4月30日 白い自転車
今日はまさかの向かい風。
横風から追い風に変化してくれることを期待していたが、逆とはな。
こうなるとフリーウェイはダメだ。諦めてルート66を行くも、これまた進まねー。
風も強いし、今日は歩いたほうが良さそうである。
また厳しい戦いになりそうだ。
左足は元より痛いが、一輪車に乗ると今度は右ももが痛い。たまらん。
フラッグスタッフからの長い下り以降、ずっと違和感を感じていた太もも痛が、ついに本格化した感じ。
ほんとたまらん。
歩く時は左足をかばって右脚で、乗る時は右脚をかばって左脚で漕いでいる感じ。ダメダメだ。
これまでの一輪車旅でもそうめったに太ももの筋肉を痛めることはなかったのだが。
これはやはり、36インチ特有であるペダルの重さのせいだろうか。
前に踏み込むのも重いが、減速のために逆に踏むのもなかなか重いんだよ。
こんなバカデカいのはやめて、26インチぐらいの普通の大きさのユニにしておくべきだったかな。
でもいや、きっとこの36インチでしか、アメリカ横断をやってみる気にはならなかっただろう。
今日は歩くしかないと決めたが、歩きはやはり遅い。
どうにか店をみつけて座り込み、もうしばらく動く気にもならない。
こんな調子で明日にはアルバカーキにたどり着けているのだろうか。
ところで、この店ではクレジットカードの読み取りができず、現金を使うハメになった。
たまに起こる現象だが、こうして読み取りエラーを起こすたびに不安になってくる。
こんな磁気カード、いつダメになるかわからないのだ。
足のケガといいカードといい、旅も長くなると色々と問題が生じてくる。
こんな時、心配して声をかけてくれる人たちの存在はありがたい。心が和む。
気合いを入れてさっきの店を出てきたが、足の痛みと向かい風に負け、またすぐに休んでしまう。
疲れも蓄積しているようだ。
ここでしばらく昼寝でもするか…。
何分かわからないがちょっと眠り、起き上がったところで、前から来たボロいクルマがUターンしてきた。
中には3人の個性的なおじさんたちが乗っていて、助手席からビルゲイツにちょっと似た男が話しかけてくる。
すぐそこにあるラグナという町まで送ってあげようとのことだ。
ラグナの町なら本当にすぐそこだが、それでもありがたいと思うほどに、今の俺は疲れている。
車内でのこの人たちとの会話は、思いのほか楽しかった。
右端のビルゲイツ似の彼はグァテマラ人、まんなかはイラン人、そして左はスリランカ人である。
国籍バラバラな彼らがなぜつるんでいるのか。仕事仲間だろうか。
イラン人の彼は、ずいぶん昔に働くためにアメリカに来たと言っていた。
この3人それぞれに深い事情があるのだろう。
ラグナから先はふたたび側道が消え、あとはアルバカーキまでフリーウェイを走るしかない。
彼らはそこを大変心配してくれて、できるだけギリギリのところまで俺を送ってくれるのであった。
それでも10キロぐらいだが。ありがとう。
クルマで移動中、路肩に真白い自転車が置かれているのを見た。
「あれは事故で死んだ旅行者のモニュメントさ。ニューヨークからアメリカを横断する旅の途中だった。
酔っ払いのドライバーに殺されたんだよ。」
ニューヨークから西海岸を目指していたのか。もう少しでゴールだったのに。
ひとごとではない。
俺もこの旅の途中で死ねば、36インチのユニサイクルをまっしろに塗られて現場に飾られるのだろうか。
長いことそのことが頭から離れない。
愉快な3人組と別れ、さあまたフリーウェイの旅に復帰だ。
向かい風の日なんかにこんなところを進みたくはないのだが、他に道が無いんじゃしょうがないよなぁ。
歩行者、自転車、小型バイクは禁止と書いてあるが、同時に「自転車は路肩を走ること」という標識もある。
他に道がない場合の特例ということだろう。
I-40は旧道であるルート66をベースに造られたので、旧道が残されている部分もあれば、
旧道ごとフリーウェイに造りかえられて他の道がなくなった部分もあるのだ。
これまで無数の人力旅行者がここを通ったんだろうな。
歩行者はダメと言いつつ、ごくたまに歩いている人もいてビックリするぞ。
ある人物など、布団のようなものを腕に抱えて黙々と歩いていた。
なんだかわからんが、プロだな、と感じたものだ。
今日は走らないつもりであったが、太ももの痛みをこらえてどうにか走ってしまっている。
フリーウェイは風のことを考えなければ走りやすい道なのは確かだ。
歩いていてまた警察に怒られるのも面倒だしな。
筋肉痛でも向かい風でも、やらなきゃいかん時ってのはある。
アルバカーキまであと54キロの地点。
あ、フリーウェイの路肩に大きなクルマが止まっている。フリーウェイは原則的に停車禁止なのに。
アメリカの親切なドライバーも、フリーウェイではさすがに止まってまで声をかけてはこない。
もし止まっているクルマがあれば、それは故障車か警察かのどちらかだろう。
あれは見た感じ、警察っぽいな…。
今は股を休めるために歩いているところだ。このタイミングで見つかってはマズい。
掴めるモノもない場所でムリに乗ろうとしたら案の定失敗し、
勢いで過剰な力がかかってしまったか、すでに痛い両脚に激痛が走った。
ぐあぁぁ、やべえ、今ので決定的に痛めた。
しかも止まってたクルマ、警察じゃなくて一般庶民かよ!
