6月4日 ひどい宿
昨夜はつらかった。
日が落ちてから本格的に熱が出て、頭も痛くなり、
1時間ごとに異様な夢を見て目が覚めてはタオルで全身の汗を拭きまくるという、修行状態だった。
キツかったー。
今朝は多少は熱もひいたようで、自分が熱を出した時に特有な後頭部の痛みも少し軽くなった。
まだ寒気は残っているが峠は越えたのかもしれない。
長居はしたくない林の中の寝床なので、急いでテントを撤収してフラフラと出発しよう。
そこから5キロ進んで、アメリカでの移動が3000キロに到達。
ユニサイクリングで3000キロ!と言いたいところだが、
実は今日はいきなり坂ばっかりでまだ一度も乗っていない。
3000キロ到達してほどなく、パインマウンテンの町にたどり着く。
距離的には大したことがなくても熱のある身に坂続きはキツい。
この町でモーテルがあればもう寝てしまいたいところなのだが、
まだ朝なのでモーテルに飛び込みで入れる時間ではない。
そもそもこの町にモーテルなんてあるんだろうか。
ネットで調べたいけどこの町にはフリーWIFIを使えそうな店も見当たらない。
閑静な住宅街の路肩で、疲れたので座って休む。
いや休むつもりが、ザックを枕にしてゴロンと横になってしまう。
ハイウェイの路肩ならしょっちゅうやっているゴロ寝だが、普段はさすがに街中ではやらない。
で、街中で寝ていたらやはり異様だ。
パトカーから降りてきたポリスにさっそく声をかけられる。
こういう時は下手に小細工をしないほうがいい。
「私はカクカクシカジカな者ですが、どうやら風邪をひいたようです。」
そんなようなことをリアルに調子悪そうな顔(だと思う)で申告すると、
まだ若いこのポリースオフィサーは、
「それは大変だ、水はいるかい?」
などと心配してくれるのであった。
優しい人だなぁ。
あいかわらずパスポートすらチェックしないままパトカーが去って行ったあと、
今度はすぐ横にあるアンティークショップから初老の紳士が出てきた。
「疲れているようだね。ウチでコーヒーでも飲んでいかないか?」
アンティークショップの紳士、デニスとパートナーの女性。
店主の性格を表現してやまない品の良い店内だ。
デニスは俺を椅子に座らせ、コーヒーを振る舞ってくれる。
そして俺がモーテルを探していることを知ると、
彼はどこからかなんと、電話帳!を取り出してきて、モーテルを探し始めた。
電話帳…。
このインターネット時代に、電話帳なんて久しぶりに見た。
アメリカにもあるんだなぁ。
そして電話帳を繰るデニスの姿が、このアンティークショップにはとてもよく似合う。
そんな電話帳によると、次の町であるハミルトンに着く手前にモーテルが1軒あるそうだ。
街中ではなくハイウェイの途中にポツンとあるらしい。
デニスはわざわざそのモーテルの住所と電話番号を紙に書いて渡してくれる。
コーヒーをゆっくりと2杯ごちそうになり、だいぶ元気が出てきた。
よし、教わったモーテルまでがんばってみるか。
素敵なデニスのアンティークショップ。
こんな状態でなければゆっくりと店内を見て回りたかった。
デニスは本当にいい人だったな。
温和で優しく、しかし握手はガッシリと力強い。
かつて旅行で京都、奈良、大阪に行ったことがあるそうな。
よく探せば店内に日本の骨董なんかもあったのだろうか。
いつか機会があれば、もう一度この店を訪れてみたいものだ。
どうもありがとう。
それにしても。
先ほどのポリスといいデニスといい、
つらい時に人に優しくされただけで気分と体調がまるで違うことには驚く。
ああ、疲れた。
峠の頂上でバテたので一休みだ。
今日も暑いハズなんだが、寝袋をかぶるぐらいでちょうどよい。
やっぱダメだな。
さて、次の町ハミルトン、そして目的のバレー・インというモーテルはどこにあるのやら。
一見たくさんあるようだが、俺が泊まるには高すぎるところもあってどれでもOKというワケではないのだ。
森の中を伸びるハイウェイを走っていたら、おもむろにバレー・インが出現。
おいおい本当になんにもないところにいきなり出てきたな。
これで助かったと思ったのも束の間、残念ながら受付に人がいない。
扉には不在の際は電話しろと書かれてあるようだが、俺が電話しても果たして会話になるかどうか。
しかしラッキーなことに、ここはフリーWIFIが使えることが判明。
森の中で近くに家もないからいちいちWIFIに鍵をかけていないようだ。
扉の前で誰か来ないかと待ちながら、ありがたくネットをさせていただこう。
しばらく待ったが、どうやらダメなようだ。
そして次の町のハミルトンには一軒だけモーテルがあることがわかった。
よし、こんな食べ物も買えなさそうなモーテルは諦めて、ハミルトンまで行こう。
それにしても、それにしてもだ、ジョージアはなんでこんなに坂ばかりなんだ。
まったくはかどらないまま、トドメの坂を上りきって、なんとかハミルトンに到着。
ハミルトンは小さい町で、モーテルはすぐにみつかった。
しかしこれ、営業してるのか?廃墟!?
