対馬旅 6月28日 その2
#怪しいものたち
今となってはアルティメットホイールに苦労する旅ではなく、
すっかり地下足袋と格闘する旅へと趣旨が変わっていることに苦笑する。
オマケに今日はそこそこ暑い。
ようやく見つけた下り坂の木陰で、本日何度目かの休憩。
こうして路肩でザックを枕にして寝ていると、道行くクルマのドライバーは何事か?と気になるに違いない。
体調不良で倒れていると思われるのも困るので、
こういう時は手を頭の下で組んだり足を高々と上げたりして、わざと余裕ぶるようにしている。
そして不思議なことに、余裕ぶっているとだんだん余裕のような気がしてくるのだ。
おや、また見慣れない虫が歩いている。
対馬に来て3日。
これまでに初めて見るような虫や植物にたくさん遭遇してきた。
海や川をのぞけばこれまたいろんな魚が泳いでいるし、
国内外から釣りをしに来る人が多いというのもうなづける。
この島はただ広いというだけではなく、生物の層が本当に豊かなのだ。
あ、うわっ、いま大変イヤなことを思い出した。
イヤなことはみんなで共有してラクになろうぜ。
実は昨日、ちょっとジメジメしたトンネルを通った時に、とんでもない怪虫を目撃してしまったのだ。
なんと表現すればいいのだろう。
ムカデよりもゲジゲジよりも明らかにデカく、脚がたくさんあって長くて、触覚がビヨーーンとしてて、
しかも全体がブルブル揺れている。
ああもう、イヤだけどイメージ図を描くとしよう。
うむ、まさにこんな感じ。
薄暗いトンネルで一瞬だけ見て本能で目を逸らして逃げたけど。
あれ一体なんだったんだろう。
あんなバケモノ見たことも聞いたこともないぞ。新種か!?
いくら生物が豊富な島とはいえ、あのクラスはさすがに勘弁してほしい。
大浦。
大きな湾で波が穏やかなせいか、何かを養殖しているようだ。
真珠かと思うが全然違うかもしれない。
対馬の海岸線はとにかく入り組んでいるので、
天然の良港(小さいけど)や養殖に適した湾が無数にあるのだろう。
そのぶん陸地も起伏に富んで平地が少なく、陸の生産能力はお世辞にも高くないだろうなとお察しする。
対馬最北部をグルッとまわる大寄り道をついにクリア!
国道に合流すると同時になんとまあ、ショッピングモールがお出迎え。
これはありがたい。
対馬人力旅において、食料を買えるチャンスを逃す手はないのだ。
ホームセンター入り口にて。
『NO FOOD NO DRINK』だって。
店内で飲食しないというのは、日本では当然のこと。
あたりまえすぎるから誰もわざわざ書いたりしないんだな、ということが、
対馬においてわざわざ書かれていることから逆にわかる。
カルチャーギャップですねぇ。
何これ。
誰か勇気のない俺の代わりに入会してみて。
#闇のなか
さて、旅のオアシスで長々と休憩したら、ここからはまた8の字ルートの再開だ。
今度は島の西側にある国道382号線をひたすら南下していくことになる。
国道だから先日までの地方道よりは店、電波とも期待できると思う。
だが…。
アップダウンはあいかわらずだな。
いやむしろ、海沿いを通っていた東側の地方道よりも国道のほうがキツいような気配もある。
でもこんな風に、峠の頂上にはやっぱり綺麗なトンネルが!
これがなければホラ、左にあるあの旧道をさらに上っていくハメになるんだぜ。
トンネルのおかげで本当に助かってるんだろうなぁ、とつくづく思う。
俺みたいな旅行者がそう思うのだから、地元に住む人たちにとってはより一層のことだろう。
税金のムダ使いと言われがちな地方の道路工事にはこういう一面もある。
国民から集めた税金は実にいろんなところでカタチになっているんだな。
若干忘れられ気味のアルティメットホイールも、下りで広い歩道さえあれば乗る。
俺が乗っているところを目撃した数少ない対馬のドライバーの皆さん、あなた方は運がいい!
そしてこんなところで大事な運を使わせてしまって申し訳ない!
乗車時のザックの重さは今ではほぼ気にならなくなってきた。
一輪車旅の時と同じで、ザックを背負っている時間が長くなるとその重さが身体と一体化してくるんだよな。
残る問題は、モモにズッシリとかかる負荷と、意外に早く息切れしてしまうという事実。
100メートル進んだだけで汗びっしょりでハーハーいってる。
なんだこの乗り物は!
