5月26日#2 メモリアル・デイ

 
走っている俺の横につけたクルマから声がかかる。
家族で乗っているうちの、品の良さそうな初老の女性からだ。
 
「ご飯食べていかない?それと、水泳も!」
 
え?ご飯と…、水泳!?
そう、MEAL と SWIM と言ったように聞こえたのだ。
なんて変わった申し出なんだ。思わず止まる。
 
ユニを降りて話を聞いてみると、俺のリスニングは珍しく間違っていなかった。
彼らは俺に、ご飯と泳げる場所を提供してくれるらしい。
ついに上着を脱いだとは言え、今日の暑さは尋常ではない。
もし冷たい水で泳げるとなれば…、これはぜひ行ってみたい。
 
彼らのクルマに乗せてもらうと、今来た道を少しだけ引き返して、脇道のダートに入り込んでゆく。
グネグネと続くダートをよくわからないまま進んでゆけば、行き止まりには木造の立派な邸宅が現れる。
そこから出てきたご主人はとても温和そうな人物で、ガッシリと握手をして俺の労をねぎらってくれる。
このご主人がベリー、助手席から声をかけてくれた女性がその奥さんでアンジェラ。
ここはどうやら家族が多そうだ。名前をちゃんと覚えないと。
 
この家の構成は、老夫婦と娘夫婦とその男女の子ども2人。
あとは犬と猫がたくさんいてあちこちを自由に歩き回っている。
幸せそうな家族だ。
そんな彼らの家に招き入れられ、紹介もそこそこに、まずは泳ごう!と言うことに。
アメリカによくあるプライベートプールで泳ぐのかと思い込んでいたら、
なんと、家のすぐ脇にある湖でスイミングなんだと。
 
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テネシーの湖でスイミングかよ。
なんだか状況がよく飲み込めないが、まずは飛び込む!
 
うおお、冷たい!気持ちいい!そして、深い!
足なんかまるでつかない。本当に天然の池なんだな。
泳げないわけではないが、先に深さを聞いておけばよかった。
 
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彼女はアンジェラの孫、ジョーシー。
兄のタイラーと一緒に嬉々として飛び込んでいる。
 
それにしても広い池だ。プライベートの池。これにはビビる。
魚も普通に棲んでいて、タイラーはナマズを釣ろうとガンバッていたがついに釣れなかった。
仮に釣れて料理されたらちょっぴり困るのでホッとする。
 
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池でさんざん泳いだあとなのに、今度は川に行くというので子どもたちに連れて来られた。
ずいぶんと水の綺麗な川だ。
 
ここでも水面に岩を投げ込んだりして遊ぶタイラーとジョーシー。
仲の良い兄妹だなーと思って眺めているが、どうやら彼らは俺が想像していたよりもずっと幼いようだ。
タイラーは中学生でジョーシーは小学生ぐらいの年齢らしい。
欧米人は大人びて見えるが、子どもの中身はやっぱり子どもだな。
 
子どもと言えば、川で子どもがよくやる、平べったい石を何段もジャンプさせるアレ。
やってみせるとタイラーものってきた。やはりどこでも同じようなことをやるんだな。
でも彼らはあまり上手ではなく俺の石ばかりがビンビン飛ぶので、
これでなんだかちょっと彼らに一目おかれたような感じではある。
 
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川遊びから凱旋すると、今度は約束のご飯だ。
左からアンジェラ、娘の夫リー、娘のアレクサ、その娘のジョーシー、椅子が足りないのでタイラーは向こう、
そしてご主人のベリー=フレンチ氏。
夫婦の姓のフレンチというのはちょっと変わっているかなと思ったが、
娘夫婦の姓はヒブシュワイラーといい、ますます聞いたことがない。
それぞれフランス系とドイツ系なのだろうか。
 
ところでご飯はビュッフェ形式であり、好きなモノを取ってくる。
アメリカらしく肉やソーセージのグリルもあるが、俺としては野菜が豊富なところが嬉しい。
いくつかの野菜はこの広い敷地を利用して育てているそうだ。
彼らが新鮮で安全な食べ物にとてもこだわっていることがわかる。
 
ところで俺の英語はいつもどおりにあまり伝わらないし聞き取れないのだが、
なんというかいつのまにやら俺はこの家のゲストということになってしまっているので、
ベリーやアンジェラが色々と話しかけてくれる話題を気合いを入れて聞くのだ。
それでわかったのだが、今日はメモリアル・デイという祝日なのだそうだ。
外国での戦争から戻ってきた帰還兵(アメリカではベテランという)に感謝する日であるらしい。
どうりでここ数日、ベテランは食事が無料!とかコーヒーをサービス!なんていう看板をよく見たはずだ。
俺は帰還兵でもなんでもないが、祝日のパーティーにたまたま招いてもらったんだな。
 
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食後の散策でおもしろいモノを発見。
これはホンダ・スペイシー125の輸出仕様車、エリート125(か150)じゃないか。
しかもよく見るとベリーのクルマは2台ともホンダ。
ホンダ好きなのか?
 