クルマの持ち主は女性だった。
フリーウェイを一輪車で走っている変人がいるという話を聞き、写真を撮るために待っていたのだという。
危険なフリーウェイの路肩に突っ込んで俺を待つとはなかなかの猛者だな。
そんなことより俺は今、非常に足が痛い。
彼女、ステイシーは俺が強風とケガのせいで一輪車に乗れないことを知って気にしているようだ。
「乗せて行ってあげたいけど、彼氏に知らない人間は乗せるなと言われてるし…。」
そう言って悩んでいる。
悩んでまで乗せてもらうわけにもいかないので先に進もうとしたが、
彼女は彼氏とおぼしき相手に電話をかけ、どうもOKの返事をもらったらしい。
「あなた、銃は持ってないわよね?」
「持ってないよ。日本人は銃なんか持ち歩かないから。」
やっぱり物騒なところなんだな。
外はあんなに風が強いのに、車内は無風。当たり前だがショックだ。
クルマは強風をものともせずグイグイと進む。
ステイシーはアルバカーキ在住で、ART&HEALINGが仕事だと言う。
アートとヒーリング?なんじゃそれ?
いろいろ聞いてみた結果、
アロマセラピーのようなことをしながらオイルマッサージをするとか、そういうことだと思う。たぶん。
それにしても、なーんにもないところだな。
50キロ以内に州都アルバカーキがあるとはとても思えない景観だ。
何の用途もなく、ただ広大な土地が広がっている。
土地問題なんてこの国には存在しないんじゃないか。
助手席に座ってボンヤリしていると、おもむろにステイシーが言う。
「ナインマイルヒルよ!」
ん?ナインマイルヒル?
見渡す限り9マイル続く丘。この道をナインマイルヒルと言うらしい。
緩いアップダウンのおかげで、普段はすぐに地平線に消える直線の距離が長く見えるんだな。
そしてもうじき、眼下にアルバカーキの街並みが広がるというが…。
ああ、あれがアルバカーキ、か?
かなり大きな街ではあるようだが、景観としては正直ちょっと微妙だ。
夜景は綺麗なのよ!とステイシーがセルフフォローしている。
そうだな、夜景は綺麗なんだろう。きっと。
クルマは順調にアルバカーキの市街に突入する。さすがに州都、大きな街だ。
どこで降りたい?と聞かれたので軽く答える。
「モーテルがあるところがいいな。できるだけ安いとこ。」
ここでステイシー、意外な執念深さを見せる。
インター出口に密集しているモーテル群の中から最も安いところを探し出し、
労を惜しまず複雑にクルマを操って、ついに到着。
ここは1泊30ドル。安い!
素晴らしいよステイシー、本当にありがとう!
彼女はこのあと大学で講義を受ける予定があると言っていたが、
俺に関わってしまったために講義の時間には余裕で間に合わないっぽい。
「申し訳ない、俺のために講義が。」
「いいのよ、気にしないで。
そのかわりあなたには、大学で提出するレポートの題材になってもらうかもしれないわ。」
え、何それ。
アート好きな彼女は大学で詩や小説などの創作について学んでいると言っていた。
俺から何かインスピレーションでも受けたということだろうか?
写真を撮るために俺を待っていたのに結局写真も撮っていない彼女。
メルアドだけ交換して、急ぎ気味に去って行った。
また会うこともあるかもしれんなぁ。
サイズといい設備といい実に普通のモーテルの部屋だが、30ドルという値段は魅力的。
フラッグスタッフ以来3日ぶりの宿だ。
今はただ、疲れ切った身体と痛めた両脚をじっくりと休めたい。
とはいえ、何か食うモノだけは買ってこないとなぁ。
近くのガスステーションの売店は閉店時間を過ぎていたので、
前からちょっと気になっていたファストフード店に入ってみた。
ここはタコス屋だ。
だが具体的にどういうモノなのかはさっぱりわからない。
メニューを見てもわからないので適当に注文し、なんとか何かが買えた。
待っている間、店員の兄ちゃんが話しかけてくるので何度か聞き返したところ、
「足は大丈夫?」
そう聞いてくれていることがわかった。
ありがとう!大丈夫じゃないよ!
部屋に持ち帰って中身を点検。おおっ、これがタコスか!
どうやら俺はセットのようなものを頼んだらしく、何種類かのタコスが入っていて、なかなかうまい。
ハンバーガーより野菜が多目なところも嬉しい。
店内ではWIFIが使えるのも確認できたことだし、これからはネット休憩でタコス屋に入るのもいいな。
マクドナルド以外のWIFI拠点を獲得だ。
タコスを食って部屋でのんびりしていたら、突然ドアがノックされた。
誰だ?そういえばステイシーの友人が俺に会いたがっていて訪ねてくるかもしれないと言っていたが、それか?
ドアを開けてみると、スケボーを抱えた中学生ぐらいの少年が2人。
どこかに行こうと誘っているようだが、何を言っているのかまるでよくわからない。
とりあえず、彼らが俺のことを知っていてノックしたのかだけを確認し、
違うとわかった時点でバイバイと言ってドアを閉めた。
我ながら不用意なことをしてしまった。
まだ子どもだったから良かったが、あれがタチの悪いヤツらだったらと思うと怖い。
これからは気をつけよう。
今日の自力移動距離は39キロ。
少ないが、今日ほど疲れた日もないというぐらいしんどい一日だった。
向かい風ってのは本当に厄介だ。
ステイシーに会わなければアルバカーキ到着は間違いなく明日以降になっていただろう。
今はとにかく、休もう。