荷物がなければこれほどじゃないんだけどな。
もっとバランス感覚が精妙になれば疲れにくくなるような予感はする。
修行あるのみ。
佐須奈(さすな)の町に着いた。
対馬の中では比較的大きな集落みたいだ。
学校の近くを通りがかると、下校中の中学生らしき生徒たちがみんな、
「さようなら!」
と声をかけてくれるのだ。
子どもたちが挨拶してくれるのは嬉しいが、初対面の俺にさようなら?
これはちょっと返答に困る。確かに君たちと2度会うことはそうないと思うが。
一瞬悩んだあげく「こんにちは!」と返したが、
彼ら彼らで「こんにちはだって…?」と困惑して小声で話しているのがバッチリ聞こえる。
これはたぶん、俺を韓国人と間違えたのでなければ、
顔見知りしかいないこの集落では下校時の挨拶は「さようなら」しか考えられない、
という特殊な事情によるものだろう。
彼らもいずれは島を出て外の世界を見聞し、無数のカルチャーギャップを体験することになる。
どこに住むどんな人間でも、生きてる限り、変わらないままではいられないんだな。
だな。とか言ってる場合じゃなかった。
ここのバス停はかなり広くて安心して寝られそうではあるのだが、
惜しいことに、まだ少しだけ時間が早い。
ここは悩みどころである。
佐須奈の次は佐護というところに集落がありそうだが、距離が長い上に山間部に入り込みそうだ。
7キロぐらいだろうか。それだと夜にはなるのは間違いない。
どうしよう。
まぁ、行くかぁ。
19時。
昨日までと違って、島の西側に来れば海に沈む夕日が見られるんだな。
さて、この段階からスタートして次の集落を目指すわけだ。
もう1時間早ければ悩むことなく次に進んだだろうし、
もう1時間遅ければ悩むことなくこの町で止まっていただろう。
自分でも予定を立てづらい人力旅では、ときどきこういう間の悪いことがある。
そこからの7キロは、森の中をグネグネしながらどこまでも進む細い道。
あたりは急速に暗くなってくるし、道が細いと心細い。
そして、暗くなってくるとクルマのことも心配しなければいけない。
一輪車の時は一輪車にライトやサイクルコンピューターなど装備をすべて付けて走ることができたが、
このアルティメットホイールってヤツは自分自体が回転するだけのシンプルな物体なので、
ハッキリ言って何も付けることができない。
おかげで今回は移動距離も測れないし、もちろんライトもない。
これまでいくつかあったホームセンターで自転車用をライトを買っとけばよかった。
だがここでふと、スマートフォンのLEDライトを点けっぱなしにして手に持っておくというアイデアを思いついた。
やがて真っ暗になった森の道でLEDライトは意外にも明るく頼もしく、
これなら前後どちらから来るクルマにも、一応何かがいるのだということはわかってもらえそうだ。
漆黒の道のりを歩いて進んだのは2時間。
わずか2時間だが、これはキツかった。
夜中の移動を選んだのは判断ミスだったかもしれない。
この7キロの長さ。しんどさ。心細さ。
やはり俺はすぐ近くに人の住む気配がないとダメなんだなぁ。
このあたりの森にはツシマヤマネコが生息しているらしいが、まったくそれどころじゃなかった。
日中は休憩しまくりながら進んでいた俺が、この2時間、まったく休まず脇目もふらずに一気に歩きとおした。
暗闇の中でホタルの淡い光がいくつも飛び交っていたのを視界の隅にとらえたぐらいだ。
人間、危機感次第でリミッターのレベルが変わる。
こんな真っ暗な森の中で休みたくないと思えば、足の痛みも無視してザクザク歩いてしまえるのだ。
そのかわり明日に疲れを残してしまうけど。これじゃ結局、休養日にならない。
ようやく佐護の集落の灯りが見えた時の安堵感といったらない。
そして、思い切ってここまで来た甲斐はあった。
やたらピカピカの新築みたいなバス停を発見。しかもドアが閉まるタイプ。
これは願ってもないほどの好条件だ。
今夜はここで全力で寝かせていただきます。どうもありがとう!
それにしても、森の中で遭遇したランナーには本当にビビったよ。
こんな時間にこんなところでなんで走ってるの!?
向こうも似たようなことを思っただろうけどな!
ふぅ、今日も長い一日だった。