4月25日 接点たち

 
寝る前になんだか冷えるなーとは思っていたが、深夜に寒さで目が覚めた。
ライトで照らして見た温度計は10度を下回っている。
 
夜は冷えるだろうと予想していたモハベ砂漠でもここまでは下がらなかった。
じょじょに標高が上がってきているせいだろうか?
これまでお荷物扱いだった寝袋がここに来て活躍するとは思わなかった。
 
イメージ 1
 
次の町、セリグマンまではあと45キロほど。
道もいいし昨日のペースなら楽勝かと思われたが、甘かったよ。
横風が強い!
昨日は終始背中を押してくれた風が、今日は横から吹いてくる。それもかなりの勢いで。
 
一輪車にとって、横風は向かい風の次に厄介だ。
どうにかバランスを取って乗れないこともないが、左右非対称な変な体勢になって実に疲れる。
風向きは常に変わるものだし、自分自身の進行方向だって変化する。
ユニサイクルツーリングにとって、風は友でもあり、敵でもある。
 
イメージ 2
 
人が横風に苦労しながら進んでいる時、キャンピングカーを路肩にガガッと滑り込ませて出現した人。
 
パートナーと二人で、なんとはるばるアルゼンチンから旅をしてきたそうな。
それはご苦労さまです。
ラスベガスに向かっているそうだが、俺を目撃してわざわざ引き返してきたらしい。
つくづくご苦労さまです。
オレンジをもらったよ。
 
イメージ 3
 
で、もらったオレンジを食いつつ休憩。
うわ、オレンジうまい。
スナックばっかり食べてるから果物とか野菜がやたらとうまく感じるよなぁ。
 
ああ、それにしても今日の横風には参った。
しばらくは風に対抗してユニサイクリングをしていたが、効率が悪すぎる。
もう歩いたほうがマシだな。
 
休憩を終えてふたたび路肩を歩く。
すると、はるか前方からこちらに向かって同じく歩いてくる2人の人影が。
え、こんなところでなんで歩いてるんだ?人のことは言えないが。
 
イメージ 4
 
歩いて来たのは彼らだった。俺に水を渡すべく、クルマを停めて歩いてきてくれたらしい。
それにしてもいやぁ、なんというか、ファンキーなファッションですね。 
 
男性のほうは一輪車乗りらしい。背の高いヤツに乗っていると言ってたから、パフォーマーかな?
こんなところでクールな仲間に出会えたと、妙に喜んでくれている。
俺もこんなところでユニサイクリストに会えるとは思わなかった。
 
彼らはこれからグランドキャニオンに向かうそうだ。
ラスベガスだのグランドキャニオンだの、実は結構遠いのに、みんな気軽に行くよなぁ。
そりゃクルマだからなぁ。風なんか関係ないし。
 
それからトボトボ歩いて、どうにかセリグマンまであと11キロというところまでは来た。
しかし、ここから先がなかなか進めない。
11キロなんて36インチユニなら大したことない距離なのに、
強風に煽られながら歩くともなると、まったく別世界に迷い込んだようだ。
人生の貴重な一日、俺はこんなところで一体何をやっているのだろう。
 
ちょっとした峠をヒーヒー言いながら乗り越えると、あとは緩くて長い一直線の下り坂だ。
この先にセリグマンの町があるはず。
横風が厄介ながら、もうすぐ町に着くともなると、ユニで突っ走りたくなる。
強さが一定しない横風をどうにか受け流しつつ、下り坂を結構なスピードで走り続ける。
 
突然コケた!
 
それは一瞬何が起こったかわからないぐらいに突然だった。
風が弱まったと思った次の瞬間に強烈な突風が来て、タイヤごと一気にすくわれたようだ。
こんなことは初めてである。
これまで強風にビビりながら一輪車に乗ったことは何度もあるが、
実際に風を受けて転倒させられたのは、本当に初めてだ。
 
落車の衝撃にしばらく起き上がれず、四つん這いのままジッと耐える。
何台かのクルマがすぐ横を通過していく。ここは路肩が広いのがまだしもよかった。
今日はよく声をかけられる日だと思っていたのに、
一輪車に乗らずに転倒している今に限って、誰も声をかけてくれないんだな。
ああ、人情紙風船。
でもそれが普通なのだ。旅なのだ。
俺は変わった乗り物に乗っているせいで、ちょっと目立つというだけ。
 
しばらく耐えて、じょじょに回復。
どうやら大きなダメージは受けていないようだ。
よし、行こう。セリグマンはすぐそこだ。
 
イメージ 5
 
セリグマンの町が見えてきた。
それと同時に、キングマン以来のフリーウェイ、I-40とも合流。
ここから先は、フリーウェイに沿って旧道を進み、フラッグスタッフという街を目指すルートになる。
 
