宵影

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陽は傾く一方だが、心と身体はホットだ。
どこまでも走れそうな気がする。
もし暗くなっても、歩道があれば特に危険ということもない。
一応、稚内で買ったテールランプをピカピカ光らせてみた。
他に誰もいない歩道上で、自分の後ろを点滅させてもしょうがないのだが、気分の問題だ。

どこからか、春の宵の匂いが漂ってくる。
甘くて爽やかな、天上の香り。
こんな香気に包まれて暮れゆく世界を走っていると、もはや自分が何者かわからなくなってくる。
幻想的?蠱惑的?
いや、かぐわしくも艶々とした、黒い時間とでも言うしかない。
夢中で走っているうちに、別の世界に迷いこんでしまったか…。

だが、本当の迷走はここからだった。
そのうち、いよいよ暗くなってきたのだ。
まだうっすらと見えていた歩道のわずかな起伏が、今やかなり見えづらい。
そうか、なるほど!
確かに暗くなっても歩道なら移動できるが、完全に夜になれば、そもそも路面が見えないじゃないか。
アホ。俺のアホ。

そしてまさにその、完全な夜がやってきた。
おぉぉ、まったく見えない。
たまに横を通過するクルマのライトとポツリポツリと点在する街灯以外に、俺の進む道を照らしてくれるものは完全に無い。
ウカツだった。
こんなことなら前照灯も買っとくべきだった!
しかし、ただでさえゴテゴテして異様な上にさらにライトなんかつけたら、
もはや新境地を切り拓いてしまいそうだな、俺のマウンテンユニサイクルは。

完全な夜を迎え、俺の快進撃は止まった。
歩道とはいえ、完全にフラットではないところを暗中模索で走ることは、予想以上に難しいものだった。
何度かトライして諦め、ついに徒歩で進むハメに。

遅い…。
さっきまでイイ調子で飛ばしていただけに、余計。
寒い…。
走ってて気づかなかったが、北海道は陽が落ちるとやはり冷える。

激落ちペースではあったが、なんとか新十津川に到着。
現在、22時半。いい加減に寝床を見つけないとヤバイ。
だがしかし、新十津川ではコレといったポイントを見つけられなかった!
なんということだ。
こりゃもう覚悟を決めて、さらに進んで鶴沼の道の駅を目指すしかないのか?
寝られないんならしょうがない。
歩くとまだ少し痛む脚を引きずるようにして、
文字通り足取りも重く、新十津川の市街を出る。

うーん、寒い。そして暗い。
滑稽な話で、路面さえ見えればこれ以上ないぐらい一輪車向きのこの道路を、暗闇のなか、ゴツゴツと歩いておる。
もちろん全然進まない。
さっきまでの高揚感もすっかり失せ、しばらくはうなだれていた。
あーでも、よく考えたら。

暗くてよくわからないが、新十津川より先のこの道は、
俺が札幌を往復するのに何度か通った道だ。
しかもこのあたりなら、俺の家から100キロぐらいなもんだろう。
要するに、夜中に近所を散歩してるようなもんじゃないか。

そう思うと自分のアホさに悩むのもアホらしくなり、
とりあえず明るい交差点で熱いコーヒーを作って飲む。
その時、昼間に脱いでザックにくくりつけてあったハズの赤いフリースが無くなっていることに気づいた。
どこかで落としたに違いない。
10年以上しつこく着ていたあのあったかいフリースが、なくなってしまった。
これはショックだ。
だが、なくしたものはしょうがない。

コーヒーを飲んだぐらいで身体がポカポカになるわけでもない。
鶴沼の道の駅を目指して、白い息を吐きつつゆっくりと歩く。
まあちょっと寒くて疲れてるだけで、それ以上どうなるということもない。
照明が少ないので、遠くに見える信号の光が頼りだ。
苦労して何度目かの信号を越えた頃、名前もわからないちょっとした市街に来た。
そんな、何もないからスルーだろうと思っていた小さな町に、なんとも感じのいいバス停を発見してしまったのである。

二畳分ぐらいの小屋型でガラスのドア付き。
中には使い古された長いソファが置いてある。
おや、これは寝られそうだ。
瞬間的にこれから行く予定の道の駅よりもいい寝床だと判断した俺は、さっそくそのバス停で仮眠させてもらうことに決めた。
中に入ってドアを閉めるだけで、寒さもだいぶ和らぐ。
もう日が変わって、0時半だ。
寝袋だけ引っ張りだして、ソファの上で横になった。

で、今、そのソファで昨夜の日記を書いているというわけだ。
昨日は長い一日だった。
看板書いたり人の家でお茶飲んだりしたわりに、91キロ走ったからな。
明るくなればこっちのもん。
またそろそろ走り出すとしますか。