7月8日 しずめてゆく
さぁもう本当にいよいよすることもないが、もはや日課の昼散策にでも行ってくるか。
ハバナを散歩するのも今日で最後になるだろうしな。
そういえば今日は日曜日か。
休日のこの街がどんな感じになるのかは少し興味がある。
6階の部屋にいてすら、あいかわらず絶叫じみた音量で人を呼ぶ声がうるさい、そんなこの街。
よく考えると、その気になったらすぐに泳げる首都ってのはちょっといいよな。
彼のポーズはまたなんともいえないけど。
呼ばないと店員が出てこないこのピザ屋もこれで最後だ。
今日はあるんだな、デカピザ。
しかし、ハバナに何日もいたわりにはコレといった収穫に乏しい。
ひたすら寝て食ってただけ。
これはこれで正しいオフの過ごし方ともいえるが、やはり何か物足りない。
逆を思えば、一輪車に乗ってただ走っていただけでも少しは得るものがあったんだな。
おや、なんか飛んでる。
こういった古くて豪華な植民地時代の建築物なんて、見る人が見ればおもしろいものなんだろうな。
せっかくハバナにいても俺には最後まで気がつかない、見えてないものも多いのだろうと思う。
外国で1つの街に何日もいたことがあまり無いので、余計にそんな風に考えてしまうのかもしれない。
おぉっ、気に入っているサイフのジッパーがここにきて壊れた。
これはキューバでは修理できそうもないから、小銭入れはしばらく使用不能だな。
まぁポケットに入れとけばいいだけだ。
一輪車といいサングラスといい財布といい、壊れ時というのをちゃんと弁えてくれるのがありがたいよ。
ところで、日曜日でも首都ハバナは通常営業かと思っていたが、
昼を過ぎたあたりから店やらデパートやらがチラホラ閉まり始めた。
半ドンとはまた懐かしいことをやってくれる。
そんな閉まりかけの土産物屋で、あわててマラカスを買う。
もはやキューバ土産と言えばこんなものしか思いつかない俺。
こうなったら海に潜ってランゴスタでも捕まえるべきなのだろうか。
マラカス以外に大した収穫もないまま部屋に戻る直前、露店で見慣れない果物をみつけた。
あぁ、これかー。
キューバで時々みかけるこの物体。
大抵はマンゴーと一緒に売られていて、色もよく似ているがカタチがちょっとだけ違う。
なんなんだろうこれ。
ひょっとしてかなりうまい新型トロピカルフルーツなのかもしれないと思い、マンゴーとセットで買ってみた。
それがコレ(左)。右はいつものマンゴー。
部屋に戻るとジョージがいたので、
「こんなモノを買ってみたんだ。何これ?おいしいのかな?」
気軽にそう尋ねるまでの俺は、思えば幸せであった。
「HAHAHAHA!知らなかったのか?
それは、アボカドだよ。」
「………ア………。」
アボカドかよ!!
うわ、そもそもフルーツじゃない!!
どおりで甘い香りがまったくしないわけだ。
それにしてもアボガドってこんな形だっけ?俺のイメージと全然違うぞ。
それでもしょうがないのでこのアボカド、剥いて食ってみた。
こんなデカいのをそのままなんて初めて食ったが、一応食える。
森のバターと呼ばれるだけあって、このモクモクとした食感はまるで芋のようだ。
ハッキリ言ってうまくはない。ただ食糧にはなるだろう。
何回かに分けて食ってみたが、どうしても食いきれずに半分ぐらい捨てた。
不甲斐ない俺を許してくれ。
うん、アボカドには失望した。
そしてこんな時こそマンゴーの出番である。
やはりうまい!安定的!トロピカルの王者!
