5月27日 ローレンス郡にて
フレンチ宅で素敵な朝食をいただいたあと、昨日我々が出会った場所まで送ってもらう。
偶然に出会い、昨日がたまたま祝日だったから家まで招いてもらえた縁だ。
最後までまさしくゲストとして遇してもらえたのがむず痒くもあったが、
とにかくここでこのベリーとアンジェラの夫婦に会えて、本当に良かった。
とても思慮深く、落ち着いた夫婦。自然豊かな田舎での生活。
いい暮らしだ。これは正直、憧れる。
どうもありがとう。
一人旅にもどり。
昨日からずっと目指していたウェインズボロの町にやっと着く。
フンンチ宅から17キロ。意外と遠かったじゃないの。
ついさっき立派な朝食を頂いたばかりなのに、スーパーでつい何か買っちゃうのはもはやクセ。習性。
今日は昨日ほどカンカン照りではないものの、やはり暑いのでメッシュジャケットを脱ぐ。
一度脱いでしまったらもうジャケット生活には戻れないな。
たった1日でもうかなり日焼けしている。
今日はどこまで行けるやら。
顔と腕の色合いはまだ差があるが、この調子じゃあっという間に追いついてしまうことだろう。
64号線は州道だけど広くて良い道なので、コンボイだってバンバン走る。
路肩が非常にしっかりと取られてあるのがとてもありがたい。
さて、もうじきローレンスバーグだな。
町の中だけは道も路肩も狭くなるのはどうしようもない。
水と食料を補給したらサッサと抜けたいものだ。
ローレンスバーグに入ってすぐ。
思ったとおり道が激狭になったので、やむをえず歩いていたら声をかけてくれたのがこの人、スティーブ。
一度クルマで通り過ぎたあと、俺がパンクしたのかと心配して待っていてくれた。
近所に住む大工さんらしい。
パンクじゃなくて路肩がないから歩いてるんだよと説明すると、
「水はいらないか?」
彼はそう言って、おもむろにこの小屋みたいなところの蛇口を操作して水を出してくれた。
この場所はかつて彼の家の牛舎だったそうな。
腹の弱い俺が飲んで大丈夫な水かどうかわからないので飲まないが、歯磨きや顔を洗うのには使えるな。
なんならここでキャンプしてもいいと言ってくれたけど、寝るにはまだ少し早い。
どうもありがとう!
このあたりでは近々選挙でもあるらしい。
アメリカの選挙戦はこんな感じであちこちに看板が乱立する。
決まった位置に選挙管理委員会の掲示板が立つ日本式とはだいぶ違うな。
各家庭ごとに支持する候補の看板を立てたりしてわかりやすく、賑やかではある。
ところでこの場所で、俺はまたしてもクルマから声をかけられる。
今度のおじさんは新聞記者らしい。また新聞かよ。
どうしても走っているところを撮りたいと言われたので、彼のクルマを少し先に行かせてから、乗って走る。
そしてカメラを構えた彼が待つ位置までたどり着いたところで…、
そこにはなぜかさらに女性が2人待っているのだ。
なんと彼女たち、別々の新聞社の記者らしい。
1人はこの町、もう1人は隣町の新聞。いずれにせよ小さな地方紙なのだろう。
最初の女性は、ありきたりな事柄を疾風のような勢いで質問し、そしてあっさり去っていく。
唯一特徴的だったのは、彼女の腕に彫られた『期』という文字だ。
「ああこれ? HOPE(希望)って意味なんでしょ?」
ちなみに俺は正直者である。
「いや、それ一文字ではHOPEの意味にはならないな。どっちかっていうと、 TERM(期間)だよ。」
微妙な顔をする彼女。
そりゃそうだ、微妙な文字だから。
2人目も似たようなもので、二言三言ササッと質問し、タブレットで写真を撮って取材終了。
トゥクムカリの記者はマクドに入って根掘り葉掘り聞いてくれたもんだが、なんなんだあれは。
そもそも記者が名刺はおろか、自分の新聞社を名乗りもしないとは何事よ。
あの程度の取材で載る記事なんて2つとも大したものではあるまい。
今回のは特にチェックする必要もなさそうだな…。
…と思って憂鬱な気分でまた走り出したら、なんと目前にまた、さっきのカメラマンのおじさんが待っている!
おいおい、さっき撮ったのにまだ撮るのか?
どうもさっきの構図が気に入らなかったらしく、再び走行シーンを撮り直しだ。
なんとまあ、変なところでプロ意識を見せる人物だな。
さっきの女性記者たちとは大違いだよ。
通算でやたら何度も写真を撮られたので、今度こそは俺も撮らせてもらおう。
なるほど、新聞はローレンスカウンティ・アドボケイトね。
記事に興味はないが、あれだけこだわっていた彼の写真はちょっと見てみたいな。
記事、短ッ!!
さほど大きいわけでもないローレンスバーグの町だが、
入ってすぐのスティーブとの出会いや新聞記者関連のイベントのおかげで、すっかり時間を食ってしまった。
もうこれから次のプラスキーまで行く気はすっかり失せたよ。
この店でインド人店員から買いこんだドーナツが異様に甘く、かつ量が多く、ちょっと気持ち悪くなってしまった。
これで余計に走る気がおきない。
町を出てからの道のりは、ひたすらの下り坂。さっきスティーブに聞いたとおりだ。
夕暮れの中を暗くなるまで快適に走り下りて、あとは路肩の適当な草原で寝かせてもらおう。
本日の走行距離はどうにか80キロ。
明日の午前中にはプラスキーに着けるだろう。
ま、ゆっくり行こう。
今日は色々あって思ったよりは進めなかったが、涼しくて風もあって走りやすかった。
腕は真っ赤に日焼けして痛いけどな。
あの女性記者2人の作り笑顔と誠意のなさ、あれはある意味で印象的だった。
それに対して、俺の行く末を本気で心配し、応援してくれたベリーとアンジェラ、それにスティーブ。
英語にも、心のこもった英語とこもらない英語というのがあるのだな、ということを知った一日だった。