6月19日 そっちなの!?
さあ、出発するか。
快適なベッドを離れ。より快適な場所を求めて。
今朝は涼しそうだな。
…ゆっくりと眠れた夜には、長い夢でも見ているらしい。
目覚めると、何か深く考え込んだ後のような、寂しい気持ちになっていることがよくある。
俺はこの先、何を楽しみに生きればよいのだろう。
子供のころは、大人になったら…という楽しみがあった。
今はこの先、体力は衰え、容貌は衰え。何を夢見て生きていけばいいのか。
人間だけに、そこがつらい。
答えがわからなければ、さらに練るしか。練るしかないのか。
今は進むのみ。進みながら。
出発の準備を整えて1階に下りて行くと、ルイスがコーヒーをごちそうしてくれた。
おや、こりゃまた小さなカップだ。
エスプレッソってヤツかな。
「キューバ人はね、朝に濃いコーヒーをグッと飲んで、パッチリと目を覚ますんだよ。」
うーん、確かに濃い。
エスプレッソを飲み慣れない俺からするともうちょい量が欲しいところだが、味はおいしいと思う。
ありがとうルイス。この宿は本当に良かった。
あなたのさりげない親切、気遣い、ホスピタリティのおかげで、深く一息つくことができた。
俺がサンタクララの街をとても気に入ったのは、まぎれもなくあなたの影響である。
そんなルイスは約束どおり、
サンタクララより東にある各主要都市のカサ・パルティクラルをリストにした紙を渡してくれるのだった。
彼はどうやら、ただ知り合いのカサの住所と名前を書いてくれただけではなく、
それらに一軒ずつ電話して、俺のことをお願いしてくれていたようである。
ありがたい。
これで大きな街で路頭に迷うこともないし、目標にもなる。
ルイスには世話になりっぱなしだ。
「この街にはもう帰ってこないのかい?」
そう聞いてくれるけど、どうしよう。そこまではわからないよ。
でも本当にありがとう。
では、行ってきます。
画像が歪んでるのはいつものこと、サンタクララの朝。
2日間街にいただけなのに、もう信号が珍しいと思わない。
だが人が多いのだけはなかなか慣れないものだ。写真を撮るのもなるべく、素早くね。
ちなみにこのスマホのカメラは人が多いところを進みながらササッと撮ると歪むので、
画像がそういう時はそういう状況なのだなと考えてもらうと大体当たっている。
ふーむ、とりあえず次に目指す町は、あのプラセタスってヤツになるかな。
32キロなら余裕で今日中に着くだろう。
なにごともなければだが。
そしてプラセタスの向こうにある大きな街が、サンクティ・スピリタスだ。
ほんと言いにくいなこの名前。
ほとんど一直線。まぁもう、淡々と進むだけですよ。
ところで、今朝ルイス宅の1階に置いてあったユニサイクルを2日ぶりに触ってみたら、
なんと空気が抜けていた。
とりあえずその場は空気を入れてしばらく普通に走っていたのだが、
どうしよう、ちょっとずつ微妙に空気が抜けてきている気がする。
ありゃー、パンクかなぁ。
でもすぐに抜けてしまうわけでもないし、まだパンクと決まったわけではない。
ひとまず虫ゴムなどを締め直して空気を足し、様子を見るとしましょう。
今日は朝から曇り空なのでいい。
曇りだと日に焼けないし、涼しいからよく進む。
街の気配も薄れてきた。ようやく人を見ることが少なくなってきたな。
このあたりはこれまでと違って、アップダウンの多い山間の村という感じ。
そんな村にある小さな店でコーラを買う。
キューバもいろいろ。店の違いもそろそろわかってきた。
CUCかペソクワーノ払いかは店ごとに決まっていて、キューバ人もそれに従うようだ。
なるほどなぁ。コーラがうまい。
村を出てしばらく進んでいると、後ろから何か言いながらついてくる馬車がある。
若そうな男たちが3人乗っているな。
適当に相手をしながら併走しているうちに、やがて追い抜いて、本格的に話しかけてきた。
あー、そうなの。
どうも、俺を乗せてやろうと思って声をかけてくれてたらしい。
昨日も考えたとおり、期限内にサンティアゴまで行けるかどうかが心配だ。
ここは乗せてもらうとしよう。
