アーマーゾーン

アマゾンがやってくれた。

違う。こっちじゃない。

アマゾンプライムの配送車(ベンツ)がウチの郵便箱に激突。

まあ別にこれぐらいだから元に戻してさえくれればいいのだが、少々カーチェイスして配送車とドライバーを確保する必要があったし、さらにこれから補償を求めて交渉するなどは非常にめんどくさそうだ。めんどうなのは嫌だなあ、ああ嫌だ。

当たった瞬間も俺は見てなくて、隣人が教えてくれてすぐに追いかけた感じなので、アマゾンカーが当てた確実な証拠がないとか言われれば厄介な事案ではあったが。

隣人のそのまた隣人宅の監視カメラにバッチリ映っていた。

これで証拠も完璧であろう。

 

今回はご近所さんたちの協力のおかげでなんとかなりそうだから良かったものの、もしこれ直後に気づいてなければ完全に泣き寝入りだったな。ドライバー逃げようとしてたし。

郵便車が一日一回しか来ないのにアマゾンのクルマは何台もやって来るからドライバーは大変忙しいのだろう。

これからも安全運転で気を付けて欲しいものだが、そのうちこういうのも全部ドローンとかAIとかに置き換わるんだろうなあと思うと、なんとなくメモリアルな出来事ではあった。もう要らんけど。

 

私はアナログ隊の生き残りだ

アメリカと言えばデカい家電だ。左から洗濯機と乾燥機。

あれ、これデカいか?わりと普通サイズのような気がする。

いかんもう何が普通かわからなくなってきた。

とにかく、右の乾燥機が壊れた。熱風が出ないのだ。

修理を頼むと大金を取られるらしいので、嫌々ながら不肖ワタクシめが直すことにする。

とりあえずバラしてみる。

中から出てくるヒーターユニット、この辺が怪しい。

間違ってもテキトーに分解しているわけではなく、一応調べてから行っているので安心して欲しい。

それにしても、同じ修理でもバイクいじりのような楽しさは絶無であり、切ない。

ヒーターユニットと言えば聞こえはいいが、その実態はこんなモノである。

ただのニクロム線(っぽい何か)だな。基本構造はトースターとかと一緒。

こいつは交換用の新品だが、

旧品はそのニクロム線がブチ切れていた。

熱風が出ないという今回の故障の理由はこれで明らかだ。

とっとと交換して、試運転。

おー、ニクロム線(っぽい何か)が真っ赤に発熱しておるわ。

21世紀の家電とは思えんアナログな構造であり、こんなもんたぶん50年ぐらい何も変わっていなさそうだが、だからこそ素人が直せるとも言える。

でもなんかちょっと心配だからちょくちょくチェック。

しばらく使っていて不具合はないからまあ大丈夫なんだろう。

 

ちなみに次はエアコン(家中冷やすアメリカ式のアレ)の調子がイマイチだ。

とりあえずサーモスタットを交換したがそれだけでは直らないようだ。

勘弁してくれ。

 

 

 

 

残日に・・・

3年ぶりに日本に帰って来て、もう半月。

これまで忙しく用事を済ませてきたが、ようやく目途がついてきた。

妻子は別の親戚宅を訪問していて居ないし…。

ひょっとして、行けるか。

北海道に。

行くとしたら、あれからもう7年になるだろうか。

思い立ったら行動は早い。

すぐに飛行機のチケットを予約する。直近なので少々高いが、気にしても仕方がない。

神戸空港から札幌の新千歳空港に着くのは夜。

北海道に滞在できる時間は、ちょうど24時間だ。

空港から快速エアポートに乗って、ここはおぉ、札幌だあ!

まだ目的地でもないのに、札幌に来るだけでもう感激してしまう。

どんだけ北海道が好きなんだと思いつつ、旭川行きの高速バス最終に間に合うよう急がなくては。

高速バスで旭川まで来たはいいが、もう0時近い時間である。

今夜はここまでだな。

近くのネットカフェまで歩いて夜を越そう。

旭川の買い物公園通りも久しぶりだ。

深夜でも活気が衰えない札幌とは違って、この時間の旭川はもう誰も歩いてないんだよな。

以前は駅前にあったデパートもなくなり駐車場に変わっていて、景色もちょっと寂しくなったか。

昔、そのデパートの前のベンチで野宿したことあったなあ。秋口で気温7度で寒くて寝づらかったことをなんとなく覚えている。でもなんであんなとこで野宿してたのかは忘れた。