それはいいんだが、問題は左足の痛みだ。
今日は横風の影響で歩き続けたため、ずっとひきずってきた足の痛みが悪化してしまった。
そしてマズいことに、ここからフラッグスタッフまでの100数十キロは、ひたすら上り坂であるらしい。
延々と続く上り坂を、ケガした足で歩かねばならないのか…。
そのつらさはもちろん、かかる時間が気になる。
すでに旅の進行は当初の予定よりも遅れている。
このままのペースだと、90日でのアメリカ横断はかなり難しい。
 
疲れた足と頭をひきずりつつ、セリグマンのガスステーションに着いた。
店の外壁にザックとユニを適当に立てかけ、身軽になって入店。
これじゃあ荷物を盗まれても文句は言えない状況だが、それぐらい投げやりな心境なのだ。
荷物がなくなっていれば旅も続けなくていいからな。そんなことすら考える。
 
店内で食料と水を物色していたら、旅行中らしき夫婦の奥さんが話しかけてきた。
 
「外で一輪車を見たけど、あれでアメリカを横断しているのはあなた?
 すごいわ!信じられない。よかったら写真を撮らせてもらえないかしら。
 そしてその買い物のお金、ぜひ私に出させて!」
 
え、ええええーーー。
写真を撮らせてくれというオファーはこれまでも数限りなくあったが、
買い物の支払いをさせてくれという申し出は人生初。斬新である。
お金をもらうのと同じような感じがしたので断ろうと思ったのだが、
彼女の真摯な様子と、それでいて写真撮影と引き換えにね!みたいな茶目っ気に押されて、
ここはありがたく食料を買っていただくことにした。
買い物を終えて外で写真撮影に応じつつ、何気なく聞いてみる。
 
「これからどこに向かうの?」
 
「フラッグスタッフよ!」
 
え、フラッグスタッフ?俺の目的地とドンピシャかよ。
うーん、悩むな…。悩むが、答えは決まった。
 
「もしよかったら、フラッグスタッフまで乗せて行ってくれないかな?」
 
これまであちこちの国を一輪車で旅してきたが、
クルマに乗せてもらったことはあっても、自分から頼んだことは一度もなかった。
それがひとつのルールであり、自慢でもあった。
しかし、ケガをし、強風で一輪車に乗れず、滞在期間に不安がある今は、これでいいと考える。
これが現場の判断だ。
 
イメージ 6
 
幸いなことに、このゲイリン&ロバート夫妻は俺の頼みを快く引き受けてくれた。
フリーウェイに乗って一気にフラッグスタッフまで移動だ。
 
彼らは俺にもわかるような簡単な英語でいろんな話をしてくれる。
今は仕事を兼ねた旅行中であり、医療機器関連の仕事で日本に行ったこともあること。
娘さんが日本好きで日本に留学経験があり、今も日本語を習っていること。
ゲイリンは変わった名前だと思ったら、ハワイ出身であること。などなど。
 
イメージ 7
 
話に聞いたとおり、セリグマンからフラッグスタッフまでは、本気で延々と上り坂だ。
そしてついさっきまで荒野だった風景が、グングン高地のそれに変わっていくのが目に見えてわかる。
高い木が生えた森が出現し、遠くに見える山の頂上には雪すらある。
 
「ひょっとして、このへんにはクマとかいる?」
 
「いるよ。でもアメリカ人は平気でキャンプしてるけどね!」
 
ヘビの次はクマかよ…。
動物に対する気苦労の絶えない野宿生活だな。
ところで、ゲイリン&ロバート夫妻は、俺の足のケガについてひどく心配してくれる。
 
「医者に診てもらったほうがいいんじゃないかしら。病院まで連れていくわよ。」
 
「いや、大丈夫だよ。そのうち治るから!」
 
こんな症状を医者に診せたところで劇的に治るわけでもあるまい。
むしろ安静にしろとか言われて数日間足止めを食らったりするとつらい。
旅行保険にはちゃんと入っているが、医療費の手続きも面倒そうだしな。
 
おや、そろそろフラッグスタッフに近づいてきたようだ。
俺は街の外れで野宿するつもりでいるが、
心配しまくりの夫妻の手前、キャンプ場でもあればそのへんで下ろして欲しいと頼んでおいた。
そんな時、しばらくアイフォンとにらめっこしていたロバートがこちらを向き、こんなことを言う。
 
「このホテルがいいと思うんだが、どうだい?」
 
あら、ちょっと高そうなホテルというかモーテルというか、そんな宿の予約サイトらしい。
 
「あーうん、いいと思うけど、高そうだね。」
 
「大丈夫、ここは私たちに任せて。」
 
「えっ?」
 
なんとこの夫婦、俺のために食費のみならず、ホテル代まで出してくれようとしているらしいぞ。
さすがにそこまで世話になるわけにはいかないのだが、あいかわらずゲイリンは説得上手である。
 