それにしても小さくてボロい、古い軽トラ的な馬車なのである。
そこに3人プラス俺、プラス一輪車とデカいザック。もう満員もいいところだ。馬、ゴメン。
彼らは陽気な連中で、道ゆく女の子たちにかたっぱしから声をかけまくってるのが笑える。
だが馬車を飛ばしまくるせいで乗り心地は最悪。
参考までに、馬車の乗り心地動画。
一歩間違えたら酔うよ、マジで。
オマケに何言ってるか全然わからんし。
こんな小さな馬車をバリバリ走らせて一体どこまで行くものやらと思っていたら、
なんと途中のなんにもないところで急に止まった。
用事ができたから引き返す?とかなんとか。
たまたま歩いていた知り合いが逆方向に行きたがっているとかそんなことらしい。
結局5キロも進まなかったな。
とにかくありがとう。
こうしてあっさりふたたび一輪車旅の再開となったわけだが、やっぱりどうも空気が減っていく気がする。
休憩でもしながらちゃんと確かめようとしていると、また馬車から声をかけられた。
今度はシブいオヤジさん。
いかにも農作業を終えて帰る途中って感じだ。
あらー、なんともよく声をかけてもらう日である。
ここまできたら断る手はない。
今度はのんびりと進む馬車。
いいねぇこのペース。落ち着くわぁ。
でも、遠くの雲がとっても黒いね…。
物静かなオヤジさん、「腹は減ってないか?」と言いつつ、
ついさっき収穫してきたばかりらしいバナナを差し出してくれる。
う、バナナか…。
俺の脳内には、南国の自生バナナ=下痢という鉄壁の公式が刻まれている。
パプアニューギニアにさえ行かなければこんなことにはならなかったのに!
残念ながら、バナナは遠慮しておこう。
そのかわりと言ってはなんだが、あらん限りのスペイン語力を駆使して、
世間話のつもりで一輪車の旅の目的地とか、タイヤの空気が抜けてるみたいでーなんて話をしておいた。
馬車は数キロ進み、やがて小さな村に入る。
そこでおもむろに国道から曲がって細い脇道に入ろうとするので、焦る。
「どこに行くの?」
「一輪車が壊れてるんだろう?直せるところだよ。」
そうか、彼は俺の一輪車の修理をしてくれるつもりだったらしい。
優しいなー。気にしてくれてたんだ。
優しいなー。気にしてくれてたんだ。
パンク修理の道具を持っていることを告げ、そこで馬車を下ろしてもらう。
どうもありがとう!
さ、行こっか。
ほんのちょっと進んだところで、いきなり強い雨!
手近な木陰に避難だ!
いやーまいったな、あの雲を見ていつかは降るかと思ってたが、いきなりとは。
こりゃ雨が止むまでこの大きな樹の下で耐えるしかないかな。
雨の勢いは結構強いが、葉のよく茂った樹と折りたたみ傘を併用すれば、どうにか濡れずに過ごせそうだ。
あ、思い出した。
さっき馬車に乗せてもらった3人組の男たちの1人が俺にこんな果物をくれたのだった。
柑橘類なのだろうが、味がわからない。オレンジかな?
とりあえず齧ってみると、これがすさまじく酸っぱい。もうどうにもならんぐらい酸っぱい。
レモンかよ!悪いが捨てさせてもらうわ!
ふぅ。寄らば大樹の陰。
時々通り過ぎる人々とちょこっと会話なんてしつつ、もうかれこれ一時間はたつな。
正直、誰かの家の軒下にでも入れてもらえればなぁ、という気はある。
でもここ、キューバでね。そう易々と人の家には立ち入れないのだよ。
おや、目の前の家からおじさんが出てきた。
「なにかいるものはないか?食べ物は?」
ああ、親切なおじさんなんだな。
「食べ物は充分にあるから大丈夫。
雨が止んだら、この一輪車に乗ってサッと走り去るから。」
苦労してそんなことを説明すると、彼もまた、今はじめて一輪車に気づいたっぽくて驚いている。
なぜかこんな人多いよなぁ。
それよりも、驚いた彼のセリフがすごい。
「アベ・マリーア!!」
え、驚くとき、アベマリアっていうの!?
こっちが驚いたわ。
英語ならジーザス!とかそういうノリなんだろうけど。
まさかそっちで来るとは思わなかった。
そんな出会いもありつつ、雨はまだ止まないのだ。
そろそろ樹の下から出たいな…。