6月23日 マニュエルに会いに

今夜もバス停泊だ。
 
うーん、眠れない。
俺は今、キューバにいるんだよなぁ。
瞬間的にすごく行きたいと思った、今行きたいとしたらここだけ!と思った国に、実際にいる。
その気になったのなんてホントに6月で、あれからまだ一ヶ月も経っていない。
その月のうちに、俺はもうこの地にいるわけだ。
それがあたりまえのような。不思議なような。
 
朝4時。
バス停においちゃん現る。
襲われるどころか、
 
「何時だ?」
 
と聞かれ、
 
「4時ー。」
 
と答えるのんきさ。
さていくかぁ。
 
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キューバ中央部で最大の街であろうカマグエイは、もうすぐそこの距離だ。
本来の目的であるサンティアゴ・デ・クーバはまだまだ遠すぎるので、
ここ数日の俺はずっとこの、カマグエイという街を目標にして進んできた。 
 
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まだ明けきらない空の下、遠くに光が見えてきた。
あれがカマグエイの街だろうか?いや全然関係のない何かの施設かもしれない。
だがいずれにせよ、あのまばゆい光は、久々に都会の存在を感じさせてくれる。
 
ここで、そろそろ学習してきたこと。
キューバにある大きな街は、入口の看板があってから市街地までが、非常に長いのだ。
街に入ると同時に店やカサ・パルティクラルがあると思ったら大間違いで、
大体はそこからさらに何キロか走らされてやっと街の中心部となる。
要するに入口の標識は典型的なヌカ喜びオブジェなのであり、
実際の街に着く頃には喜びと同時になんともいえない徒労感を味わうこととなるのだ。
 
今回もそんな徒労を噛み締めつつ、カマグエイ中心部に着くには着いた。
また雑然とした、だだっぴろい町だな、という印象。
これまで抱いていた憧れのイメージとはほど遠い。
でも、憧れたイメージどおりの街なんて、世界のどこにあるというのだろう。
 
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道端に座り込み、取り出すのはルイスリストだ。
サンタクララのルイスが手渡してくれた、主要都市にあるカサ・パルティクラルを列記したリストである。
カマグエイは一番上。
カサの主はマニュエル・ロドリゲスというらしい。
おぉ…。
ロドリゲスなんて名前の人、ちゃんと実在するんだな…。
 
それはいいとして。
せっかくナントカ通り、なんて住所を書いてくれていても、実際の通りに通りの名前が書いていない。
名前が書いてないんじゃ通りの名前を住所にする意味がないじゃないか。
しょうがない。こりゃ人に聞くしかないなぁ。
  
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カサ探しは意外にも難事業である予感がする。
まずは公園のベンチに腰を下ろし、体勢を整えよう。
 
ザックから昨日の食い残しであるラズベリー羊羹を出して、と。
うわ。
極甘のお菓子にアリが数匹たかっている…。
おそらく昨夜、バス停で寝ていた時に入り込んだものであろう。
数匹のアリを丁寧に取り除き、もったいないので食う。
だってまだまだ、5分の4ぐらいはあるんだぜ!
ぐわぁーいつ食っても甘いィィ!!
 
そんな風味で悩み苦しんでいる俺の前に、一人の爺ちゃんが現れた。
チャンスだ。道を聞こう。
軽く挨拶をし、さっそくルイスリストを提示する。
ココ、ココに行きたいんだよ!
 
よかった。爺ちゃんは親切な人らしい。
思いのほか熱心に、熱く、熱弁をふるいながら、だいぶ遠いらしいカサへの道のりを説明してくれるのだ。
そうか、なるほど。
まずは通りを左に曲がって、大きな木があるところまでまっすぐ行って、次を右か…。
うむ、よーくわかった。覚えたぞ。
ありがとう爺ちゃん!
 
道が開かれると元気が出てくるものだ。
教わったとおり、まずは通りを左に曲がる!
 
…?
なんだか、眼前にカオスが…?
 
通りを左に曲がって少し進むといきなり舗装路が消滅。
土の上を歩くハメになり、街並みの雰囲気がだんだんと、おかしな方向性に。
この異様な空気。スラム一歩手前、というところか。
こんなところに政府公認の外国人が泊まれる宿なんて、絶対にない。
うおっ、今にも崩れそうな建物の入口に、屠殺された豚が2頭ころがっている。
 
道を間違えたのは明白だ。
あの爺ちゃんが俺を騙したとは思えない。説明を聞き間違えたのだ。
旅行者が絶対に来ないであろうエリアに足を踏み入れてしまったわけだが、引き返そうという気は起きない。
理由は言葉にしにくく、つまりは直感ということになってしまうのだが、あえて言葉で考えてみると。
家並みは確かにボロボロで怪しいのだが、そこに行きかう汚れた服を着た人々の目が、
さほど危険な光を放っているようには見えないから、だろうか。
 
リストを片手に目的の通りをなおも探していると、通りがかった家の中から誰かが声をかけてきた。
上半身裸でたくましい体つきの男。だが悪い気配は感じない。
 
「どこか探してるのか?」
 
「実は、行きたいカサ・パルティクラルがあってね。ここなんだけど…。」
 
ルイスリストを見せる。これが一番早い。
 
「…。ああ、ここは遠いな。カサならすぐ近くに良いところがあるぞ。」
 
「いや、どうしてもこのカサに行きたいんだ。」
 
「そうか。なら、そこまでの道はこうだ。」
 
カサを探しているアホそうな外国人がウロついている。
スレた人間なら、知り合いの宿に紹介してマージンを受け取ろうと考えるかもしれない。
もしくはもっと悪どいことだっていくらでも企むことができる。
だがこの男は実にアッサリしたもので、丁寧にカサまでの道筋を説明してくれるのだ。
 