ネットカフェで一晩寝て、翌朝早くに出発。

いやーネットカフェってのも実に久々で楽しかったよ。無料のソフトクリームと温かいコーンスープをひたすら交互に摂取して大変快適に過ごさせていただいた。やっぱり日本は便利でいいな。

さて、旭川名物のロータリーを横目に見つつ、足早に駅まで歩いて戻る。

北海道の朝は涼しくて実にいいな。

待ってろよ美瑛。

よし。帰ってきたぞ。美馬牛。

特に何も変わっていない。駅周辺はほとんど記憶のままだ。

赤い屋根の家もまだあったよ。

まだ取り壊してなかったのか。誰も住んでいないのによく雪の重みで潰れないものだ。

まあ無事で何より。

ライダーハウスGOもまだそこにあった。

今も誰かが住んでいるようだ。

この建物ももう20年ぐらいはここに建っているはずで、プレハブでも結構丈夫なんだなと感心する。

内部は今も当時とほとんど変わらない。

今にもライダーがふらっとやって来て、荷ほどきもそこそこにソファでくつろぎ始めそうだ。

しかし、宿帳を見ると最新の書き込みでも3年前だった。

この五右衛門風呂も最後に使ったのはいつだったろうか。

コンクリートの壁作りを手伝った時のことは今でも覚えている。

遠くにちらっと見える「人生の楽天地」(だったか?)は今でも営業しているのだろうか。

次のミッションは、お久しぶりの地元民ヨッシーと再会し、7年前彼に売りつけた俺の元愛車、クロスカブを借り受ける。

そう、レンタルバイクだ。

そしてまず、何はなくとも丘を走る。

実はバイクに乗るのも7年ぶりだ。

最初は少々手間取ったものの、長年乗ってきたカブの乗り方だけは忘れるハズもなかった。

でも、乗っててちょっと怖い。特にブレーキの効き。よくこんなのブイブイ乗り回してたなあと。

今日の美瑛は一日中雨の予報。

バイクには乗れないと諦めていたのだが、見てのとおりギリギリもってくれた。

時間もあまりないのでヨッシー以外の誰にも会うつもりはなかったのに、美瑛の町でひとりたまたま知り合いに出会ってからは、芋づる式のように昔なじみの人々に会うことができた。

ちょっとびっくりするぐらい色んな友人知人と再会し、話をした。

そしてヨッシーにバイクを返したところでちょうど雨。完璧なタイミングだ。

そのあとは、ヨッシーのクルマでのんびりと新千歳空港まで送ってもらうことに。

上富良野で一応季節モノのラベンダー畑を見たり。

ノロッコ号に遭遇したり。

昔はなかった建蔵という古民家ラーメン屋でラーメンを食ったりした。

ちなみに北海道滞在中に食べたマトモなメシはこれだけである。

ヨッシーとN‐BOX。日本でバカ売れというだけあって確かに良いクルマである。

日本の軽自動車文化って本当にいいよな。

軽トラやワンボックスにカブを収納して走り回っていた頃、その万能感はもはや神の領域に近いものがあった。

ふたたび夜の飛行機に乗り、気づいたらもう神戸に戻って来ていた。

まさしく、あっという間の24時間である。

楽しかった。7年ぶりの北海道。

変わったことと変わっていないものがあった。

俺は俺であちこち変わったはずだが、子どものお世話という日常から離れて、昔と同じ気分を取り戻した貴重な時間だった。

ちょっと無理をしてでも北海道まで行った甲斐は充分にあったな。

次はいつ行けるかまったくわからないが。

帰りたい場所が、いつもそこに存在してくれているというだけで、こんなにありがたいものなんだ。

そう気づいたよ。

 

 

ベストベスト

3年ぶりに母国日本に帰ってきたぜ!

というわけだが、実はわりと地味な活動に終始している。各種事務手続きとか健康診断とか。
そのために帰ってきたのでそれでよいのだ。
自販機でジュース買ってコンビニできんつば買って吉野家で牛丼食ったぐらいで大体やりたいこと終わったしな…。

過密スケジュールの一瞬のスキを突き、小学校からラーメンのようにちぢれた細い付き合いをしている友人と会う。
画像では中華料理を食っているが(ちなみにこの量でランチであり、手前の酢豚以外はヤツの食料だ)、
それ以外の全ての時間は、ヤツの駆るBMWで理想のメッシュベストを探し求める作業に集中していた。

メッシュベストというと、釣りのおじさんやアウトドア派の人がよく着ている、アミアミでポケットのたくさん付いたアレである。
俺はバイク便時代の名残りか、あの携帯とサイフと鍵類をまとめて管理できるメッシュベストが好きなのだ。
日本に来さえすればすぐに買えると思っていたのに、一人で近くのホームセンターや衣料品店をのぞいた時は無かったんだよな。