他に客がいそうでもないし、事務所にはまたもや人がいない。
これは盛大なハズレを引いてしまったのか…。
そんな時、たまたま通りがかった黒人のおっちゃんが、
「ここに泊まりたいのか?電話してみたらどうだ。なに、電話ができない?よし、俺が何とかしてやるよ!」
みたいなことを言い(聞き取れない)、どこかに電話をし、
そして本当に管理人を呼び出してくれた。
おおっありがとうおっちゃん!グッジョブ!!
そしてどこかからクルマで現れた宿の管理人もまた黒人の兄ちゃんだ。
モーテルでインド人ではなく黒人のスタッフに遭遇するのは個人的にはちょっと珍しい。
で、これが部屋なんだが…。
一泊45ドルでWIFIもなく、そして何より部屋が汚い。
きっと何日も使われていないのだろう。
しかし俺はとにかく横になりたいのだ。
条件が悪くても、今日だけは寝られるだけでいい。
体調さえ悪くなければこんなところにはまず泊まらないが、今回だけは別だ。
アメリカに来てから何軒ものモーテルに泊まってきたけど、
こんなカードじゃない普通のキーなんてほとんど初めてじゃなかろうか。
し、か、も!
ベッドにかかっているブランケットをめくると、
そこには謎の長い髪の毛の束が!!
うおおっ!!
これは思いっきりビビる。
なんなんだよここは!
もういい、ブランケットは使わず、上から寝袋をかぶって寝ることにする。
闘病に必要な買い物をしに外に出てきたが、いやあ見事なまでにダメなモーテルだな。
廃業スレスレというところか。
WIFIもないしクーラーも壊れているから、これじゃ広くて電気も使えるだけのキャンプ場に近い。
クルマならアッという間の20マイル先にコロンバスという大きな街があるので、
こんな小さな町で泊まるヤツなんてほとんどいないのだろう。
そんなほぼ休眠状態のところに客が押し掛けたもんだから強気の値段を提示しやがったのか。
アリ地獄に落ちたアリの心境だなぁ。
そんなことを考えながら外に立っていると、今度はクルマに乗った謎の黒人中年女が出現。
いきなり詰問される。
「あんた、金は誰に払ったの?ウチの父親?いつまで泊まるつもり!?」
何を怒ってるんだ何を。仮にもお客さんに対して。
父親が金を持つと一瞬で酒代か何かに消えたりするのか?
そんなもん俺の知ったことか!
ああ、つくづく厄介な宿だ。
夜中に変なヤツが来たりしなければいいが。
街を軽く歩いて、コンビニで少しの食料と大量のドリンクを買ってすぐ戻る。
管理人のおっちゃんには、「WIFIを使うなら図書館に行ってみたらどうだ?」と言われたのだが、
ここの図書館のWIFIは登録が必要なタイプだったので接続はできなかった。
まぁ今夜は病気の療養に専念したいから、睡眠時間を減らすネットなんて使えないほうがいいのだろう。
今日の移動は、たった19キロ。
そして今回の旅の中でも最低なモーテルに泊まることになってしまった。
しかし、とにかく今は、風邪を治すことに専念しなくてはならない。
葛根湯と栄養ドリンクを飲んで、あとはひたすら寝よう。