これまでの経験上、キューバ人は一度キッパリと断れば、もうしつこくしないという性質があるように思う。
旅人に対して何かを強引に迫ってくることは少ないし、そもそもあまり近寄ってこない。
だが困っていそうな人間には、こうして声をかけてくれたりもする。
人の顔つきも風景も言語もまるで違うのに、なんだか一瞬、日本にいるような気になる。
 
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やはり俺は、最初に入った道を間違えたようだ。
男の情報を元に脳内地図を修正しつつ進むと、やがて道は土から舗装路へと戻った。
スラム一歩手前の怪しいエリアは脱出したようだ。
カサ・パルティクラルもチラホラある。
ここで今度は若い男が声をかけてきた。
 
「カサを探しているのか?それならココがいいぞ!」
 
「いや、カサは決まってるんだ。」
 
「そうか。どこのカサだ?ああ、この通りなら…。」
 
またしても親切に道を教えてくれる。
なぜだ、みんな優しい。
いろんな人に道を示され、カサへとだんだん近づいていく俺。
 
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まだ宿に着いていないのに、うまそうなものをみつけてつい買ってしまった。
魚のフライのパンばさみ。
なにこれうまい。めっちゃうまい。
それでいて5ペソクワーノ。20円とは。
 
ただの魚のフライではなく無料のトッピングを自由に乗せて食うのだが、
作ったおばさんはニコニコしているだけで周囲の客たちが勝手に、
これはトマトソースだ!これも乗せろ、うまいぞ!などと口々にレクチャーしてくるのがおかしい。
 
ああ、実にうまかった。
最高のファストフードである。こういうので充分だわ俺。
そういえばキューバに来て初めて魚を食った気がするけど、この魚は一体何なのだろうな。
まぁ、カリブ海をウロウロしてた魚には違いない。

紆余曲折。いろんなことがあったが、ようやくカサに到着。
出てきたおばさんは、ミダラ?とかなんとかいう不思議な名前だ。
彼女は俺を歓迎してくれているようだが、スペイン語がまるで通じないのには困っているようだ。
そのうちどこかに電話をかけ、なぜかいきなり受話器を手渡される。
な、何事!?
 
相手はシブい声の男。英語だ。
最初はサンタクララのルイスかと思い、
 
「カサについたよー。いい宿を紹介してくれてありがとう。」
 
などと喋っていたが、途中でどうやら全然違う人物であることに気づいた。
誰だよ!!
相手も知らない人間の意味不明な発言にさぞや驚いたことだろうが、
とにかくそちらに行くとのことで、電話は切られた。
 
彼を待つ間、コーヒーを出してくれたミダラ?おばさんと、よく通じない会話を楽しむ。
どうやらさっきの電話の相手こそがマニュエルで、彼はミダラおばさんの甥にあたるらしい。
そしてカマグエイはちょうど今夜から、これから1週間も続くカーニバルに突入するそうだ。
 
ほどなくして、マニュエル登場。
40代半ばほどか。思ったよりも若い、英語が堪能な人物である。
意外なことに、俺が泊まるのはこのカサ・パルティクラルではないらしい。
この家の隣にアパートがあり、その2階の一部がマニュエル夫婦の部屋になっている。
で、その夫婦の家の一室をあてがわれるようだ。
 
これまで泊まってきたカサ・パルティクラルは、
家族が住む建物とは別にある離れや、別の階というところばかりだった。
それが今回は、初の間借り形式なわけである。
リビング、トイレ、シャワーも家族と共同。
そりゃあ完全に分離しているほうが過ごしやすくはあるが、たまにはこういったスタイルもいい経験だろう。
一泊20CUCは安い部類だしな。
 
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アパートにあるマニュエル宅の一室。
狭いといえば狭いが、クーラーも完備されていて申し分ない。
 
部屋には小さなテレビもあるようだ。
これがテレビのスイッチだよとマニュエルが電源を入れたら、
 
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偶然にもバレーの日本対キューバ戦を放映中であった。
またかよ。何日か前もキューバ人の家で日本対キューバ戦を観たよな。
 
キューバで初の共同カサ。
いきなり自室にひきこもるのもなんだかという気がして、リビングでマニュエルと話す。
 
彼は歯科医だそうな。
なるほど、英語が堪能なのもなんとなくわかる。
では、ここぞとばかりにあらゆる疑問をぶつけまくろう。
これまで不思議に思っていたキューバの農業や流通のシステムなどについて聞きまくったが、
長いし一般的におもしろい話でもないので割愛。
 
難しい話はほどほどにして、
マニュエルが振舞ってくれたキューバの缶ビール、クリスタルを飲みつつ二人してバレーを観戦。
どうやら第一セットは日本が取ったらしい、ってところで俺は部屋に戻って一休みだ。

この街にカサはいくらでもあるのにこのカサにこだわったのは、
ルイスがわざわざ手書きリストで紹介してくれたからだ。
マニュエルによると、やはり事前に電話もしてくれていたらしい。
ここに泊まれば、俺がカマグエイまでは無事に来られたことが、いずれルイスにも伝わることだろう。
それを狙って、とりあえず一軒でも彼の紹介してくれたカサに泊まろうと思っていたのだ。
選択は間違っていなかったようだ。
 
はぁ。
ようやくカマグエイまで来たんだなぁ。
でもカマグエイは今夜からカーニバルだ。
夜も賑わうそうだから騒がしいのかな?とマニュエルに聞いてみたら、
今夜は1週間続く祭りの初日だから、さほどうるさくはないだろうとのこと。
 
祭りもいいけど、騒がしくないほうが俺は嬉しい。
なんとつまらんヤツだと自分でも思う。
部屋で少し休んだら、買い物がてら街を散策してみようか。
ま、気楽にやろう。