6月22日#3 ラズベリーの夜

とある小さな集落を走り抜けようとしたら、道端でお菓子を売る青年たちに声をかけられた。
ちょっと興味をもって止まってみる。
 
3、3、と言うから3ペソクワーノかと思えば、どうも3CUCのことらしい。
こんな辺鄙なところでCUCを獲得しようとしているのだな。たくましい。
少し高いなーと思ったが、ふと思いついた。
 
3CUCの代わりに、80ペソクワーノを出してみる。それであっさりと商談成立。
なるほど、こういうことも可能なんだな。
勉強になった。
 
1CUCは銀行で24ペソクワーノになり、これをCUCに戻す場合は25ペソクワーノが必要になる。
今度の場合は俺がちょっと損する計算だが、ほとんど気にならない額だし、
それよりもまだまだ大量にあるペソクワーノの束が減って嬉しい。
この提案を受けて彼らも咄嗟に「得だ!」と判断したわけで、なかなか賢いのではないかと思う。
 
イメージ 1
 
仲良し3人組?
アイツの見えないところでグーを出す、こういうの、俺らもよくやったよな。
 
ところでこの菓子、デカイ上に、やっっったらと甘いのだ。
例えるなら『ラズベリー羊羮』。
これぐらい甘ければ暑いキューバでもそうすぐには傷むまい。携帯食料としてはいいかもしれない。
おもむろにこの場所で食い始めた俺のために椅子をすすめてくれたり、冷たい水まで出してくれて、
ちょっとした野外カフェテリア気分である。
ありがたいね。楽しめたよ。
重厚なラズベリー羊羹はちょっと齧ったぐらいじゃ全っ然減らないので、大部分をザックにしまう。
 
さあ再出発、というところで、どうも一輪車がギシギシ鳴っているようなのが気になる。
油切れぐらいなら構わないのだが、もしフレームが折れかけているのだとしたら一大事である。
このマウンテンユニサイクル、現に一度フレームが折れているのだ。
 
イメージ 2
 
よく見ると、以前に折れて補修したのとは反対側の、フレーム付け根部分にヒビ割れが見える。
これはフレームごと折れかけているのか、もしくは自家塗装の塗膜にヒビが入っているだけなのか。
塗装の割れだとしたら、フレームの接合部がよくしなるか動くかして剥がれているだけかもしれない。
 
あと500キロ、折れなければいいが…。
これからなるべく段差は避けるようにしないと。
でも最近、舗装の荒れが顕著なんだよなぁ。
とにかく、気をつけよう。
 
イメージ 3
 
俺にできるのは、その時いいと思うことをやり、生を充実させること、だけだ。
 
もうじきフロリダの町である。
後ろからやって来た自転車の青年が、俺と併走して喋り始めた。
彼はたしか、さっき牧場の近くで道路際の草を刈っていた青年に違いない。
ちょっと手を振って挨拶しただけだったが、仕事を終えて帰宅途中で俺に追いついたようだ。
 
青年はイランド君と言った。
いつもどおりのたどたどしいスペイン語と、ほんのちょっと英語が混じった会話。
こちらから話すことはほとんど定型文になっているのでなんとか通じているようだが、
彼がさっきからやたらと熱く訴えている内容が、サッパリわからない。
道路標識とか警察について、何か俺にレクチャーしたがっているようだが…。
 
こういう時、とにかく単語がわからないとどうしようもないのだ。
スペイン語で聞いた意味不明の単語から想像で英単語に訳してみても、
彼がほとんど英単語を知らないのだから解答をスリ合わせようがない。
ずっとやっている間になんだかおかしくなり、二人で苦笑するばかりである。
それでもイランド君は根気強く俺に話しかけてくれるのであった。
 
イメージ 4
 
なぜかとってもフレンドリーなイランド君と会話しつつ、フロリダ着!
ほんと、冗談みたいな名前だ。
そういやここに来るまでに、ジョージ・ワシントンやコロラドなんて町もあったな。
昔はアメリカ人が羽振りを利かせていたキューバらしい、と思うし、
アメリカと敵対しているわりには町の名前を変えないところもまたキューバらしい、とも思う。
 
町に入ってついに、さっきからイランド君が俺に激しく訴えていたレクチャーの意味がわかった。
いやー、全然知らなかったよ。
町外れの国道に時々ある、道幅減少っぽい標識。
これは同時に『自転車走行禁止』をも表しているらしい。
で、町に入るとよくある自転車の標識、これは『自転車走行可』を示しているんだと。
つまり、彼はさっきからずっと、
 
「ここは自転車走行禁止区域なんだよ!警察に捕まるよ!」
 
てなことを俺に伝えたかったらしいのだ。
ふーん、そうだったのかぁ。
でも俺以外にもみんな余裕で自転車に乗ってると思うけどなぁ。
大体俺、一輪車だし。
イランド君の親切はとても嬉しいのだけど、俺はきっと今後もフツーに一輪車に乗り続けることだろう。
町に入ってほどなくして、
 
「ボクの家はこの近くなんだ。」
 
そう言って、イランド君はチャリで颯爽と去っていくのだった。
じゃあなー。
 
イメージ 5
 
フロリダ、さほど大きくはないのだろうが、賑やかないい町みたいだ。
泊まってみたい気もするけど、目標のカマグエイもそろそろ近いのでね。スルーといこう。
今夜も明日も、雨だけが気がかりだ。
 
