マシューおじとチキンとジョージアの雪


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10月初めのフロリダは、ハリケーンの話題で持ち切りであった。
今回のはマシューという名前で、マシューと言われても俺には赤毛のアンに出てくる寡黙なおじさんしか思い浮かばないのだが、このマシューは狂暴なんだそうだ。

4という数字はハリケーンの強さを表す5段階表示の上から2番目で、ここ数年来ていない規模らしい。
そんなマシューがハイチ周辺で暴れている頃からフロリダの警戒態勢は日増しに緊迫度を増してきた。
なかでも、フロリダ州知事がテレビやラジオで盛んに言うセリフが非常に味わい深い。

「避難命令が出ている地域の人。様子を見るな。今逃げろ。
 家が壊れても作り直せるが、命は直せない。」

こんなこと言われ続けたら逃げたくなるよな。
ウチがある地域は内陸寄りで避難命令が出ている沿岸からは少し距離があるが、それでもハリケーン警報は出ている。
停電や断水に備えて5日分ぐらいの水と食料は用意しているし、ウチはアパートの2階なので洪水が発生しても浸水はないと思うが、それでも可能であれば安全地帯に逃げるに越したことはない。クルマが水没してもイヤだし。

そんなわけで、英語クラスの連中は余裕ぶっこいてるし周囲でも逃げるという話はあまり聞かないが、俺はハリケーンが到来する2日前の時点で避難することを決めた。
この街でハリケーンの大被害があったのはもう30年も前らしいから、若い住人は災害の怖さを知らない。
自然災害の多い日本で育ち、阪神大震災も経験している俺としては、逃げられるものなら当然逃げる。

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上陸前日の昼前。
これからハリケーンを避けるべく、北西方面へとクルマを飛ばす。
風はまだ弱いし、雨も降っていない。ドライブにはいい環境だ。

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3時間ほど走って、フリーウェイのレストエリアで最初の休憩。
同じく北に逃げるフロリダ州民のクルマで混雑している。

ここまでの道のりでも多少の渋滞はあったが、おおむね順調に流れているようでありがたい。
途中で通った有料道路は、なんと災害対応のためすべて無料。
この方針が渋滞緩和と避難の促進に役立っていることは言うまでもない。
普段はダラダラやっているようにしか見えないアメリカの行政は、こういった非常時の対応については迅速かつ徹底していて感心する。

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6時間ほど走り続けて、やっとフロリダ北端のタラハシーという街まで来た。
タラハシーはさほど大きな街でもないが、実はフロリダ州都である。
ある日こっそり州都をマイアミに移してもわりと誰も文句を言わないような気がする。

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ファイヤーハウスサブというフロリダではちょっと有名な店のサンドイッチで夕食。
日ごろファーストフードなんかほとんど食わないので、ハムの量と濃い味付けには驚く。うまいけど。

実際のところ、ハリケーンから逃げるのであれば、このタラハシーまで来れば充分だ。
この辺の適当なところで宿を取って、マシューが通り過ぎるまで1、2泊もすれば完璧。

しかし…、肝心の宿が取れない!

出発前の朝、ネットで必死に探し回ったが、まったく宿が空いていないのである。
まさか、避難先となるフロリダ北西部のホテルやモーテルが、これほど軒並み満員になるとは思わなかった。
予約参戦が遅かった!
これは完全に作戦ミスである。

そんなわけで、俺がなんとか予約を取れた宿は、さらにこの先、アラバマ州なのである。
あと4時間ぐらいは走らないといけない。
夜遅い時間になるだろうねってことで、宿に遅れるという電話だけはしておく。
なんとかたどり着いたけど手違いで部屋が無いって事態だけは避けたいからな。

やれやれ。
この際、旅行に来たと思って、のんびり行きましょかー。

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はーい、ついに着きましたよ。
タラハシーから真西に延々と進み、フロリダ州境を越えてアラバマ州に入ってしばらくしたら着く小さな町、フェアホープ。
ここに安住の地があった!

時間は予想どおり夜の10時を過ぎていたが、そう言えばアラバマって時刻が1時間早まるのだった。
つまり今は9時だ。あれそんなに遅くない気がしてきた。
ちなみに駐車場はフロリダナンバーの避難カーで満車状態。
予約合戦に参戦するのがもう少し遅れていたら、もっと果てしなく遠い場所まで行かざるをえなかっただろう。

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宿はなんだか妙に新しくて綺麗で、Wifiのスピードも速くシャワーの湯量もたっぷりで完璧。
ここまで非の打ちどころのないアメリカのモーテルは初めてかもしれない。

10時間、500マイル(800キロ)も走ってアラバマくんだりまで来たのは結構しんどかったが、こんないい宿で2日間休めるのだから結果オーライとも言えよう。
なんでアンモナイトが飾ってあるのか知らないけど。
さ、疲れたから寝よ寝よ。

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朝は立派なバイキングの朝食が付いてくる。素晴らしい。
確かにちょっと高めの料金ではあったが、こんなに充実したモーテルって俺はほとんど泊まったことがないのでむしろ気後れするレベル。

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天気もいいねえ。
この辺の人はハリケーンなんてまるで気にしてないんだろうな。

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昼間は特にやることもないのでちょっと散歩。

フロリダと地続きのアラバマではあるが、フロリダとは色々と違う。
一言で表現すると、ここは古い田舎だ。
どちらも美しいところではあるが、フロリダには道端で子どもが遊べるような田舎の雰囲気はない。
実際、フロリダの子どもたちはどこで遊んでいるのか不思議だ。

