5月16日#2 祭りの夜

  
俺の一輪車と荷物をジーッと眺めていた怪しい男。
ちょうど立ち去ろうとしていたところに、スーパーから出てきた俺はバッチリ鉢合わせてしまった。
なんてタイミングの悪い。
 
ヒゲを生やした巨漢だ。
結構なコワモテだがどうやら悪意はないらしく、ただ物珍しくて眺めていただけのようだ。
彼いわく、このヴァン・ビューレンの町では今夜、祭りがあるんだと。
見ていけばどうだ?と言われるも、ハッキリ言って俺は人が集まるところにあまり興味がない。
だが真正面から断るのもちょっと失礼かと思うので、
 
「祭りは楽しそうだけど、夜中にそんなもの見に行ったら野宿できなくなるからね。」
 
そう答えてみた。
すると予想外なことに、
 
「それじゃあウチの庭にテントを張ればいい。」
 
ということになってしまった。
うわっ、答え方をしくじったか。
しかし、たしかに今夜の野宿場所探しは難航しそうではあった。
ここはお言葉に甘えて彼の家の庭にテントを張らせてもらうのもアリかも知れない。
人の家の庭で野宿なんてあまり無いことだからちょっと興味もある。
 
結局、彼の家の住所を教えてもらい、クルマの彼とは一旦別れて後から向かうということになった。
スマホの地図で住所を調べてみると、あちゃー、逆方向だ。来た道をだいぶ戻るハメになるな。
スーパー前のベンチでどうしたもんかと考え込んでいると、スーパーの店員がやって来たので聞いてみる。
 
「今日はこの町で祭りがあるんだってね?」
 
「え、祭り?うーん、知らないなぁ。」
 
えーーー。うそ、祭りないの?
怪しい。これは怪しい。
この状態で彼の家に行っていいものか?
言っちゃあ悪いし人のことも言えないのだが、彼の風体や喋り方はそこそこ不審だったのだ。
 
見た目で人を判断してはいけない、という有名な格言を俺は採用していない。
外見というのはその人自身の暮らしぶりや考え方を表現する重要なメッセージなのだ。
だから見た目も含めて、できるだけ総合的に他人を判断することが有益だと俺は思う。
 
よし、彼には悪いけど、今回の件はスルーさせてもらおう。
祭りがどうしても見たいわけでもないし、人の庭で寝るのも別に今回でなくていい。
正直なところ逆戻りも面倒だし、何よりあの人物が信用しにくいのだ。
 
さあ、そうと決まれば町を出る方向に出発!
 
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…と思ったら、何コレ?
なんと、バケットスタート用の缶の中に紙幣が!
 
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5ドル札、しかもメッセージ付かよ!
 
ブラザー、この金がキミのユニサイクル旅に役立つことを願う。
アーカンソーを楽しんでくれ。
ピザボーイより。
 
おいおいピザボーイ、役立つも何も、
せっかくの紙幣に文字なんか書いたらもう簡単には使えないだろうが!
それはそうと、これはたぶんさっきの男の仕業だ。
しばらく待って俺が出てこないので、この書き置きを残して立ち去るところで俺と出会ったのだろう。
 
うーーーーむ。
これまで金を貰うことだけは断り続けてきたのに、まさか不在中の缶に投入されることがあろうとはな。
こうなってしまっては、やはり彼の家に行かねばならないだろう。
 
旅の進行方向とは逆に進みつつ、彼の家を探してみる。
教わった住所に近づいた頃、町の一画で賑やかに祭りの準備をしている光景にでくわした。
おお、祭り、本当にやるんだ。
ウソじゃなかったんだな。
しかし、ヴァン・ビューレンの町全体を挙げてというものではなく、一部の町内での祭りみたいだ。
だからあのスーパーの店員は知らないと言ったのだろう。なるほどな。
 
祭りの会場から彼の家は近い。
高級とは言いがたい住宅街の中で、さっきスーパーでも見た彼の目立つオレンジ色のクルマをみつける。
家のベルを鳴らすと出てきたのは、やはり彼。
 
「よう、来たか!ビールでいいか?」
 
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まずはテントを張らせてもらい、庭でビールを飲みながら彼と話すことに。
 
彼の名はクリス。
職業は聞いて驚く、ランプのデザイナー。
Arkansas Lamp という会社で働いているらしい。
 
「なんでランプのデザイナーなのにピザボーイなの?」
 
「ああ、それには深ーーいワケがあるんだよ!」
 
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楽しそうに話すクリス。
深ーいワケがあるピザボーイの由来は、長ーい英語だったのでよくわからなかった。
学生時代にピザを売るバイトをしていたことが発端ではあるらしい。
 
そんな彼、どういうわけか日本のアニメや特撮映画が大好物。
中でもゴジラが好きで好きで、フィギュアを集めまくっているそうだ。
しかし、ゴジラが好きならガメラはどう?と聞いても反応がイマイチなのだ。
よくよく話を聞くと、どうも彼が幼少期にハマったゴジラというのは、アメコミ(アメリカのコミック)のものらしい。
俺は知らなかったが、ゴジラはアメリカではマンガになって子どもたちのハートを熱くしたみたいだな。
 
