせ不審なら、留まるよりも動いたほうが気分がいい。
それじゃあ今日も涼しいうちに出発しようか。

というわけで、本日も真っ暗スタート。
しかしまぁ、あまりにも暗いなここは。少し怖いぐらいだ。
海に面した道のハズだがこのあたりはアップダウンの連続。
ちょっとした峠なのかもしれない。
こんなアップダウンも、未明のこの時間だから「しんどいなー。」ぐらいで済むが、
これが真昼の炎天下であれば、日干しのカエルに限りなく近づいていることであろう。
今のうちにできるだけ進んでおくことだ。
とはいえ、バラデロはまだまだ先だが。

非常に暗く孤独な深夜の道のりでも、たまにクルマが通る。
深夜に走り過ぎるクルマたちは大型トラックやツアーバスが多く、ときどきタクシーや一般車も通る。
アップダウン以外は何もない直線道路なので、どのクルマも大変ブッ飛ばしておられる。

午前4時頃だろうか。
またクルマが一台走り抜けて行ったなぁ、と思ったら、
クルマは少し先でおもむろに止まり、なんとバックで引き返してきた。

緊張。

ポケットの中に常に入れてある催涙スプレーの位置を確認する。
クルマには男2人が乗っているようだ。
助手席側の人物が、ハンドライトでこちら側を照らしながら、何か語りかけてくる。

「こんなところで何をしてるんだ!?」

そりゃあ驚くだろう。
誰もいない真っ暗なキューバの田舎で深夜に一人で一輪車を押して歩いていれば。
変人と思われたくないので、ここに至る事情を軽く説明しておく。
助手席の男は少し英語がわかるようで話が早い。
すると、彼は言う。

「町まで乗って行けよ!」

え、クルマに?
キューバで、キューバ人にこんなことを言われることがあるとは思わなかった。
外国人に声をかけてくるのはタクシーだけじゃないのか。
アイスランドでは、親切なドライバーがしょっちゅう止まって乗せようとしてくれるのを断り続け、
それが逆に申し訳ない気がしたものだ。
だがキューバでは、これまでまるでそんな気配がなかった。
でもそれはそれでいいかと思っていたのだ。

それにしても、クルマか…。
乗り物はキューバ到着直後に空港からハバナまで乗ったタクシー以来である。
夜は涼しいとはいえ、真っ暗な坂道を延々と上り下りするのはいい加減に飽きたし、疲れた。
初日以降、大した目的もなくダラダラと進んでいるつまらない現状にも風を入れたい。
よし、ここはひとつ乗せてもらうとするか。

暗くてよくわからなかったが、このクルマ、すんごい古そう。
後部座席に一輪車とザックを苦労して押し込み、その横に俺も乗り込む。
これはなんというクルマなんだろう。アメ車っぽいけど。
なんて思ってたらクルマが発進。
あれ?
グゴガアアアアアーーーッ!!て凄い音がしてるけど!?

「実はこのクルマ、20キロほど手前で壊れたんだよ。ハッハッハッ!!」

ハッハッハて。
おい大丈夫なのかこのクルマ!?
エンジンの異音も強烈だが、車内がなんだかガソリン臭いのも非常ーに気になる。
しかも遅い。
ちょっと急な上り坂なんか、今にも止まりそうだ。

「君と同じで、このクルマも疲れてるのさ。ハッハッハッ!!」

そのくせ下り坂ではスピードを上げてタイヤをギャリギャリ鳴らしながら曲がるもんだから怖ろしい。
さっきから調子のいい助手席の男はホセといい、
英語を話さないせいか静かなんだが壊れた旧車にさらにムチ打ちまくる過激なドライバーはリャンというらしい。
…スペイン語圏にホセって本当にいるんだな。
フランス人ピエールに初めて会った時のことを思い出した。

そんな彼らはこんなクルマでハバナからバラデロまで向かう途中だそうで、
親切にも俺をどこで下ろせばいいのかと聞いてくれる。
うーむ。
 
イメージ 1

次の大きな町はマタンサスで、あと35キロぐらい。
バラデロはそこから更に40キロ。
どちらも今の俺には途方もない距離に思える。

最初は次の町、マタンサスで下ろしてくれと頼んでいたのだが、
途中で気が変わり、このままバラデロまで乗せてってもらうことにした。
理由は2つ。
バラデロは横断最短ルートから外れているので、一輪車だと遠回りが億劫で寄らない可能性があったこと。
そして、リゾート地のバラデロに行けば、役たたずの高額紙幣を崩しまくれるかもしれないと考えたからだ。

