6月28日#3 夜バヤモ
また並走男が。しかも二人。
でも今回はさっきと違って特に嫌でもない。
夕方で涼しいから気分がいいというのもあるし、飲み物が確保されて精神的に余裕があるせいかもしれないが、
主な理由はたぶん、二人の人柄だ。
若いのとおっちゃん。併走して色々と話しながら、延々と進む。
彼らがわかりやすく根気強く交互に話してくれるおかげで、俺のスペイン語力でもそこそこ会話ができる。
その一輪車はいくらするのかとか、この上り坂はもうじき終わって次は下りになるよ、とか。
話してる間にまた村へ入った。
入り口に店があったので、走り去る彼らと別れて店へ。
店の女性やお客さんたちがいい人で、あれこれと柔らかく聞いてくれて楽しい。
おっちゃん達が群れてくることはよくあるが、こうして女性たちも寄ってくるのはあまりない現象だ。
そのうち更に、彼女らの孫とおぼしき子ども達も呼ばれて歓談が始まる。
珍しい外国の一輪車乗りを孫たちにも見せてやろうと思ったのだろう。
日ごろはメッタに寄って来ないキューバの子ども達も、間に大人を介せばちゃんと笑顔を見せてくれる。
旅人が撮るこういった家族の写真は海外ならいかにもありそうだが、
キューバにおいてはなかなかないシチュエーションなのだ。
やはり、オリエント地方に来てからというもの、人々の気持ちが大らかになっている気がする。
立ち去る時にお決まりのモンタ儀式でうっかり失敗しても、
「ごめん、疲れてるんだ!」
そういえばゲラゲラと笑ってくれる。
うわぁ、いい人たちだなー。
ゆっくりと日が暮れていく中をさらに進むと、また村が。
今度はなんだか村のちょっとした祭りの最中に突入してしまったようだ。
イベント会場に突然現れた一輪車男を見て皆が拍手喝采、口笛で歓迎してくれる。
おわ、なんて珍しいんだ、キューバにおいてこの待遇!!
今まで一輪車で走ってきてこんなに歓迎されたことないぞ。
恥ずかしいのでニコニコ手を振ってスルーッとノンストップで走り抜けてきたけどねー。
しかしまぁ、なんちゅうことだ。
昼間のあのつまらない不毛区間は一体なんだったんだ。
町もたくさんあるし、人もちゃんといるじゃないか。しかもとても人懐こい人たちが。
一日の半分ずつでこんなに印象が変わるとは。
うーーん、わからんもんだな。
今日はあれから並走男も多かった。
一日で6、7人以上と話したはず。記録的。
他愛もない話から、バヤモまであとなんキロだよといったアドバイスまで。
みなとにかく明るい。
ついに夜になった。
異様だ。さっきから蚊が凄まじい。
どうも暗闇で見えない道の両脇が湿原になっているらしく、夜道を歩いているだけでガンガン咬まれる。
じゃあユニに乗ればいいのかと思えば、乗って走ると顔に蚊がバシバシ当たる。
これほどの蚊の密度は俺史上初。
こんなに大量の蚊、こいつら日頃は一体何から血を吸って生きてるんだと不思議になるほど。
とにかくひどい。ひどい。
蚊を避けるべく顔を伏せて全力疾走し、小さな町へと飛び込んだ。
よし、案の定。
町に入ると蚊の密度がぐっと下がってひと安心である。
だが、時刻は20時半か。ちょっと早い。
この時間帯はまだ住民が活動しているので、バス停でゆっくり休むというわけにはいかない。
あと2、3時間もすれば静かになり、少しは涼しくもなると思うのだが。
それまで一体どうしてようか。
今夜は風がなくて暑い。
この状況で町の外にテントを張れば、かなり寝苦しい思いをするだろう。
それが嫌なら、どこかのバス停で蚊除け薬を塗りたくって耐えしのぐしかない。
さあどちらを選ぶか。
そんなことを考えながら小さな町の中を歩いていると、
前方の暗闇の中、大きな樹の下にバイクが数台と人が何人かいるのが見える。
こんな時間にバイカーの集団か?
そう思っていたら、その中の一人の男が俺に声をかけてきた。
うわ、なんと警官だ。
英語はサッパリらしいヒゲの警官にスペイン語で色々と聞かれ、俺はなんとか質問に答える。
英語はサッパリらしいヒゲの警官にスペイン語で色々と聞かれ、俺はなんとか質問に答える。
「バヤモまで行く。一人で行ける。ほら、ライトもついてるから大丈夫!」
しかし、彼はなかなか納得してくれないのだ。
暗いから危ないと。
警官と一緒にいるのはなぜか私服を着たそこらのおばちゃん2人組で、
彼女らはこのヒゲ警官とどういう関係なのだかしらないが、
どっちかというと警官よりも彼女たちが俺の単独行に強硬に反対するのだ。
「とにかくあぶないからダメ!ここでクルマを拾ってバヤモに行きなさい!」
そんなことを言っている模様。
そしてヒゲ警官はなんと、おもむろに通りがかりのピックアップトラックを呼び止め、
俺を乗せて行けという話を勝手につけてしまった!!