これがキューバ最後のマンゴーになるかな。
キューバにもう一度来たいとはたぶん思わないだろうが、
このマンゴーの味だけはきっとたびたび懐かしく思い出すだろう。
田舎やハバナのメルカードで買えば1コ3ペソクワーノのマンゴーは、街角の露店では15ペソだった。
ボラレてる可能性も否定できないが、それでも街中では多少値段が上がるのだろう。
こうやって、タダ同然のマンゴーの値段は、生産地から離れるに従って価値を上げていくのである。
日本では高いもんなぁ、マンゴーって。
あ、まったく同じことをパプアニューギニアのココナツでも考えたんだった。
俺の思考パターンなんてわりと単純で、数種類しかないのかもしれない。
たった2泊してるだけなのに、一瞬もうこの部屋に住んでいるような錯覚をする。
これなら世界中で大抵の街にはすぐ順応できそうだ。
好き嫌いは別としてね。
そうだ、さっきカフェの前でジュースを飲んでいたら、変な男が声をかけてきた。
超怪しい英語で、カサ・パルティクラルはどうかと。
カサはもう決まってるからいいと断ると、それならチカはいらないかと。
チカか…。
俺も健康な独身成人男だ。女性が嫌いなわけがない。
本音を言えば、気にはなる。
だが、こんな男に紹介される女の元へヒョコヒョコとついていくような自分ではありたくない。
そんなことをするぐらいなら、俺は今までどおりでいい。
それだけだ。
それだけだ。
よし。準備は整った。
ハバナの街をあてもなくさすらうのもこれが最後だ。
この数日間のまとめを、いずれにせよ見つけてくることにしよう。
散歩に出るたび、ついここに来てしまう。
とにかく夕方になるとみんな海辺に集まってくるんだよな。
俺もそうだ。
今後、ハバナと聞いて最初に思い出すのは、きっとこんな海なのだろう。
夕暮れのハバナを歩くことはもうないのだと思うと、この街に対してやっとそれなりに感慨のようなものも湧く。
それにしても、出会いに乏しい旅だった気がする。
言葉の壁ってのは確かにあった。
これも現実。
でも、途中で止めさえしなければ、次がないわけではない。
あとは帰るだけという状況になった今。
今回の旅日記はどうなんだろう、つまらないものになるかもしれないと思う。
一輪車で走っている部分だけで終わっていればよかったのかもしれないが、
このハバナでの5日間が想像以上に不毛で、これがまた旅のクライマックスだというところが切ない。
まだ終わったわけではないけど。
旅の経験が増えれば増えるほど、たまにはこんな不完全燃焼な気分になる旅だってあるのだろう。
このままではあまりにもつまらないので、やはり明日は一輪車を押して歩いてでも空港まで自力で行こう。
チノだモンタだと言われるのもこれが最後だと思えば楽しめるかもしれないよ。少しは。
現地の女の子たちにすれ違いざま、
「チャイナチャイナ!」
と小バカにしたように言われ、それなりに落ち込む。
なんでそういうことを言うのかな。
日本で外国人をみつけた子どもが「ガイジンガイジン!」とはやし立てるような心理なのか。
それとももっと根深いアジア人に対する差別意識があんな若い世代にも存在するのかもしれない。
若いといえば、キューバ初日やサンティアゴであったように、
女の子が向こうから声をかけてくるなんてことは、あれ以来ありそうでなかったな。
やはり俺も大荷物を背負って一輪車に乗ってないと目立たないのだろうか。
こんな風に身軽に、大きな街で何か楽しいことを探し求めるなんてこと。
簡単そうでいて、俺は疲れてしまうようだな。
これはこれでちょっとした挑戦ではあったんだが。
やれやれまったく、地球の反対側、こんな島まで俺は一体何をしに来たのやら。
これは自分自身に何度も繰り返した問い。
人に誉められ、かつ優しくされたかっただけなのかもしれない。
ハバナの夜景って、首都にしては暗いよね。
というわけで、帰ってきたよ。
ハバナ徘徊はもう充分。
やるだけのことはやったので、これでよしとする。
隣のジャマイカのスーパースター、ボブ・マーリーは、36歳で病死したそうだ。
俺と同じ歳だが、スーパースターでもない俺なら今のところ、まだ生きている。
未来の時間はもうしばらくは自由に使わせてもらえるのだろう。
あとは、無事に空港について、何事もなく帰国するだけだ。