5月10日#3 ヒッピー墓場をゆく

 
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彼らの家、自称ミュージックハウス内部。
大量にあるレコードがシブい。
 
で。
連中は煙を吸っている。
当たり前のようにマリファナであろう。独特の芳香が部屋中を満たす。
草を乗せたパイプを一口吸っては隣に回し、ということを延々と繰り返している。
俺にも回してくれるのだが、気持ちはありがたいが自分には不要なものだ。
 
「俺は一輪車で旅してるだけでもう散々クレージーって言われてるから、ドラッグは必要ないんだよ。」
 
そう言うと彼らも納得したのか、もうパイプは回ってこない。
自分の意見を尊重してくれるのは助かるし、心地よい。
 
マリファナは現在のアメリカでは、コロラド州とワシントン州でのみ合法ということになっているらしい。
パーカーがこれまでに2回捕まって牢屋に入ったことは前に聞いたが、
ネイもまたマリファナ絡みで捕まったことがあるらしい。おとなしい顔してアホなヤツだ。
しかし、俺はてっきりマリファナを吸った連中は即座におかしくなるのだと思っていたが、
パーカーもネイも、他に何人か出入りしては煙を吸っていく男女も、特にこれといった変化はない。
あえて言えば、ちょっと陽気になるぐらいか。
 
「マリファナはね、興奮するんじゃないんだ。リラックスするためのものなんだよ。フゥーーー。」
 
これはネイの弁だが、どっちにしろ俺には怪しげな煙を体内に吸い込んでリラックスするような趣味はない。
まあ、連中の態度が昼間と変わらず俺にフレンドリーに接してくれるのであれば、
他人がどうしてようと別に勝手ではある。
 
夜も更け、どこからともなく自由に出入りする若者がそろそろ減ってきた頃、
パーカーの野郎がまたおもむろに発言する。
 
「これからアニキのところに行こう!ベイビーが見られるぜ!」
 
ああ、そうだった。
俺と初めて会った時、カリフォルニアを旅していたパーカーは、
兄夫婦に子どもが誕生した知らせを受けて急いでオクラホマに帰る途中だったんだよな。
その赤ちゃんをこれから一緒に見に行こうというわけだが…。
おまえ、今何時かわかってるのか!?
ネイと二人でノリノリになっているあたり、何を言ってもムダなんだろうが。
兄夫婦の迷惑にならないことを祈るばかりだ。
 
3人そろってまたしても外に出る。
兄の家は近いらしく、今度は徒歩だ。そしてなぜか全員裸足だ。
夜の静かな住宅街を20分ほど歩いて、兄宅に到着。
静かに静かーに庭を歩いて玄関のドアを開けると、若いお母さんが赤ちゃんを抱いているところだ。
おお、この子がつい最近生まれた子か。
おめでとう!
考えてみれば、この子が生まれなければ俺とパーカーが出会うこともなかった。
オクラホマシティもちょっと休んだだけですぐに出発していただろうな。
 
パーカーの兄は、すごく痩せて細長くて腕にタトゥーいっぱいの人物だが、
プロのギタリストであるらしく、性格はパーカー同様に温厚な感じだ。
普通、弟とはいえこんな夜中に急に訪問されたら文句の一つも言いそうなもんだが、
彼はニコヤカに出迎えてくれ、初対面の俺にも優しく接してくれる。
 
母子のジャマにならないよう、玄関の外で4人で輪になって座り込み、静かに話す。
そしてそんな時、またどこからともなくパイプが出現して回されるのだ。
ふーん、この行為は彼らにとって一種の文化なんだな。
さすがはヒッピーの生き残りだと、妙なところで感心する。
 
赤ちゃんと兄夫婦に無事会えたので、意気揚々と引き上げる3人。
裸足で歩くのにもちょっと慣れてきた。
ってところで、パーカーとネイがまた何かニヤニヤと嬉しそうである。
 
「帰りは墓地を突っ切って帰ろうぜ!そっちのほうが近いんだ!」
 
おいおい、アメリカまで来て肝試しかよ。こいつらやることがホンット中学生だな。
さっそく墓地の金網に飛びついてヒラリと柵を越えるパーカー&ネイ。
しょうがないので俺も付き合う。
いちおう日本人として、柵越えの時に「Ninja!!」と言っておく。
 
連中は俺が怖がるのを期待していたようだが、
夜中の墓地といっても日本のそれとはまた違うので、大して怖くも感じない。
あの手の恐怖ってのは長年の知識と経験があって初めて怖いと感じるものなんだろうな。
ところでここ、今でも土葬なんだろうか?
聞いてみるけどイマイチうまく伝わらない。
土葬とか火葬って英語でなんて言うのかなーなんて、夜中の墓地で冷静に考えるのである。
 
はぁ、やっと帰宅か。 
はじけまくるヒッピーコンビに連れられてあちこち出歩くハメになってしまった。
いつもなら今ごろはテントで静かに眠っている時間なのに。
連中はまたしても部屋でレコードを聴きつつビールを飲みつつ煙を吸うという状態に戻っていて、
さすがにこれでもう外出はしないだろう。
 
この家にたどりついてからの怒涛の展開は、アメリカの若者たちの生活を垣間見られたようで楽しかった。
たくさんの男女と出会い、みんなフレンドリーで、それなりに会話もした。8割方理解できなかったけど。
そうそう、今日の走行は70キロ。
案外走っているのだが、もはや今日一輪車でフリーウェイを走ったような実感があまりない。
それほどパーカーとの再会以降が慌しく、インパクトがあった。
 
それはいいんだが、今夜はいつ寝られるのだろう。
俺はハッキリ言って眠い。
しかし寝床となるであろうリビングに連中がたまっているのでどうしようもない。
そんなヤツらは今からまた冷凍ピザを温め始めているが…。
フハハ…。