マタンサスまでと宣言していたのをバラデロまでに訂正する際、
前の座席に向かって「セニョール!」と呼びかけると、
ホセとリャンの二人が左右から同時に振り向いたのには笑った。
バラデロまでの延長を快く承諾してくれた二人。
最初に感じたとおり、いい人たちらしい。
ホセが聞いてくる。

「フクイマ…、は、大丈夫なのか?」

一瞬考えて、福島のことを言っているのだと気づいた。
ネットはないがテレビは普及しているキューバ。
東日本大震災のことは伝わっているようだ。
どう答えたものかと悩んだが、結局、

「うん、良くなってるよ。少しずつ。」

根拠もなく、ただそんな風にしか言えなかった。
 イメージ 2

マタンサスは、思っていたよりも大きな街だ。
まだ夜も明けない漆黒のマタンサス市街を、
カーレースまがいのコーナリングで右に左にとギュリギュリいわしながら進むボロ車。
こんな広い街を暗いうちに歩いていたら、たぶんまた道に迷っていたことだろう。

ボロくても壊れていても、クルマは速い。
やがてマタンサスを抜け、一行はさらに一路、バラデロへ。
歩けば涼しい夜のキューバも窓全開のクルマだと少し寒いぐらいだが、
後部座席の窓を閉めるとだいぶマシになった。
このへんまで来るともう、凄い音やガソリンの臭いには慣れている。
どうやらエンジンは途中でバラバラになったりすることなく、なんとか目的地までもちそうである。
あとはこの低速暴走車の事故だけが心配だが、これはもう考えても仕方がない。
いっそのこと寝てしまおう。
で。
車内でウトウトしているうちに、いつのまにかバラデロに着いたらしい。

バラデロはカリブ海屈指のビーチリゾートのハズだが、
さすがに未明のこんな時間では何が何やらわからない。
リャンはバラデロの住宅街らしきところにクルマを止め、次にホセがこう言う。

「到着だ。我々のドライブはここで終わりだよ。」
 
無事に着いたか…。
再度ありがとうと礼を言い、クルマから荷物をひっぱり出す。
すぐ目の前には、レントルームと書かれた一見普通の家がある。
部屋貸しの安宿ってところだろうか?
ホセは俺の行く末を心配してくれるのか、「この宿に泊まるか?」と聞いてくれる。
でも値段がわからないし、今は夜明け間際のこんな時間だ。
これから泊まると宿代がどう計算されるのかもわからない。一泊分?二泊分?
そんなことを忙しく考えていたら、なんとおもむろにレントルームのベルを押すホセ!
おいおい、まだ朝6時で薄暗いのに突撃かよ!!

ホセの大胆というか無謀な行動に驚いていると、中から普通に青年が出てきた。
スペイン語がアンポンタンな俺の代わりにホセが話をしてくれる。
いわく、ここは満室だが、近くにある他の宿なら紹介できると。
値段は25から30CUCの間。悪くない話だ。
少し考えてオーケーし、その青年に連れていってもらうことに。
 
イメージ 3

ホセとリャンとはここでお別れだ。
出てるのがホセ。乗ってるのがリャン。あれ、よく見ると位置が入れ替わっているのが謎。
2人には本当にお世話になった。
彼らが拾ってくれなければ、今頃の俺はまだバラデロはおろか、
マタンサスのはるか手前を倒れそうになりながら歩いていたはずだ。
このメーカー&年式不明のクルマもよくぞここまで俺たちを運び通してくれたものだ。
彼らとのボロ車でのドライブは、スリリングで楽しく、優しかった。
ありがとう。

レントハウスの人の良さそうな青年に連れられ、まだ薄暗い住宅街を歩くこと数分。
ウグイス色をした一般住宅の前に着いた。
事前に電話で連絡をしていたのだろう、中からすぐに痩せた年配の男性が現れ、
こんな早朝にもかかわらず、笑顔で俺を歓迎してくれる。
彼はここの主人で、ミゲルという名前だ。
 
俺は怒涛の展開でバラデロまでワープし、
そのまま流れに乗って、このミゲルの宿に泊まることになるのだな。
キューバに来て初の有料宿泊。
とにかく今は、疲れた心身を休めたい。