イメージ 6
 
ちょっと割高気味だが水も買えた。
水は命。買えるときに買う。
さてもう19時かぁ。ここに泊まらないのなら、もうちょい進まなくては。
 
イメージ 7
 
フロリダにある店、フロリディータ。
俺はここで小太りのちょっと美人な姉ちゃんから割高な水を買った。
そういえば、ハバナにもフロリディータという名の有名なバーがあるそうだ。
でもフロリダにあるんだし、こっちのほうが本物だと俺は勝手に思う。
 
イメージ 8
 
さっきからベンチで休憩している。
が、ジッとしていればいるほど、周囲の視線はアツくなるばかりなのだ。
隣のベンチのおばちゃんたちも、フロリディータの姉ちゃんも、
背後の公園を振り返れば有象無象の町民たちも、みんなが俺を注視しているのが痛いほどわかる。
 
早く乗れよ。いつ乗るんだよ。
 
伝わってくるよ雰囲気が。
痺れを切らしたか、ついに出た、「モンタ!」。
やっぱりなぁ。うるせぇなぁ。
 
ただ、一輪車に乗る。
何度も言うが、こんなものがそんなに見たいか!?
俺だって20回に1回ぐらい失敗するし、300回に1回ぐらいは勢い余って大転倒することもあるんだ。
緊張するっての。
しかもだ、大観衆の大注目の中、パッと上手に乗れたところで、拍手喝采とかまるでないんだぜ!?
へーそんなもんかー、って感じ。
おいおい、寂しいだろうが!!
 
イメージ 9
 
まあいい、今回もうまく飛び乗れて、とにかくフロリダは出てきましたよっと。
あとはのんびりやります。そろそろ暗いし。
憧れのカマグエイまで、あと30キロだねぇ。
  
イメージ 10
 
あー、今日もキューバの夜がふけてゆくなぁ。
 
町を離れたキューバの夜は、とても暗いのだ。
明かりとなるものはほとんどない。
たまに通るクルマと、農家の窓から漏れてくる明かり。それがすべてだ。
 
日は完全に落ち、あたりは真っ暗闇となる。
何も見えない。路面も。これは歩くしかないな。
クルマのライトが照らし出す、切り取られた光景だけをアテにしながらトコトコと進んでいると。
 
…。
一台のクルマが止まった。
 
子ども連れの、とっても優しそうな家族が乗ったクルマだ。
 
「夜は君の姿がクルマから見えなくて危ない。だからカマグエイまで一緒に行こう。」
 
そう熱心に誘ってくれる。
英単語をたくさん知っている、まだ若い父親だ。
後部座席の子どもたちも俺に興味津々なのか、乗って乗って!と笑顔を向けてくれる。
好意は非常に嬉しいが…。
 
「大丈夫です。」
 
そう言って、お断りさせてもらった。
 
理由はいくつかある。
まず第一に、今夜中にカマグエイに着いてもしょうがないから。
昨夜カサで泊まったぶん、今夜は宿代を浮かせるつもりで歩いているのだ。
朝ぐらいにはこのままでもいずれカマグエイにたどり着く。
 
二つ目は、走行距離を稼ぎたいということ。
今日でやっと500キロなのだ。サンティアゴまで走っても1000キロになるかどうかは微妙なところ。
日程的にはなんとか間に合いそうな気配になってきたので、
これからはできるだけ乗り物には乗せてもらわず、自力で行こうと決めた矢先だった。
 
あとは他にもモニャモニャとした理由群があるようにも思うが、
総合的な結論としては、ここは乗せてもらうわけにはいかない。
そう考えたのだ。
でも本当に、優しそうな人たちだった。
親しく話せそうだったし、彼らと仲良くなれればよかったのだけれど。
あの家族と一緒にカマグエイに行っていれば、果たしてどういう展開が待っていたのだろう。
……。
そうだな、うん。
気持ちだけ受け取って、細心の注意でもって夜の道を進もう。
 
そんな夜の道行き。今日はよく進んでいる。
夜中なのに、妙に明るい町にやって来た。
このまま町をスルーして朝にはカマグエイに着くか、もしくはこの町のどこかでいい寝床をみつけて眠るか。
遠くでずっと雷が鳴っている。今夜も降るのだろうか…。
 
今日は93キロ。
あともう少しで100キロ達成だが、もういい、疲れた。眠い。
見つけたバス停でなんとか休む。
 
しかし、腹が…。
あいかわらず痛くはないのだが、おもむろに下るのだ。
大したものは食べてないので、やはり水なのだろうと思う。
ミネラルウォーター以外の水はやはりダメか。
食事や飲み物に混ざっていた何かかもしれないが、それを言い出すともう何も口に入れられなくなる。
 
何度も言うが、とにかく助かるのは痛みがないということ。
これで潜在的にどれだけ救われているか。
がんばれビオフェルミン。
しょっちゅう飲んでるんだからちょっとはビフィズス菌を増やせ。
下痢さえおさまってくれれば、後はバス停のベンチで横になるだけなのだから。