対馬旅 6月27日 その2
#足袋で旅するってのは
登山でもないのにアップダウンを歩き続けるのにも飽きた。クルマが来ないスキを見て、ちょっと乗ってみる。
この白線から内側に絶対にハミ出さないというぐらいの自信があれば、あるいは旅にも使えそうである。
でも今の俺にはまだそこまでの技量はない。
そしてまた、太モモが空気椅子状態でパンパンだ。
この写真を撮った琴(きん)という集落を抜けた頃、おもむろに道が二手に分かれている。
立っている標識によると、
1つは地方道39号線をそのまま北上して次の集落、舟志(しゅうし)へと至る道。
これを横坂という。
もう1つは、地方道をはずれて進み、いずれ同じく舟志へと合流する道だ。
こちらは堂坂という。
悩ましいのは、メインからはずれる堂坂のほうが次の集落への距離が数キロ短いというところだ。
これまでは寄り道を避けて必ず主要道を進んできたが、
数キロ短い、という点が歩き旅に疲れてきた今の俺には非常に魅力的に映る。
しかし騙されてはいけない。
同じところに合流するのに距離が短く、しかし主要道ではない。
それってつまり、すんごい山越えってことでしょ?
横坂と堂坂。
分岐点で座り込み、地図を睨んで考える。
うーん、旅は選択と決断の連続だ!
というわけで、今回はあえて堂坂にチャレンジしてみよう。
山越えでも急いで上れば平地をダラダラいくよりは早いかもしれない。
それにもう、食料も電波もないこの道を早く突破して、
できれば今日中に比田勝に行きたい気分になっているのだ。
行くぞー、レッツ突入堂坂!
道は案の定、山道っぽい荒れた雰囲気に変わる。
しかしクルマは意外と通る。
みんなショートカットのつもりでこちらを通るんだろう。いいよなクルマは。
対馬は、とても残念なことに、路肩に缶などのゴミが多い。
だからこのような看板が至るところにある。
自然が美しい島なのに本当にもったいないことだ。
クルマで通る人にはわかるまい。
自転車でもあまり目につかないかもしれない。
でも歩いていると、ひたすらこのゴミを見続けることになるんだよ。
ましてやこの場所に住む生物たちにとっては、推して知るべし、である。
ジェットコースターか!というようなスペクタクル的のぼり坂。
軽自動車なんかも苦しそうにブオンブオンいいながらのぼっていく。
ここまでくるとちょっとした登山だよなぁ。
坂の途中でまたしてもクルマに乗ったお爺さまが止まってくれた。
パンクじゃないんですよーと事情を説明すると、元来た道をUターンして帰っていく。
え、Uターン?
わざわざ俺のために引き返してきてくれたってことだろうか。
それは申し訳ないことをした。そしてありがとう。
堂坂のてっぺんを制覇!
この上りはさすがに効いたわ。
鬱憤を晴らすべく、急な下りでもできるだけ乗ってやる!
下り終えたあたりにあった祠。
小さな山の神か。
ときどきこうやって、対馬の歴史の深さを垣間見ることがある。
さきほどの堂坂はおそらく、この地方道39号線のなかでは最大の難所だっただろう。
ならばあとはひたすら北上するだけだ。
もう夕方近いが、あと10キロぐらい進めば比田勝(ひたかつ)にたどり着ける。
どうにか今日中に着いてしまいたい。
だが、足の裏の痛みがそろそろ本格的に厳しくなってきた。
冬のバイトの頃から履き始めた地下足袋には、もう慣れているつもりでいた。
地下足袋に適した歩き方をマスターし、これでどこまでも歩ける気でいたのだが…。
甘かった。
ザックを背負って2日歩いただけでもう限界が見えてくるとは。
ペラペラの地下足袋の底を通して、一歩踏み出すたびに足の裏の筋肉全体が痛む。
おかげで少し歩いては休憩が必要な事態になってしまった。
この痛みさえなければもっとサッサカ歩けそうなのに。
だからといって、普通の靴を買って履き替えようという気にはならない。
アルティメットホイールと同様、あえて違う道を進むことで見えてくるものがあるハズだ。
せっかく旅をしに来たのだから、何かを見つけて成長したいのだ。
今がいい機会なのだ。
ここから比田勝までの10キロは、本当に苦しかった。
写真を撮ることも忘れていたし、アルティメットに乗る気もまるで起きなかった。
目の前に続く道をただひたすら少しづつ歩き、坂を上り、そして下り、
途中で自販機があれば喉をうるおし、少し休んでまた歩き出す。
あたりはもう暗い。
だがなんとか今日中には着けそうだ。
痛む足を引きずって最後の大きな峠を上りきり、
お決まりのトンネルをくぐってさらに進めば、道はついに国道と合流する。
2日間世話になった地方道39号線は終わった。
そして、あともう少し歩き続けさえすれば、
そこが比田勝の町だ。
よかった。夜になる前にたどり着けた。
町に入ってほどなくすると、魔法のように携帯の電波が入る。
道沿いにはチラホラと店があって、嬉しいことに、まだ開いているスーパーまでも。
人がたくさん住んでいる町が、こんなにありがたいものだとは。
すぐに忘れてしまうんだよ。日常の暮らしの中ではすぐに。
さすがに徒歩の旅は違う。
俺にしては珍しく強力に腹が減っていたので、思いつくまま食料を買い漁る。
何か食べるのは今朝のアイス以来だ。
食べ物がないないと思うと無性に食べたくなる。これって本能の類だろうな。
スーパーの前で弁当を食べてようやく落ち着き、再び立ち上がる。
うわ、足が痛い。
ちょっと今日はがんばり過ぎたか。
引きずり気味でゆっくりゆっくりと比田勝の町を歩き、どうにか寝られそうなバス停をみつけた。
昨夜はまだ疲れもなく日常の生活感覚を残していたので眠るのに少し苦労したが、
今日となってはもう、その気になればどこでも眠ってしまうだろう。
電波の復活したスマホで最低限やっておきたいいくつかの作業を終えれば、もう22時。
あとは身体を休めることに専念だ。
ああ、今日は結局、ドライバーから合計5回も声をかけられた。
タイヤなんか抱えて歩いてればそりゃパンクと思われるのも当然かもしれない。
でもこの島では、日本語で話しかけても何語が返ってくるやらわからないのにな。
対馬は親切な人が多いのかもしれない。
それにしても今日はしんどかった。
堂坂以降のラストスパートのキツさといったらもう、思い出したくもない。
しかし、あれだけがんばって比田勝まで来てよかったよ。
電波はあるし、スーパーで買い物もできたし。
問題は明日の朝、この足がどうなってるかだな。
強烈に腫れて歩けなくなってたらどうしよう。
地下足袋じゃなければ脚全体の筋肉痛ぐらいで済んでたところだろうが。
ほんと、アルティメットといい地下足袋といい、
誰に言っても理解してもらえない、自業自得な苦労と言うしかない。
そしてそれぐらい自己満足的な行為でなければ、俺は充実感を得られないのだなあと思う。
港町の夜風が冷えてきたよ。