あとフロリダとアラバマ・ジョージアの違うところは、いきなりスパニッシュ系の人々がいなくなるところだな。
フロリダではヘタすりゃ英語よりもよく耳にするスペイン語が、このあたりではまったく聞こえない。
いかにも南部の土地って感じだ。
フロリダのほうが南にあるのだが、歴史が新しく、よそ者の集合体であるフロリダはあまり南部とは言わない。
ワニ満載のフロリダ湿地帯のことをディープサウス(最南部)とはたまに言うけど。

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フェアホープは、メキシコ湾にほど近い河口の町らしい。
このすぐ先が海なのに、なぜか水がものっすごっく茶色。
ハリケーンの影響なのか、それとも元から茶色いのか。
とりあえず、ここの魚を調理して出しているというシーフードレストランには入る気がしない。

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せっかくはるばる南部に来たのに名物のケイジャン料理を食べるでもなく、なぜか宿の近くにあったネパール料理屋で夕食。
フィッシュカレーと野菜の餃子っぽい物体。
そこそこおいしかった。

避難先での1日は、こうしてずんぼりと過ぎる。

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翌朝。
日が昇る前に速攻で出発。
ここから直接フロリダに帰るのならここまで急ぐ必要はないのだが、急きょ予定を増やしたのだ。
せっかくアラバマ州まで来たのだから、隣のジョージア州にも寄って行くかと。
隣とは言うが、軽く200マイル(320キロ)の寄り道になる。

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壮大な遠回りをしてジョージアに来たのは、サチコさん(90)のところに顔を出すためだ。
一輪車の旅の途中で熱を出して道端で倒れていた俺を、復活するまで泊めてくれたフィル達が住む家だな。

約2年ぶりで会ったサチコさんやフィルなどと再会の喜びを語り合う…というヒマも実はそんなになく、彼らは昼から姪っ子の結婚式に行く用事があるというので、1時間半ほど近況を報告しておいとまする。
だからこんな写真しかないのだ。
まぁ、すべてが急だったからな。ちょっと忘れかけていたが今回のこれ、ハリケーン避難だし。
ところでこの写真は、サチコさんが住んでいるキャンピングカーの倉庫から、お土産として古い『女性自身』の束を出そうとしてくれているところだ。
昭和の女性誌をアメリカで手に入れて…一体どうしよう…。

とにかく、元気そうなサチコさんに会えて良かったよ。
あのちっちゃかったひ孫のコーツも今や13歳の背の高い立派なティーンネイジャーに成長してたし。
でもちょっと一緒にバスケしたら、相変わらず脳は子どもだったけどな…。
オトナの入口の道案内として、JAPANに伝わる伝説の秘技、電気アンマを伝授しておいた。

では今度こそフロリダに向けて出発ー。

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創業51年?の古ーいクルマ屋。
ジョージアならでは。フロリダにこんな店はたぶんない。
ガタイのいいオッチャンが、機械を使わず長いタイヤレバーでトラクターのタイヤを交換していた。

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一輪車の旅の一番キツかった記憶をうんざりと思い出させるジョージア名物のアップダウンをクルマで快適に走り抜けていると。
あれ、なんだこれ。
なんか白い?

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おおっ。白が一面に。

これはたぶん…。

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綿花(コットン)だな。

古くはアメリカ南部の経済を支えた綿花栽培。
当時は黒人の奴隷労働なくして成り立たなかったこの産業、今もやってるんだな。
一輪車旅の頃は初夏だったので、こんな光景を見る機会はなかった。
一瞬ちょっと、暑いジョージアで雪原を見た気分だったよ。

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謎のガソスタ、ソーセージカンパニー。

給油時期だったがなんとなくここのガソリンは入れたくないので華麗にパスした。

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あとはもう、フリーウェイに乗ってひたすら南下するのみ。
ここはジョージアとフロリダの州境。
怪しいイルカと記念撮影するオヤジを勝手に盗撮。

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ヤシの木も生えていて、ようやくフロリダな雰囲気。

しかし、ジョージアとフロリダの州境にはなぜか、うっとうしいコバエが大量にいる。
一輪車の時もそうだった。これは本当にたまらん。
たぶんこのあたりには、人の住むのに適さない深い湿地帯でもあるのだろう。
何度も書いてきたことだが、古くからある境界には、必ず理由がある。

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あれー?なんかガラスに線が見えるよ。
しかも怪奇現象のように、線がだんだん長く成長していくよ?
これって、あれ?

…ヒビ?

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信じたくはなかったが、確実にヒビである。

ジョージアの下道を走っている時、おもむろにペットボトルを破裂させたような大きな音がしたのだが、たぶんアレだったんだろうなぁ。
その時は目に見えないぐらいのヒビで気づかなかったものが、フリーウェイ走行による振動のせいか、どんどん元気にスクスクと広がってきやがった。
ここまで伸びたらもう、修理というかガラスごと交換だろうねぇーーー。

クルマの水没を怖れて逃げた結果がフロントガラスの破損という、美しいオチ。

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でもそんなことはいいんだよ。
とにかく無事だったし。
帰って来た家も何事もなかったし。
ジョージアにも寄れたしな。
結構結構。

クルマも良く走ってくれた。
アメリカに来て初の長距離ドライブだったから、いい経験になったよ。
結局、全行程で1200マイル(1920キロ)走った。
さすがにちょっと腰にきたわ…。
一晩寝たら治った。

ほなまたー。