4月28日(水) ブルーグレー

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ツーリストセンターの裏に建てたテントで朝を迎える。
明るいところで見るとこのロケーションはやはり異様だ。
とっとと撤収しよう。

昨夜は風が強くて気温も低く、かなり寒かった。
オマケに温室追い出され事件などもあった。
朝になってしまえばもうこっちのもんだが…。

さて、どうしよう。
まだ7時前。町に1つのスーパーは10時から。
いつものように食料を調達すべく開店を待とうかとも思ったが、
そういえば食料なら大量に持っているのだった。特に今買い足す必要はない。
できれば水の調達はしたいところだが、それはまぁなんとかなるだろう。

ところで、ミーバトン湖といえば温泉。
ここはアイスランドでも有名な温泉地らしく、あちこちにプールや浴場があるそうだ。
長距離走の疲れをここの温泉で癒すことを楽しみにしていたのだが。

うん、いいや。
この町、できることなら早く出たいし。

さらばレイキャリーズ。

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町から遠ざかる。

はぁ。
どうしても昨夜の温室事件のことを考えてしまう。

ちょっとぐらいいいだろうに!と昨夜は憤慨していたが、
切羽詰まっていたとはいえ、あれは冷静に考えると立派な不法侵入だった。
そして今のこの落ち込んだ気分は、マズいことをしてしまったという意識を反映している。

アイスランドでは今までおおむね誰とも笑顔の人間関係を続けてこられたのに、
ここに来て初めて人に咎められるようなことをしてしまったのが悔やまれる。

はぁ、失敗したなぁ。

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天気はどんよりとして重い。
今の気分との相性は抜群だ。
さらに昨日走りまくった反動で全身がダルく、一輪車に乗る気もあまりおきない。

天気が良ければ、テンションも上がっていただろうか。
天気が晴れないと気分も晴れない。
なにかそう、遺伝子レベルで組み込まれているのだろうか。
これ以上に顔が日焼けしないのだけはいいけど。

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アイスランディックホースはいつも俺をジーッと見つめる。

ありがとうよ。

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さっきから川を探しているのだが、なぜかこの辺ではみつからない。
池や湖ならあちこちにあるが、いくら俺でも淀んだ水は飲みたくない。
あたりの雪もずいぶん減ってしまったし、
綺麗な雪解け水を補給できる機会は、この先もうないのだろうか。

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あー…しんど。

まったくテンションがあがらない。
天気も気分も調子もよくない。

思えば、最難関をクリアして目標を消失してしまったことも理由の1つかもしれない。
この先にはアイスランド第2の街、アークレイリがある。
でも今はなぜか、そこに何か楽しいことが待っているようにも思えない。

地図によると、ミーバトン湖から50キロ弱の位置に小さな町があるハズだ。
そんなに遠くもないし、とりあえず、ゆっくりでいいからそこに向かうとしよう。

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ようやく川を見つけて、水を汲む。
でもやっぱり、今までのような澄んだ水とは言いがたい。
うーむ。
せめてできるだけ生では飲まないようにしよう。

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途中の小さな峠を淡々と歩いて登ってきた。

疲れている時は休憩も多い。

それでも少しずつ進んではいる。

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なかば凍った湖の岸辺にスノーモービルが置いてある。
その下はちゃんと地面なのか?
今にも底が割れて水没していきそうな気がしてしょうがない。
どうせならその瞬間が見たいところだ。

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チンタラ歩いていても、時間がたてばそれなりに進む。
ロウガルの町に到着。
案の定小さな町だが、ガソスタ兼レストラン兼商店を見つけたので寄ってみよう。

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気のいい夫婦がやっている店だ。
商店でビスケットを買うと、
コーヒーを飲んで行かないか?と言ってレストランに招き入れてくれた。

今日は天気がイマイチなので気温が低い。
こんな時にホットコーヒーは嬉しい。
俺の物価の基準であるメリーランドクッキーは最安値の2倍近くしていたのでビビったが、
このホットコーヒーにはそれだけの価値が充分にある。

昔は美人だったであろう大きなおかみさんに、この町にキャンプ場はあるかな?と聞いてみる。
どうやらあるらしい。
電話してあげましょうか?と言ってくれたが、ありがたく辞退する。
まずは自分の目で見て確認したほうがいい。

今はまだ15時。
キャンプ場がもしダメでも、さらに先に進むことは可能だ。
とはいえアークレイリまではまだ70キロほどあるので、今日中にたどり着くことはできまい。
外は今にも雨が降り出しそうな天気だ。
時間はまだ早いが、できることならこの町で寝床をみつけたほうがいいだろう。

ホットコーヒーで力を取り戻し、
おかみさんに教わった方向に向かって歩き出す。
あれ…キャンプ場、意外と遠い。
こんなに遠いんなら電話してもらえばよかった…。

結局、そこは町はずれの大きな農家だった。
母屋のほかに、宿泊客用らしいこざっぱりしたオシャレな建物がある。
まずはそこに入ってみたが、中には誰もいない。

しばらく待ったり、あたりを見て回ってもやっぱり誰もみつからないので、
ここには縁がなかったんだな、と思って歩き去ろうとしたちょうどその時、隣の馬小屋から人が出てきた。
ガタイの大きな白ヒゲのオジサンだ。
彼は俺のほうに近づいてくると、
まず最初に、そのガッシリとした大きな手で握手をしてくれた。

