6月12日 ここの痛み
昨晩泊まったカイロの町を出てすぐ、クルマから声がかかる。
若い女性ジェニファー。
なぜか俺のことをよく知っている。
よかったらレストランで朝食をご馳走しながら話を聞かせてくれと。
なかなか感じの良い人だが、丁重にお断りする。
もちろんチップの申し出も。
その一件で、自分は先を急いでいるんだなと気づいた。
ここ数日のモーテル連泊もそうだし、どうやらじょじょに意識が旅の終わりに向いているらしい。
ほかにも昨夜から腹が緩くて人と食事するのは不安ということもあるのだが。
カイロを出て最初の大きな街、トマスビル。
面倒な市街を大きく迂回して進行中に雨雲の接近を感知し、ガソスタで待機中。
それにしても体調が変だ。
下痢だと思っていたが、どうもそれだけではない。
内臓のあちこちが痛いのだ。
まだ風邪が治り切っていないのか、もしくは最近の買い食い生活が悪いのかと色々考えたが、
ここでふと思い当たることがある。
そう、きっとアレだ。
昨日インド人店員にもらったモンスターエナジー!
ロング缶を3本もらい、休憩中の水がわりに1日で全部飲み干したのだ。
あれがマズかったに違いない。
エナジードリンクを飲むという習慣がないのですっかり忘れていたが、
あの手の飲料には飲み過ぎによる健康被害の報告が世界的にチラホラあったハズだ。
カフェインその他の刺激的な物質が大量に入っているらしいからな。
コーラなどの糖分はそれなりに気にして買い控えていたが、
たまたま人にもらった変わった飲み物についてはノーマークであった。
やれやれ、これは気をつけないと。
あれはトウモロコシだな。
これまであまり見かけなかった作物だ。
広いアメリカを横断して、栽培作物の変遷をじかに目にしてきた。
中学あたりの社会科の勉強のようだ。
そういえば気候も植生も、生きている野生動物も結構変わった。
こういう経験も、長い旅の醍醐味の1つかもしれない。
それとは関係ない話だが、さっきのカメラマンはしつこかった。
クルマで併走したり追い抜いたりしては、何度も何度もこちらを撮影してくる。
それでいてクルマから下りてきて何かを話しかけてくるでもない。
そしてしばらくして、満足したのか飽きたのか、急にプイといなくなってしまった。
一体何なんだ。
また地方新聞の記者か何かか?
新聞はもういいよ。不躾な記者ならもっと遠慮したい。
旅もそろそろ終わろうという今さら、
アメリカのごく一部でちょっと有名になったからといってそれがどうだというのだ。
今日の道のりは路肩も広くて快適なのはいいけど、やはり体調はイマイチだ。
人間、全身の筋肉もそうだが、内臓だって疲れると十分に活動できない。
次の町クイットマンが良さそうなところなら早目に休みとしよう。
あと40キロぐらい。
昨日とはうってかわって、下りメインのいい道。
これならクイットマンまでは余裕で着けそうだ。
やはり昨日苦労して登りつめたクライマックスはある種のクライマックスだったのだな。
さあ、あともうちょっと。
この峠の茶屋で休憩したら、あとは一気に行こう。
とうちゃーーく。クイットマンの町。
ちょうど入口にモーテルがあったので、もうここで決めてしまおう。
走行68キロと短めだが、もう次の町までは行ける距離じゃないし、体調のことも考えるとここがベストだろう。
近所にいかにも安売りスーパーな店もあるし、ここで買い物をしてあとは部屋で休養に徹する。
でもこういう店ってあまり人力旅に適当な物品が置いてないんだよな。
せいぜい1ガロン入りの水とか、スナックとか。
ペニー宅から出てきて数日、そろそろ野菜なんかも摂取しないといけない気がする。
あ、またパラパラと雨が降ってきた。
ここんとこ毎日のように夕方になると雨が降る。
これは最近モーテル泊が続いている理由の1つだし、有力な自分への言い訳でもある。
3333.3キロ!
この距離に合わせるべく室内でしばらく必死に車輪を回したのは言うまでもない。
ちかごろ気になるのは、フロリダでゴールした時に4000キロに到達するのかどうかだ。
計算上はアメリカを横断すれば余裕で4000キロを超えるのだが、
俺の場合は旅の前半で何度かクルマに乗せてもらってラクをしたので、幾分怪しい。
がんばって遠回りなどしてキッチリ4000にしようかとも思うし、
そんな数字なんかどうでもいいからごく自然に着いた距離でいいじゃないかと考えることもある。
このあたりはまだ考えがまとまらない。
胃腸の調子はなんとかなりそうだ。
また体調を崩すのかと思って焦ったが、明日には回復するだろう。
このモーテルは一泊51ドルで朝食もない。
しかしこんな小さな町に安心して休める場所が一軒でもあってくれるだけでありがたい。
ここで金を使うために冬のアルバイトで稼いできたのだ。
深夜。
モーテルのWIFIでネットを眺めていると、俺の目撃情報がチラホラある。
SNSのアカウントなどを書いたお礼がわりのカードをあげていなくても、見つける人は見つけてしまうらしい。
しかしまぁ、とにかく今さら有名になってもしょうがない。
誰にもわからない苦しみ楽しみ。そこがいいんだよ。
一輪車旅は。