そこでまず我々は、大きなアウトドアショップを訪れた。
こういった業態の店はアメリカにはなかなかない。
そして今日本ではアウトドアやキャンプが大流行らしい。つまりここでメッシュベストが見つからないハズがない。
と思ったら無かった。
近いモノはあったが異常に高い。俺が求めているのはもっとこう、質実剛健かつ質素倹約なモノだ。
それなら行くべきはガテン系ショップであろう。
ということで、次は巷で大人気のワークマンへ。しかもワークマンプラスだ。

ここにはメッシュベストはあった。しかし少し違う。
胸ポケットに俺の大き目のスマホが入らないのだ。
あなたにはどうでもよいことだろうが、俺が求めるメッシュベストの条件は、質実剛健、質素倹約、大きい胸ポケット、この3つなのだ。
まさかガテン系でみつからないとは思わなかった。
いや待て、メッシュベストといえば、やはり釣り具屋ではないのか?

そう閃いた我々は、素早くスマホを操って近くの大手釣り具屋を検索し、移動した。
しかしここで、大きな誤算に気づく。
釣り具屋のメッシュベストには、ほとんど全てに浮きが内蔵されている!!
知らなかった…。これでは日常生活で使えない。
でも水場で浮きは絶対に必要だからそれでいいのだ。合ってる合ってる。

まさか、メッシュベストごときでここまで迷走するとは思わなかった。
日本にさえ来ればあっという間に見つかると思っていたあの頃の俺を縛ってやりたい。

しかし、逆境におかれて次第に熱くなってきた二人を止めることはできない。
もう一軒の釣り具屋を探索し失望した後に我々が向かったのは、地域密着型の作業着店だ。
チェーン店ではない、地域密着型。小さいのにどこか威圧的な店構え、そして癖のある品ぞろえ。
ここならメッシュベストはあるに違いない!そして実際にあった!
質実剛健、質素倹約、しかし大きいポケットがない!

本当に何なんだ、なんでメッシュベストの胸には大きいポケットがないんだ?
現代人なら普通この場所にはスマホを入れたくなるだろう?
デザイナーは何をしている!?リサーチをしていないのか!?
俺なんかアメリカで愛用している(がくたびれている)ベストの胸元には自分で大きいポケットを縫い付けてるんだぞ!!

…怒りと焦りを隠しきれない一行が立ち寄ったのが、最初の画像にある中華料理屋である。
このまま俺たちは理想のメッシュベストに出会えないまま無為に時を過ごすのか…。
わざわざ日本に帰省して俺(とコイツ)は一体何をしているんだ…。
いやそもそもおまえは俺と違って別に本気でメッシュベスト探してないよな…。

むろん、ここで諦めるわけにはいかない。
メシを食ってリフレッシュした我々は、近場のショッピングモールへと足を運んだ。
俺たちが中学生の頃に完成したこのショッピングモール。もう築30年以上か。テナントの空洞化も目立つ。
しかし、そんなところになぜか置いてあったぞメッシュベスト!
なるほどわかった、メッシュベストは釣り人、ガテン系、アウトドア派のほかに、シニアの散策用としての需要があったのか!
新しい発見に興奮する二人。しかしもちろん、俺のスマホが入る大きいポケットは付いていない。

これまでか…。
失意にうなだれる中、最後の希望としてヤツの頭に思い浮かんだのが、紳士服店である。
いや、紳士服にはない、あそこにはさすがにないぞ。
俺はそう主張するが、かといって他にいいアイデアもない。
タイミリミットが迫る中、最後の目的地として紳士服の〇山に攻め込む一行。
そこにはなんと、メッシュベストがなかった!
そりゃそうだ、紳士服の青〇にメッシュベストがあったらさすがにビビるわ。

こうして、俺たちの戦いは終わった。
色んな店を8軒(うち1軒中華料理屋)回って、ついに理想のメッシュベストは見つからなかった。
40代の中年二人が地元の町で一体何をやっているのだろう。
おたがい家では仕事や子育てに追われる身だが、旧い友人ってのは時間を昔のノリに戻してしまうんだな。

メッシュベスト?
ネットで買った。

これはもうギリギリである。
来年あたりにミッキーマウスの版権が切れるそうだが、そうなるとこの看板は無事逃げ切ったことになるのだろうか。
次の帰省時にまた確認してみる必要がある。