「私たちがそうしたいのよ。」
 
そう言われ、ついには承知するはめに。
 
イメージ 11
 
クルマで80マイルぐらいはワープしたか。高地の街、フラッグスタッフに到着。
ロバートが予約してくれた宿はフリーウェイのインターのすぐ近くにあった。
俺が自分では決して泊まらないであろう、高級クラスのモーテルだ。
 
イメージ 8
 
まさに何から何までお世話になってしまったゲイリン&ロバート夫妻。
 
「明日も足が治っていないようなら遠慮なく連絡をちょうだい。病院に連れて行くから。」
 
彼らはそう言い残して、フラッグスタッフからほど近い、パワースポットで有名なセドナへと走り去っていった。
なんという親切な人々なのだろう。
アメリカにはヤバい人間がたくさんいると思って身構えて来たのに、
今のところ、出会うのはみんないい人ばかりだ。
しかし、クルマの中でゲイリンも言っていた。
 
「悪い人はたくさんいるのよ。あなたはラッキーだっただけ。だから、気をつけてね。」
 
そう、ラッキーなヤツなんだろうな、俺は。
ありがとう。
 
イメージ 9
 
うっ、またデカいベッドが不必要に2つもある!
その点ではニードルズのインド人モーテルと同じだが、設備の綺麗さ、高級さがもう比較にならない。
 
ひさびさに使えたWIFIで、まずはずっと気になっていたこの宿の値段を調べてみた。
…高っ。
ゲイリン&ロバート、あなた方、親切にもほどがあるだろうよ…。
 
イメージ 10
 
これはゲイリンがくれたタイレノール。
アメリカでは一般的な、たぶん消炎鎮痛剤。
 
これを飲めば確かに痛みはやわらぐかも知れないが、
そのぶん治ろうとしている足に更なる負荷をかけてしまいかねない。
今は痛みが続いてもいいから、早く治ってほしい。
どうしても耐えられない時以外は飲まないでおこう。
 
さて、身の丈に合わないホテルで一息ついたら、次は買い物に出よう。
大きな街に来たら手に入れておきたかったモノがいくつかあるのだ。
 
イメージ 12
 
フラッグスタッフの街並み。なかなか美しいところだ。
 
アリゾナ州といえば暑そうなイメージしかなかったが、ここはかなり涼しい。
なんといってもこの街はマラソン選手の高地トレーニングに使われるぐらいの標高らしいからな。
ついさっきまで荒野で横風に苦しんでいたのに、また一気に環境が激変してしまったものだ。
 
イメージ 13
 
世界的に有名ななんでも屋、ウォルマートが宿のすぐ近くにあったので、突撃。
 
噂にたがわぬ広さではあるが、内部の様子は日本にあるスーパーセンターとそう違わない。
ほとんど日本にいるような気分で快適に買い物をすすめ、足も痛いのでとっとと宿に戻ってくる。
 
イメージ 14
 
戦利品その1。サラダ。
 
とにかくこういう新鮮な野菜に飢えていた。
生き返るねー、ビシビシくるねー。
スナックだけでも旅を続けられる自信はあるが、できることならたまにはこういうものも食べたいと思う。
 
イメージ 15
 
そして戦利品その2。ネジロック剤。
 
緩みまくるクランクのボルト(ペダルの右横に見えるヤツ)をガッチリ固定するためにはこれが必要だ。
ちなみにネジロック剤がみつからなければ、代わりに接着剤で永久固定してやろうと思っていた。
 
イメージ 16
 
クランクボルトのついでに、一輪車まわりのほぼすべてのボルトを外してネジロック剤を塗布してゆく。
これで旅の間にボルトが脱落する確率はグッと減るだろう。
 
どうせならもっと早く、旅の前から塗っておけばよかったんだよな。
ボルトを1本紛失し、さらにクランクボルトが何度も緩んでようやくネジロック剤の使用を思いついたよ。
まあそれも貴重な旅の経験だ。
 
今日の自力移動は48キロだが、クルマでは150キロぐらい走ったことだろう。
ユニに付けた距離計がまだ548キロだから、150キロと言えば相当な距離をワープしたことになる。
他にも何度かクルマに乗せてもらってるし、これはもう一輪車だけでアメリカ横断!とは言えない。
しかし、依然として90日での横断が可能かどうかには一抹の不安がある。
今後も場合によってはクルマに乗せてもらったほうが良いだろう。
なんといっても、日数制限でたどり着けませんでした、というのが一番イヤだからな。
 
さあ、今日はゲイリン夫妻が予約してくれた超快適な部屋でゆっくりと休ませてもらおうか。
夜中、気まぐれに部屋のドアをちょっと開けてみたら、外の空気が異様に冷たい。
この環境で野宿してたら今頃はなかなか大変だっただろうな。
二人にはつくづく感謝だ。
 
今日もいろんな人々に出会った。
それぞれの出会いが複雑に繋がって、今の自分が出来上がっている。