「キャンプ場に泊まりたいんですが、使えますか。」

「いいとも。今はシーズンオフだが、好きに使うといい。
 あのあたり一帯がすべてキャンプサイトだ。もし水が必要なら、馬小屋に水道があるから。」

彼はいかにも温厚そうな口調でそう言い、悠然と歩いて母屋のほうに戻っていった。

どうやら、今夜の宿泊地が決まったようだ。
今度はちゃんと交渉して、許可をもらった。
よしよし、これでいいんだ。

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アイスランドでよく見るキャンプ場と宿のマークが、それぞれ手作りで作ってある。
この柵の中全域がキャンプ場だそうだが、これはどう見ても牧場…。

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トイレ&シャワー&炊事場のようなところにテントを建てさせてもらおう。
ここなら風も防げるし、雨が降っても下から浸水することはない。

さて、寝床は確保された。
まだ16時だ。
やることもないし、スイミングプールにでも行ってみるか。
昨日ミーバトンで入りそびれたしな。

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広ーいキャンプ場の隅っこに俺のテントはある。
こういう時、性格って出るよな。

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キャンプ場から2キロほど歩いてプールにやってまいりました。
遠いよ…。

この町のプールは体育館と合体していて、かなり大きく立派な建物だ。
それはいいんだが、なぜかプールに入れるのが17時からだと。
おや、少し待たないとな。

やることもないので日記を書いたり、財布の中の小銭を数えたり。

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アイスランドで見る非常口マークは、日本のものよりも飛ばしているように見える。
やはり逃げる時は急いだほうがいい。

…あ。
俺、水着忘れてる。

今日は温泉に入ろうという意識だったので、すっかり水着のことを忘れていた。
日本では温泉と水着は普通つながらないもんな。

しょうがないのでテントまで取りに戻り、そしてまたプールに帰ってくる。
遠いなぁ。

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初公開。アイスランドのスイミングプール。

珍しく一人になる機会があったので急いで撮った。
手前の丸いのはほとんど露天風呂。
ここみたいに大体複数あって、温度差がつけてある。
向こうの四角いマトモなプールはふやけない程度の温水なのだろう。入ったことないけど。

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あー、癒されるねー。
やはり肉体疲労に温泉というのは有効なんだなぁと改めて感じる。
宿代はケチっても、プール代の400IKは惜しくない。

テントに戻ってもやることがないので無人のプールにじっくりと浸かっていると、
なんといきなり大量の熟女集団が入ってきた。
どこのママさんバレーだか合唱団だか知らないが、
出現が唐突すぎて不覚にも逃げるタイミングを逸してしまった。
メンバーの中にはコーヒーを飲ませてくれた商店のおかみさんまでいる!
「あらあなた、ここにいたの。」なんて言われても、小声でイエスとしか言いようがない。

さっそく大声で井戸端会議を始める熟女たち。
このむせかえるような甘い匂いは、彼女たちの体臭なのだろうか。
大して広くもない丸いプールの中、10人以上の熟女に完全包囲されている状況。
ユニサイクリストを初めて見たアイスランド羊なみに怯えた俺は、
ジッと目を閉じるか虚空を見つめているかしかできない。
アイスランド語の雑談をステレオサラウンドで延々と聞かされていると、
そのうち話が理解できるような錯覚までしてきた。やばい、のぼせてきたか。
熟女たちが出て行くのがもう少し遅かったら危険なところだった。

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またこの道を帰るのか…。
ちなみにキャンプ場は、画面の一番左端の、さらに向こうにある。

トボトボ歩いてようやくテントに帰ってくると、パラパラと雨が降り始めてきた。

雨か…。

やはり昨日、天気のいいうちに気合いを入れて一気に走っておいてよかった。
あの何もないところで雨に降られていたらブルーなんてもんじゃなかった。
そして今日、この町で泊まることにしたのも、たぶん正解だろう。

今日の走行は49キロ。
曇天の向かい風の中を淡々と走り、歩いた。

雨が降るような気候のせいなのか、今夜はいつもよりぬくいかも知れない。

ヴァレリオが、何やら暗躍しているようだ。
彼はインターネットのどこかの掲示板で俺のことを話題にして情報を流し、
とある町で俺を泊めてもいいという人を見つけたんだそうな。

気持ちは嬉しいが…。
そういうのって、かえって気を遣ってしまう。
気を遣いながら人の家に泊めてもらうぐらいなら、
テントで野宿して気楽にビスケットを食べてるほうが俺はよっぽど好きなんだということを、
ヴァレリオに伝えたほうがいいのだろうか。

うーん、難しいな。

雨がテントを叩く音が聴こえる。