一方、日本のアニメで好きなのは宇宙戦艦ヤマトとGフォース。
ヤマトはわかるけど、Gフォースって何?
真剣に悩んでいたところで彼がタブレットで示した動画を観て理解した。
なるほど、ガッチャマンのことか。
ガッチャマン、アメリカではG-Forceなんだな。
キャプテン翼に出てくる日向小次郎がイタリアではマルク・レンダルスという名前だと聞いた時以来の衝撃だ。
 
ちなみにG-Forceのオープニングは例のあの歌ではなく、
劇中の画像を継ぎはぎして英語のナレーションを付けただけのものらしい。
そこで俺が、彼のタブレットを駆使して本家日本版のオープニングを見せてやったことは言うまでもない。
 
 
歌詞を適当ーに訳してやったらかなりウケていた。
自分が長年好きだったアニメに実はテーマソングがあった、となると新鮮な驚きだろう。
しかし作曲が小林亜星だったとは…。
 
この一連のオタク話のおかげでクリスとの距離も少し縮まったようだ。
たまにはインターネットやタブレットもリアルなコミュニケーションの役に立つものだな。
 
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ビールを飲んでクリスと語らっているうちに、外は暗くなってきた。
そろそろ祭りが始まる時間のようだ。
 
このままテントで寝ていてもいいが、この際だから祭りをのぞいてみるのもいいだろう。
そう思って一輪車で出かけようとしたら、家から女性が出てきた。
彼女はクリスの奥さんで、名前がクリスティー。
なんて紛らわしい。
結局このクリス&クリスティー夫妻とともに、歩いて祭り会場に向かうことに。
 
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名前もそっくりだが体型もそっくりな2人。
歩き出す前からすでに息が荒いので大丈夫かと思っていたら、やはりちょっとしんどそうではある。
2人とも白人にしか見えないが、クリスティーはチェロキー族という先住民族の血を引いているらしい。
 
歩きながら、何か話題はないかと考えた俺は、大したネタがなかったので仕方なくこんなことを語ってみる。
 
「フリーウェイの路肩はアルマジロの死体だらけでまいるよ!」
 
「…?」
 
2人ともわかってくれない。どうやらアルマジロの発音がマズいようだ。
発音をどう工夫しても伝わらないので、身振り手振りを加えて必死に説明。
するとクリスティー、
 
「ああ、わかった、アーマディーロのことね!」
 
…アーマディーロ!!
なるほど、アーマディーロだったか!
また一つ賢くなったよ。
 
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「何あれ?」
 
「さあ、知らない。」
 
知らないのかよ!
 
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おおっ、ちょっとした夜の遊園地じゃないか。
どうやらこの祭りのために公園を舞台にして即席遊園地を作り上げたようだな。
そうかそれでクリス&クリスティーも知らない物体が出来上がっているのか。
 
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即席で作ったにしてはなかなか本格的。
客がロクにいないのが気になるが。
祭りの初日なせいかな。そうだと思いたい。
 
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日本では縁日や盆踊りが子どもの夏の記憶を作っていくように、
アメリカではこういうのが夏の思い出になっていくのかな。
クリス&クリスティーもほんのり楽しそうだ。歩くのはつらそうだが。
運動は大事だよ。
 
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公園はあまり大きなものではなく、祭り会場はあっという間に通り過ぎてしまう。
やはり小規模な祭りだったのだ。
 
近くのマーシャルアーツジム(格闘技道場)が祭りに協賛してピザを売っている。
そしてそのピザを買って食べ始めるクリス&クリスティー。
俺にも一切れくれて、あとは全部食べてしまった。
おいおいそれ、歩いて消費した分のカロリーを今一瞬にして挽回しまくったぞ…。
 
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空手も教えているらしいマーシャルアーツジムで誤字を発見。
日本人としてこれは訂正しておく。
それにしても、大和魂って意味わかってるのか?
 
たったこれだけで、もうほとんど祭りのエリアを歩き切ってしまった。
あとは帰って寝るだけだ。
祭りの警備をしている警官にクリスが話しかけているので知り合いなのかと思っていたら、
どうも彼は、今夜庭で寝る俺のために、住宅街周辺のパトロールをお願いしてくれていたらしい。
この辺の治安には一抹の不安があったのも事実なので、ありがたいことだ。
 
クリス宅の庭に戻り、テントにもぐりこむ。
今日はアーカンソー州に入って、フリーウェイを一輪車で進めないことを知り、
バテバテでヴァン・ビューレンの町をさまよい歩いて、なぜだか今こうして人の家の庭で寝ている。
祭りもいざ行ってみると楽しかった。
クリスのくれたビールのせいで久しぶりに酔っている。
 
夜中に雨が降り出した。
テントと荷物をクリス宅の庇があるベランダの下に移動させ、寝なおす。
雨が降るとは思わなかった。町の外で野宿していたら危ないところだったな。
そんな意味でも、最初は不審人物だったクリスの家に来て良かったと今は思う。
 
今日の走行は50キロ。
明日からは下道をゆく旅だ。