携帯は青く羽田はピンクだった

コロナのおかげで3年帰れなかった日本についに帰省。

しかし今回、コロナに関連する日本入国の手続きについて、何をどうすればよいのか少々わかりにくかった。
他の旅行者の記録を参考にし役に立った面もあったことから、今度はお返しがてら自分の経験も書いておくことにする。
なお内容について保証はできないので情報の取捨選択は自己責任でお願いしたい。

結論から言うと、2022年6月23日現在、アメリカからの日本入国に関しては、MySOSというアプリで事前審査を済ませればそれだけでよかった。

1、旅程が決まれば、自身の携帯にMySOSアプリをインストール。

2、氏名・住所などの個人情報のほか、旅行日程も入力。往復の便名に加え、往路便ではシート位置も申告する。

3、誓約書に入力して送信。聞かれたことに答えるだけでよく難しいことはない。

4、ワクチン接種証明に関しては、3回以上接種した人のみが「ワクチン接種済」扱いとなる。自分はアメリカで2回しか受けていないためワクチンは接種していないものとみなされるが、現在アメリカフロリダ州から日本への渡航にはワクチン接種の義務がないので特に問題ない。

この時点で入力情報に不備がなければ、赤かったMySOSの画面は黄色に変わっていると思われる。

5、コロナ陰性証明書のアップロード

手間がかかるのはほぼこれだけ。
出発の72時間以内のタイミングでテストを受けて陰性証明書を得る。72時間とは、アメリカ国内線を経由して国際線に乗り継ぐ場合、最初の国内線搭乗時から起算する。実際にアメリカ国内線搭乗のタイミングで現地係員からMySOSのQRコード提示を求められた。

テストは、アメリカの大手薬局であるWalgreensがドライブスルーで行っているRapid NAAT testを利用。Rapid検査ではダメとか色々な情報が錯綜しているが、個人的にはこのテストの陰性証明で無事に審査完了した。
結果は約2時間程度でメールにて知らされ(この間が一番ドキドキする)、メールにあるリンクからPDF形式のnegative(陰性)と明記されたドキュメントをダウンロードし、それをそのままMySOSアプリにアップロードする。日本語表記の公式フォーマット(外務省のサイトからダウンロードできる)に記入した画像も添付したほうが良いのかもしれないが、自分は添付せずでもOKが出た。
古い情報では検査した医師の名前やサイン、パスポート番号なども必要とあるが、2022年6月23日現在の最新版ではアメリカからの渡航の場合は医師の名前やサインは不要。最新の日本語フォームにはパスポート番号を書く欄もなくなっている。

陰性証明書アップロードまでの手続きを終え、「審査中」の表示から数時間待つ。不備がなければ「審査完了」となりMySOSの画面が青色に変わる。
これで出発前のコロナ関連での手続きは終了である。

なお、到着空港内でこの青色画面を頻繁に見せることになるので、通信環境のトラブルに備えて青色で氏名とQRコードが表示された画面のスクリーンショットを撮影しておくとオフラインでも使えて便利。1つのアプリで子どもの分も追加している場合はそちらのスクリーンショットも忘れずに。

今回の到着は羽田空港だった。
到着と同時にたくさんのピンク色ベストを着たコロナ専門のスタッフが誘導してくれる。すごく丁寧な応対ぶりに、ああ日本に帰ってきたなと痛感する。
しかしとにかく徒歩での移動距離が長く、あちこちで青色画面を見せるセクションがあり、青色ではないのかそもそもMySOSを使っていないのかもしれない人たちとルートが分けられる。
誘導されるがまま施設内を歩かされ続け、パスポートチェックが済めばこれで終わり。荷物を持って税関を抜ければ次の目的地へ。

自分の場合はこのあと国内線乗り継ぎがあったが、その行き方がわからず誘導や表示、電光掲示板や案内所のようなものも見つけられなかったのでしばらく迷った。
個人的には着陸したターミナル3から空港内無料シャトルバスでターミナル2に移動するのが正解だったが、案内がなく聞ける人もいないのには困った。乗り継ぎ時間が短い人は気をつけたほうがよさそうだ。

大体、こんな感じで入国完了。
あとは自宅待機命令もなく自由に過ごせている。
一度アプリ経由で濃厚接触者がいる地域に自分がいるかどうか教えてくれる通知が来て、結果は問題なしだった。

全体的に、思っていたよりはスムーズに入国できてホッとした。
状況がめまぐるしく変わる混乱の中、試行錯誤で今のシステムを改善し続けてくれている関係者には頭の下がる思いだ。

あとはまた無事にアメリカに戻れればよいが、しばらくは合計17時間の超長くてしんどいフライトのことなど忘れて久々の日本でのんびりしたい。