5月22日 オーブリー
昨夜の際どい野宿場所は、幸い誰にも見つからなかったようだ。
しかし、テント内は湿気で雨にでも降られたかのように水びたし。
これは今日もどこかで乾かさないとな。
お、意外と早く乾燥好適地を発見。
木陰で昼寝しつつ、のんびりテントと寝袋を乾かすとするか。
いつの旅でもそうだが、路肩での昼寝中に脚を組むのはワザとだ。
そうしないと路肩で誰か倒れてると思われるからな。
アーカンソーもそろそろ終わりに近いブリンクリーの町を過ぎてもあいかわらずの湿地帯である。
一体どこまで続くのだろう。
緑豊かなのはいいことのはずだが、このジメジメした空気と服の乾きにくさ、そしてとにかく虫がたまらない。
今ごろカリフォルニアなんかの西部は西部で暑くて大変なんだろうけどな。
このあたりはまだ、立ち止まると風が涼しいのが救いだ。
これは大麦かな。
日本でも麦はこういう感じで密集して作られている。
しかし、これと同じイメージで米も作ってしまうのがアメリカ流であるらしい。
一概にどちらがいいとも言えないが、
同じ作物でもずいぶん違う育て方があるってのは覚えておいてもよさそうだ。
45キロ走って、やっとフォレストシティという町に着いた。
美しげな名前の町だが、とにかくこの町、ガラが悪い。
町に入った途端に黒人系だかヒスパニック系だかのおばさんに、「乗らないのか?」としつこく言われる。
それを皮切りに、もうあちこちで乗れ乗れとうるさいこと。
おまえらキューバ人か!
住んでいる家もバラックに近く、いい生活はしていないのだろう。
これは人種というよりも、貧富の差、さらには教育の差なのだと思う。
品のいい黒人もガラの悪い白人も実はたくさんいるのだ。
良質の教育を受けられるかどうか。
それがいかにその後の人生を左右するかということを深く思い知らされる。
品の悪いフォレストシティだが、補給をしないわけにもいかない。
ここはどういうわけか、2軒のガスステーションが向かい合っている場所だ。
アーカンソーでは小さな町だと大抵ガソスタは1軒。あっても町の入口と出口に1軒ずつという感じ。
このように近い場所に2つあるのは珍しい。
その理由は、1つが最近できたばかりの新しい店なのだ。
その新しいほうは人が大勢たむろしていたので避け、今にも潰れそうなこっちへあえてやって来た。
外見もボロいが中もやっぱりボロくて本当にもうじき潰れそうだが、
店のアジア系の夫婦が案外いい人たちで、会話は英語であっても久々のアジア気分を楽しむ。
売っていたチキンもピリ辛甘酢風味でうまかった。
これがアメリカで言うバーベキューソースってやつか?
しかしまあ、アーカンソーでリトルロック以外にここまで治安に不安を抱かせる町があるとはな。
普段はあんまりしないけど、この店に入る時は近くのポールに荷物をロックしたぜ。
店のアジア人夫婦も最初は俺のパスポートを念入りにチェックしてからモノを売ってくれたぐらいだ。
今では少し気を許してくれたのか、「ゆっくりしていってね。」なんて言ってくれるけど。
彼らの親戚に将来有望な女子プロゴルファーの卵がいるんだ、という話もしてくれる。
さっきから何の意味があるのか、隣でずっと独り言を喋っている黒人のおっちゃんが不気味だ。
フォレストシティを出ると、道は珍しく長い峠にさしかかる。
ここまでは路肩の広い気持ちのよい直線ばかりだったので、急に山になられると驚く。そして疲れる。
アップダウンが多くて路肩も悪いんだよな。
何度目かのキツい坂をようやく上り終えたところで、道の反対側から俺を呼ぶ黒人が2人。
こっちに来い来いとしつこく言うから道を渡って行ってみたら、
一輪車に乗っているところを携帯のカメラで撮りたいと。
アホか!!
おまえら、本当に人のことなんか考えず自分のことばっかりだよな。
しかも自分は涼しい日陰から一歩も動かずに、人を呼びつける。
写真が撮りたいならそっちから来いよ。やっていることがキューバ人とおんなじだ。
だから嫌いになるんだよ!
相当腹が立ったので、このオファーはもう明確に断ってやった。
もちろん警戒中のサインであるサングラスも外さない。
それでもこいつらは、俺がなぜ怒っているのかをきっと理解しないのだろう。
ようやく厳しい峠を越え、道はふたたび直線に。
この何もない道の路肩で座り込んでボーッとしていたせいか、
向こうから人が近づいてくることにまるで気づかなかった。
いつのまにか目の前に現れたそれは、なんと。
すごいのに会った。
彼女はオーブリー・ベンマーク。
ニューヨークからロサンゼルスまで、歩いている途中だ。
ニューヨークからアーカンソーまで来るのに2ヶ月。
それならロサンゼルスに着くのはもう2ヶ月以上かかるだろう。
1日平均で25マイル(40キロ)ぐらい歩くそうだ。
押しているのは自転車用のトレーラー。
小さな子どもを乗せてひっぱるリアカーのようなものだ。
これなら重い荷物を背負う必要がなく、実にいいアイデア。
「あなたは1輪でがんばってるのに、わたしは3輪よ。セコいわね!」
そんな彼女の旅のスタイルは、人の家の庭にテントを張らせてもらうことが基本。
「もう2日もシャワーを浴びてないわ!」
そう言って嘆いている。
2日ぐらい俺なら全然気にならないが、オーブリーは気にするのだろう。
そんな旅人どうし、情報交換に花が咲く。
アーカンソーの湿気と虫がたまらんという話題で意気投合し、
クレージーと言われたらユートゥーと返し、
「自転車は速すぎる」という意見で一致する。
そしてフォレストシティの手前にはキツい峠があるよと教えれば、彼女は「ファック!」と叫ぶのだ。
日暮れまでにフォレストシティに着きたいからと言って去るオーブリー。
だがいきなり振り向き、こちらにドスドス走って戻ってくる。
「写真を撮るのを忘れたわ!」
それがこの写真。
アメリカ横断の旅人に出会えたのがよほど嬉しいのか、妙にいい顔をしているな。
よく見ると口のまわりにさっき食べたばかりのポップタルトのカスがたくさん付いているのだが。
写真を撮ったあと、バチーンとハイタッチをしたその腕力がやたらとパワフルでビビる。
まるで丸太のようだ。
俺は彼女と闘っても絶対に勝てないだろう。
今度こそ去っていくオーブリー。
あのトレーラーは横幅があるから路肩が狭い道はさぞかし大変だろうな。
彼女、この旅の記録を本にするんだってさ。
旅の無事を祈る。
いつか本ができたら読んでみたいものだ。
さて、ウェストメンフィスまであと20キロぐらいか。
今夜はフリーウェイ出入り口でそこそこ安全そうな場所をみつけて寝る。
しかし今日は暑かったな。夜になってもまだ汗が出る。
テント内のモノがなんでも濡れて不快だ。
これからもっともっと暑くなる。つらい旅路になるだろう。
今日の走行は87キロ。明日はいよいよメンフィスに着くはず。
メンフィスの何がどうってわけじゃないんだが、今回は珍しく楽しみなんだよ。