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そんなベリーは大工さん。
この素敵な家も、隣にある離れも全部自分で建てたらしい!
これはすごい。心から尊敬する。
ただ家を建てられるだけじゃなく、センスがあるよなぁ。
 
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なにげなく「このデカい一輪車に乗ってみる?」と聞いたらヤル気になったタイラー。
 
なんだかヌボーっとしてる現代風の少年に見えたが、ここに来て俄然燃える男に変貌だ。
一輪車に乗ったこともないのにいきなり36インチに挑むヤツはそうはいない。
ここで自転車に乗って現れたジョーシーは、「2輪はズルだ!」と非難されていて笑う。
 
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まあ当然すぐに乗れるわけもないのだが、それでも諦めないタイラー。
こいつは思っていたよりもアツいヤツだ。
そんなタイラーに威厳をもって教えを示す祖父・ベリー。
いやぁー、我ながらいい絵を撮ってしまったよ。
奥には喜んでカメラを構える母・アレクサがいるところがまたなんとも言えない。
 
さて、そんな風にまったりとしているうちに、もう17時になってしまっていた。
日が長い時期とはいえ、この時間からではもはや大して進めない。
ベリーとアンジェラは「もし良かったら泊まっていけばいい。」と言ってくれる。
うーん、どうしようか…。
少し悩んだ挙句、よし、ありがたく泊めていただくとしよう。
 
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日が暮れた頃、昼に泳いだ湖畔にまたやって来た。
 
「今度はマシュマロを焼くわよ!」とのこと。
 
え、あの火でか?
 
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まさにそうだった。
 
その辺の草の茎に刺したマシュマロを焼いて、チョコを挟んだりして食べる。
うーん、なかなかうまい。
こういう食べ物だか食べ方だかを英語でナントカと言うそうなのだが、きちんと聞き取れなかった。
 
それはいいんだが、まだ若いのにジョーシーは変人であり、
マシュマロは黒焦げになるまで焼かないと気がすまないタチらしい。
 
「それもう炭だろ、チャコールだろ!」
 
そうツッコんでみたら思いのほかみんなにウケた。
ちょっと嬉しい。
 
外の暗さが増してくると、あたりにチラホラ見えるホタルの光が綺麗だ。
これまで何度か交換留学生を受け入れたことがあるというベリー家。
とあるアジアの国から留学してきた女の子は、ホタルというものを見たことがなくて大変驚いたそうな。
あぁ、初めて見たら驚くかもな。なんせ光るからな。
 
そんなホタル、英語ではライトバグと呼ぶそうな。
そうなんだけど、なんか違う…。
 
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本ッ当によくできた構造のベリー家。
この天井の高さなんて素晴らしいとしか言いようがない。
寒いところに住む俺としては薪ストーブがあるところにもつい反応してしまう。
これほどまでに暑いテネシー州も冬にはそれなりに寒くなるそうだ。
 
さて、娘夫婦と子ども2人は、帰ってしまった。
どうやら休みの日におじいちゃんの家に遊びに来ていただけらしい。
残るは老夫婦と俺のみ。静かな時間の到来である。
 
ロクに英語が通じない俺にも焦らずじっくりと語りかけてくれるベリー&アンジェラ。
2人とも知性的で教養が高そうだと思っていたら、
アンジェラはかつて有名なコンピューター企業に勤めていたそうだ。
なるほど、そりゃパソコンもタブレットも余裕で使いこなすわな。
 
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ベリーはどこからかアラバマ州の地図を持ってきて、オススメのルートに線を引いてくれる。
 
これがまた、俺の希望である、
『幅の広い道で、しかも大きな街に極力立ち寄らない』
という実に面倒な要求をキッチリと満たしてくれているのだ。
これはありがたい!
この地図さえあれば、テネシー州の次に入るであろうアラバマ州のルートもバッチリだろう。
 
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案内された客間。
おいおい素敵もいいところだなこの部屋。こんなところで俺が寝てもいいのか。
俺は果たしてここまでのもてなしを受けるに足る人間なのだろうか。
 
この部屋、おそるべきことに専用のトイレとシャワーまであったりする。
おそらくこの家に来た交換留学生たちはみんなこの部屋に住んだのだろう。
ホストファミリーにもいろんな人がいるとは思うが、
この家に来られた学生は間違いなくラッキーだったろうと断言できるよ。
 
今日の走行距離は、たったの38キロ。
あれだけ暑さに苦しみながらも前進していたつもりだったのに、大して進んでいなかった。
でも得たものは多い。
 
それにしても。
朝から暑さでバテまくっていた今日、まさか人の家に泊めてもらうことになろうとはな。
まさに今日、もう人の家に泊めてもらうことなんてないだろうなーなんて考えていたのに。
人の家に泊めてもらったのも、これだけ多く人と話したのも久しぶりだ。
そして今日ほどもっとちゃんと英語を話せたらと思ったことはない。
英語、勉強しよう。
 
俺を見つけたのは、ベリー家に遊びに来る途中の娘夫婦だったらしい。
その話を両親にしたら、まだ近くにいるかもしれないから連れて来なさいという展開になったようだ。
そしてバテていた俺はあっさりとそのすぐ近くで捕獲されたということになる。
なかなかの偶然が重なった結果、今こうしてまた人の厚意に甘えているんだな。
ひょっとしたら、これまで逆にちょっとしたスレ違いで出会わなかった人もたくさんいるのかもしれない。
そう思うと出会いというのは不思議なような、貴重なような。
うーんもう寝るか。