心の底

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大分市の商店街で、
ひらめいたと思った。

昨日四国で出された宿題の、
答が出たと思った。

商店街でTシャツを広げつつ、絵を描く。

しばらくして、驚いた。

なんだこれは。
この醜いTシャツは、何だ。

デザインの良し悪しではない。
ただ、気持ち悪い。
なんで俺はこんなものを、
昨日会ったあの人に送ろうと思ったんだ!?

失敗だ。
これまで、アイデアさえ出ればたいていは描けていたのに、
今回のはひどい。

そして、Tシャツは当たり前のように売れない。
そう、売れないのが当たり前のような気がしてくる。

今まで買ってくれた人って、
本当はどんな気持ちで俺のTシャツを選んでくれたんだろう。

今の俺に足りないのは何だろう。

このまま同じことを続けるだけで、いいのかな。

悲しいとか悔しいでもなく、
たぶんどこか、むなしい。

このままでは、
またたまーに1枚ピラッと買ってもらえて舞い上がり、
そしてまた翌日から落ち込み…を、
繰り返すだけなんじゃないか。
俺が求めるものはおそらく、
そんなものではないだろう。

そりゃあもしTシャツがバリバリ売れてウハウハなら、
何も悩まず描き続けていられるのかもしれないが。

答の出ない問いというのは往々にして堂々めぐりだ。

これまであれほど色々な人が、
絶えず俺に刺激を与え続けてくれたというのに。
俺はといえば、
心はすぐにスタート地点に戻ってきてしまう。

身長の高い痩せた眼鏡の男が、
Tシャツをじっと見ていた。

今夜、こうして熱心にシャツを見てくれる人はほとんどいない。
でも俺はこちらから話しかける気にもならず、
目の前の失敗作をぼんやりと見ていた。

やがて、痩せた男が話しかけてきた。

「今から10分で、1枚描いてもらえる?」

「…どんな絵ですか。」

「実はこれなんだけど…。」

そう言いつつ彼は、自分の名刺を差し出した。

そこには彼の名前と役職、それに、

『おおいた夢色音楽祭』

という文字が書かれてあった。

この秋に開催される、大分市のイベントだという。
彼はこのイベント用に、
たくさん発注するデザインTシャツ以外に、
オリジナルのものが1枚欲しいと、
俺のTシャツを見ていて突然ひらめいたらしいのだ。

だが…。

「たとえ10分で描けても、乾くのに時間がかかりますよ。」

「そうなんだ…。それじゃ終電に間に合わないね。」

「そうですね。それに今の俺には、『おおいた夢色音楽祭』と聞いても、何もひらめかないんです。
非常に残念ですが…。」

「そっか…、それは残念だ。大分には今日しかいないんだよね。」

「はい…。あ、もし、よろしければ。」

少し考えた。

「もし俺にいいデザインがひらめいたら、
この名刺の住所に、勝手にTシャツを送ってもかまいませんか。
お金はいりません。」

「ああ。いいね、ぜひ送ってください。その時はお金はちゃんと振り込みます。
音楽祭がある秋まではその住所にいるから。」

「わかりました。…ありがとうございます。」

そうして彼は、終電に乗るべく去っていった。

今俺の前には、その名刺だけがある。

…また、妙なことになったな…。

昨夜が先払いで、
今夜はその後払いバージョンってことか。

なんだか笑える。
その先払いバージョンでさえ、
満足に描けていないというのに。

でも不思議だな。
なんで、こんな名刺が俺の手元に来たのだろう。

描いてみろってことかな。
描いてみろって、ことなんだろうか。

商店街は、0時を過ぎて暗くなっていく。

俺には、宿題ばかりが増えていく。

いま突然、凄い雨が降り出した。