おいおい、一人で行けるって言ってるのに…。
おいおい、一人で行けるって言ってるのに…。
実はここ数日のパターンどおり、今夜はバヤモの手前で野宿し、翌朝から宿に入るつもりだったのだ。
それなら一泊分で充分バヤモの街を堪能でき、節約にもなる。
しかし、適当にキャンプするから大丈夫!なんて言える雰囲気ではないし、なんせ相手は警官だ。
海外旅行先で警官などにいたずらに逆らうものではない。
もう観念して、そのトラックの荷台に荷物ごと載せてもらう。
警官とおばちゃんズもこれでようやく落ち着いてくれたようで、
ニコヤカに手を振って俺を見送ってくれるのだった。
あぁ、なんということだ。
まさか旅も終盤のこの期に及んでまたクルマに乗ることがあろうとは。
しかし速いなクルマって。
蚊なんて一匹たりともついてこれない。
クルマは快調にバヤモに向かっている。
乗せてもらった場所からだと10キロぐらいだ。
適当なところで下ろしてもらってテントを張ろうかとも思ったが、
道端でキャンプしているのをあの警官にみつかったらモノスゲー怒られるだろうなと思うとそれもできない。
ところで荷台に載ってる小さな袋、なんだか激しくうごめきながら、ピギーピギーと鳴いているのですが…。
なんて思う間に、バヤモ到着。
こんなカタチでバヤモにやって来るとは予想だにしてなかった。
まあ、来てしまったもんはしょうがない。
こんな大きな街で野宿するわけにもいかんし、ここはルイスリストの宿を探して泊まるとしよう。
で、探す。
もう21時過ぎだが暑い夜は外で涼んでいる人も多いので、そのへんのセニョール&セニョーラに聞きまくる。
どうやら目的地はここからだいぶ遠いらしい。
これはちょっと手こずるかな。
それはいいんだが、たまたま道を尋ねた若い奥さん。
ただ俺に道を説明するだけなのに、なんで俺の二の腕をしっかりと握って話すのだろう。
クセなんだろうか。
いずれにせよ、キューバの女性がこうやって警戒せずに話をしてくれるのは俺にはかなり違和感がある。
たぶん本来の彼女たちはこんな風に明るくて、この程度のボディータッチも自然なことなのだろう。
オリエント地方に来てから、だんだんキューバ人の素の姿が見えてきたような思いがする。
皆さんに教わったとおりの道を歩いていると、今度は路肩で座り込んでいる二人の兄ちゃんが声をかけてきた。
いくらなんでもこいつらに道を聞いてはいかんだろうという雰囲気のヤツらだったが、
やむなくリストの住所を見せてみると、
「お、カサ・パルティクラルか?こっちだ!」
と言ってすぐ近くの家の前に連れて行かれる。
あー。
ここは確かにカサだが、リストにある住所じゃない。
「違う。俺はこのリストの場所に行きたいんだ。」
そう言うと、
「あーそうだったのか、それじゃ俺たちが連れてってやるよ!!」
なぜかノリノリである。
こいつらはてっきり宿の斡旋をして小金を稼ごうとしているのだと思って抵抗したのだが、
別にそういうわけでもなかったらしい。
何やら楽しげに話しつつ、そこから結構歩いて、俺をちゃんと目的のカサまで連れてきてくれた。
連れてきた手間賃でもせびられるかと思ったらそんなこともなく、
どうやら彼らはただの気のいいナイスガイズだったらしい。
ありがとう、疑ってすまなかった。
明日も会うことがあればお礼にメシでもご馳走したいところだ。
で、カサ。
この宿の名前は『アルトゥーロ&エスメラルダ』という。
オーナーのアルトゥーロは極めてぽっちゃりな白人男性で、フランクな英語を話す豪快そうな人物。
ここにもやはりサンタクララのルイスから電話があったようで、おー本当に来たのか!といった反応。
夜中に現れたにもかかわらず、快く招き入れてくれて助かる。
部屋は家の2階にある一室で、そこそこのランクだが、一泊が25CUC。
うっ、ここで25CUCか…。
ここのところ宿といえば20CUCが多かったから、ちょっと高く感じるのだ。
でもしょうがない、最初はバヤモで一泊の予定だったが、こんな時間に来てしまったらもうここで2泊だ。
予想外の出費ではあるが、別に金が足りなくて困るというほどではないし、
こういう不測の事態に備えてこれまで節約してきたともいえる。
それにだ。
もしここで泊まらなかったら、今ごろはテントで汗だくになっているか、バス停で蚊と闘っているかのどちらかだ。
蚊と暑さに悩まされることなく快適な部屋でぐっすり眠れるなら、2500円ぐらい安いもんだろう。
ふぅ。
とにかく決めてしまったことをいろいろ悩んでもしょうがない。
明日のバヤモ散策に備え、ゆっくり休むとするか。
あーあ、なんだか長い1日だった。