4月21日 水

 
本日も快晴が憎い。
しかも向かい風。全然進まない。
水が欲しい。思いっきり水が飲みたくて仕方がない。
持っていないわけではないが、次の補給の遠さを考えて切り詰めているせいだ。
 
ユニサイクルを漕ぐ脚がピクピクと痙攣している。
まだ一輪車旅に適した身体が出来上がっていないのだろう。
休み休み、しばらく走り続けていると、目の前の橋の下からヌッとヤツが出てきた。
うおっ、ビックリした!
俺よりも明らかに少ない荷物で歩いているヤツ。
テントも持っていないだろうから、昨夜はこの橋の下で野宿したに違いない。
 
こんな何もない砂漠を人間が歩いていれば、ドライバーだってたまには声をかけるはずだ。
おそらくこいつはヒッチハイカーではなく、何らかの理由であえて歩いているのだ。
冒険か、修行か、祈りか。聞いてみたいとは思わないが。
ともかく妙なタイミングでまた遭遇してしまった。
今日も徒歩で進むこいつを意識して走らざるをえないのか。
徒歩旅の人間と五十歩百歩である自分のペースの遅さが嘆かわしい。
 
フラットだと思っていたモハベ砂漠だが、アンボイ以降、微妙な登りが続く。
アンボイの次に名前のある集落、エセックスまでの20キロが遠い。
途中で1ガロン容器(3.78リットル)の水がすべてなくなった。予定より早い。
あとは小さなボトルを合計して1リットルぐらいか。マズいな。
しかしここはあえて、多目に水を飲んで元気を出してみよう。
途端に汗がドッと出てきた。
充分な水があれば、身体は汗をかきたかったんだな。
一瞬、スッと涼しくなった。
 
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ようやくエセックスまでたどり着いた。
だが話に聞いていたとおり、廃屋以外にはこのタイヤ屋さん?の他には何もないところだ。
しかし、どうにかしてここで水を手に入れておかないとヤバい気がする。
 
誰もいなさそうなタイヤ屋に近づいてみたところ、犬に吠えられた。お、誰かいるのか。
ガレージ内には犬と一緒に老人が座っている。何か仕事をしているようなしていないような。
水をもらえないかと頼んでみると、老人は静かに水道の蛇口を指さしてくれた。
ありがたい!
空き容器に水をありったけ詰め、さらにその場でゴクゴクと飲む。うまい。
アメリカの水道水は飲めなくはないが、ミネラル分が多いので腹を壊す可能性があると聞いたことがある。
なのでできるだけ水は買って飲んでいたが、ここでそんなことは言っていられない。
なんといっても水が一番重要なのだ。
助かったよ。ありがとう!
 
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エセックスは本当に何もない集落なのだが、
なぜかこうしてバイク集団が止まっては写真を撮って去っていく。
どうせルート66がらみか何かで有名な場所なのだろう。
 
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そんな人々をよそに、俺は潰れたレストランの前にある木陰で昼寝をする。
水が手に入って安心した今、今度は貴重な木陰での休息が必要だ。
 
涼しい木陰で一度寝ころんでしまえば、もう根が生えたように起き上がれない。
どれぐらい寝たのだろう。1時間ぐらいか?
目が覚めたのはたぶん、ドライバーから声をかけられたせいだ。
 
「水はいるか?」
「乾き切ってないか?」
 
そんな感じでクルマとトラックから2度も声をかけてもらった。
充分な水を確保した直後にこうも連続して水提供のオファーを受けるとは不思議だ。
甘いドリンクなら欲しい気分なんだが。途端に贅沢になってるな。
 
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エセックスを過ぎ、ふたたびI-40の高架をくぐったころ。
今度はBMWに乗ったシブい初老のライダーに話しかけられる。
 
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彼からまたしても水をいただいてしまったよ。
ハッキリ言って水、インフレ状態。
皆さんよほど俺が水に困っているように見えるのだろうか。2時間ぐらい前までは確かに困っていたのだが。
 
ところで彼は、一度俺をみかけて通り過ぎ、
どこかで水を買ってわざわざ俺に渡すために引き返してきてくれたらしい。
「ここから5マイルのところにガスステーションがあるよ。よかったらバイクで送ってあげようか?」
 
え、エセックスから8キロ先にガスステーションがあるの?マジで!?
それは知らなかった…。
いくらBMWでもムリヤリであろう俺と一輪車の運搬計画は丁重にお断りし、走って向かうことにする。

疲れてはいるが、この先に店があるかと思うと行ける!
 
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エセックスから8キロ。うおおお、ホントにあったよガスステーション!それもリッパなやつ。
見た目といい心境といい、まさにオアシス!!
 
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店内はこんな感じ。
あのレジのおばさんが気さくな人で、色々と話しかけてくれる上に、
「今日はここにテントを張っていいわよ!」なんて言ってくれる。
ありがたいが、まだ時間はある。どうするかな。
とにかく休んでから考えようか。
 
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外のベンチにはなんと、徒歩旅行者のヤツが先にいた。
たぶん俺がエセックスで昼寝している間に追い抜かれたのだ。
おそるべきスピードである。
俺も股が痛んだりうまく乗れる場所がない時はよく歩いているが、その速度は軽装の彼にはまるで及ばない。
なんのためにデカい一輪車で旅をしているのやら。
 
あいかわらず好きにはなれないヤツだが(たぶん向こうもそう思ってる)、
砂漠を自力で歩き続けてここまでやって来たことは大したものだと思う。
 
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注文したハンバーガーがやって来た。
ハンバーガーといえばジャンクフードの代表格だろうが、
日々スナックで過ごしている今の俺にとってはご馳走である。
しかもここのはその場で調理の手作りだ。うまい。
 
そういえば、俺の半生で一番うまいと思ったハンバーガーは、
アイスランドの辺境の店で疲れ切った時に食べた手作りのハンバーガーだった。
今回のはそれには及ばないものの、充分にうまい。
身体が欲している時には本当に何を食べてもうまいものだ。
ちなみに暑い砂漠を越えてきた今、毒々しい色のスポーツドリンク、その名もパワーレードがまたうまい。
 
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魅惑のガソスタキャンプを諦め、さらに20キロほど進んで終了。
ハンバーガーのおかげか、元気よく少し薄暗い時間まで走ってしまった。栄養万歳。
あたりにヘビがいないことを入念にチェックしながらテントを設営しないとな。
 
今日の走行は58キロ。やはり思ったよりは進まなかった。
暑さ、重さ、乗れなさ。これに尽きる。
それでもあと35キロでニードルズだ。明日には着くだろう。
 
補給に関しては結局どうにかなったな。
アンボイやエセックスのはずれに思いがけず店があったおかげだ。
先に知っていればこれほど重い水を背負って移動する必要はなかったのだが、まあこれもいい経験。
 
左足の裏がなぜか妙に痛いし、一輪車のボルトがいつのまにか一本なくなっている。
明日ニードルズに着いたらじっくり善後策を練るとしよう。