彼の最速

ゴールデンウィークである。
人が休む時に活動するのが好きな吸血鬼みたいな俺は当然仕事だが、
国道走行中に見かけるクルマのジャンルもすっかり連休モード。
日頃はあまり見かけない大型バイクもよく走っていて、バイク好きとしては楽しい。

そんな仕事中、ふとある一台のバイクのことが思い出された。
そして半日ばかり、ずっとその懐かしいバイクについて考えていたのだ。
そのバイクとはこれ。

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CBR1100XX スーパーブラックバード。
ホンダが1996年に世界にブチ上げた、当時文句なく世界最速、世界最高性能のビッグバイクである。

このマシンが発表された当時にバイクに興味があった人なら覚えているだろう。
バイク雑誌の表紙にデカデカと踊るブラックバードの文字と、惜しみなく紙面を割かれた解説ページ。
まだネットの普及していない時代であったが、雑誌の紙を通してでも、
そのバイクが世界に与えているインパクトの強さをヒシヒシと感じることができた。

なんせこのブラックバードは、市販車として世界で初めて時速300キロの壁を突破した、
記念すべきとんでもないシロモノだったのである。
そう、あの当時、バイク業界、バイク乗りの話題といえば、
常にこの『世界最速かつ最高性能』のオートバイ、CBR1100XX スーパーブラックバードでもちきりだったのだ。

それだけなら、ただの憧れのオートバイ、というだけで終わった話であった。
しかし、転機は訪れる。
なんと当時新聞屋に勤めていた同僚が、「これしかない!」といって買ったのである。このスーパーマシンを!

誰もが乗ってみたいブラックバードが、あろうことか、わりと手近にやってきてしまった。
そして彼の購入からしばらくして、ついに俺も乗せてもらえる機会が到来したのである。

神戸のだだっぴろい某埠頭にて、ドキドキの試乗。
ブラックバードに乗れば誰もがやってみたくなるのは、もちろん、最高速チャレンジだ。
それは昔からスピードにはあまり興味がなかった俺にすら、抗いがたい誘惑であった。
ガンバッたよ。俺なりに。
おもいっきりビビりながら出したスピードは、せいぜい200キロ。
それでも俺にとっては異次元の体験に等しかった。

なんというか、速いというのではなくて、視界が極端に狭くなるのが怖いのだ。
前方のわずかな一点だけがよく見えて、その周囲はもうなにがなんだかわからなくなる感じ。
こんな時に脇から何かが飛び出してきたら、絶対にかわせない。
俺にはムリな世界だ…。
その時、そう思った。
それ以来、そして今後も、自分の意思で200キロ以上のスピードを出してみることはもうないだろう。
今も時々思い出す、恐怖と高揚の記憶である。

そんなブラックバードの発売から、もう17年がたつらしい。
今ではより性能のいいバイクはいくらでもある。
でも個人的には、どんな高性能なバイクが出てきても、もうあのブラックバード発表ほどの興奮はない。

ちなみに彼のブラックバードは、のちに盗まれる。
だいぶ月日が経過してからボロボロになった姿で発見され、
意気消沈した彼は結局、そのマシンを手放す。
そういう夢の終わり方もあるんだな、と変に納得していた俺は、明らかにヒトゴトだったわけである。

彼はもう配達の仕事以外でバイクに乗ることはないだろう。
俺は今でもなんのかんのでバイクに乗っている。

ゴールデンウィークで懐かしいバイクをたくさん見ていたら、いつのまにかこんなことを考えていた。