4月23日 カニ夫人

 
ニードルズにあるインド人モーテルでの一夜が過ぎた。
昨日は早い時間に投宿しただけあってじっくりと休むことができたな。
やはりベッドは体力の回復度が違う。
 
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旅を始めて1週間。
顔の日焼け具合がこんなことに。
 
まだ4月とは言え、砂漠の直射日光は侮れないんだな。
逆に考えるとサングラスはなかなか役に立っているということでもある。
砂漠の乾燥のせいか、下唇がザックリ割れているのが気になる。
治ったように見えても、何か食べる度に傷口が開いては、食べ物に血が付くということの繰り返し。
ひぇー、スプラッタ!
 
さーて、ベッドが名残惜しいけど、出発しますかね。
 
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おっ、道路標識がカリフォルニアからアリゾナになってるぞ。
ニードルズはギリギリでカリフォルニアなハズなので、これからアリゾナに入るわけだな。
やっと1つ州を越えたかー。
モハベ砂漠を越え、もう大事業を成し終えたような気分になっていたが、
実はアメリカ横断の旅はまだ始まったばかりなのであった。
 
 
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コロラド川。
この、遠くグランドキャニオンから流れてきたであろう川を渡れば、そこはアリゾナ州だ。
昨日まで水気のまるで存在しない砂漠にいたせいで、大量の水が流れている風景が新鮮で仕方ない。
やはり人は水のあるところに集まるんだなぁ。
 
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ニードルズからブルヘッドシティまで、真北に向かうハイウェイ。
調子よく走れたのは最初だけ。
交通量は非常に多く、路肩は狭く、しかも強い向かい風。
こうなるともうユニサイクリングどころではない。歩きだ歩き。
 
しかしまったくなんなんだ、この強烈な北風は。
ロッキー山脈からやって来たその名もロッキーおろしかよ!?
フラフラ歩いて全然進まないが、風ばっかりはしょうがない。
ああ、今日も当たり前のように快晴だなぁ。
 そんな時に現れたのが、ピックアップトラックに乗ったおじさん。
 
「すぐそこのカー用品店まで行くが、乗っていくか?」
 
とのこと。
今ちょうど強風に翻弄されながら、「こんな調子で日数は間に合うのだろうか?」と考えていたところだ。
すぐそこまでならちょっと乗せてもらうのもいいか。
訛りが強いのかほとんど何を言っているのかわからない彼は元軍人で、
1968年まで佐世保にいたことがあるそうだ。
 
「昨日は追い風だったんだがな。このあたりは毎日風向きが変わるんだ。」
 
本当に少しの間で写真を撮るヒマすらなかったが、
歩きづくめで疲れていた時だったから、いい気分転換になった。
ありがとう!
 
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靴を買おうと思って大きな店に入ったらただのスーパーだったので、昼メシを買って出てきたの図。
 
買い物点数が少ないからか、レジで前に並んでいたコワモテ刺青バリバリの屈強そうなライダーが、
なんと2人も連続で順番を譲ってくれた。
ビビってた人に急に優しくされると人間、おかしな心境になるな。
 
この道があるエリアはそれなりの市街地なので、砂漠と違ってこうしてマトモな食べ物も買える。
しかも同じ商品でもガソスタの売店よりよほど安い。街に来るといろいろ便利なんだな。
だが市街地はクルマがいっぱい、危険もいっぱい。どっちもどっちだ。
 
ところで、靴だ。
数日前から違和感を感じていた左足の裏が、どうにも我慢できないぐらい痛くなってきた。
モーテルで休めば治るかと思っていたが改善せず、今では左足を引きずり気味で歩いている。
なぜこんな厄介な症状が出てきたのだろう?
考えられるのは、底の薄い足袋で、背の高い36インチの乗り降りを繰り返したせいだ。
特に降りた時の衝撃がわりとハンパではないので、その蓄積で筋か骨を痛めたか。
そんなワケで、旅を続けるために足袋を捨て、もっとクッションのある靴を買おうと思うのだ。 
 
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ターゲットというなんでも売ってるスーパーセンターにて、29ドルで運動靴を購入。
 
さっそく履いてみたら、当たり前だが足袋とは比較にならないクッション性だ。
おかげで数センチは脚も長くなったので飛び乗り乗車の成功率も上がるかもしれない。
さようなら足袋、今までありがとう!
ケガさえしなければキミと一緒に旅を続けたかったよ。
 
すでに痛めてしまった足は、靴を変えたぐらいで劇的に治ったりはしない。
あいかわらず足をひきずりながらもラフリンという町まで来た。
ここからキングマンまではあと60マイルぐらいか。
そろそろ暗くなる。早く市街地を出て、野宿できそうな場所まで移動しなければ。
 
やがて、大きな十字路に出た。
どっちに行けばキングマンに続くのかがよくわからない。
交差点でスマホを取り出しGPSで調べようとしていたら、少し前方で黒いレクサスが路肩に停まった。
高級車のドライバーが俺に用があるとも思えないのでかまわずスマホをいじっていたら、
なんとなーく、運転席から手を出してヒラヒラーと振っているように見える。それもちょっと必死に。
ひょっとして俺を呼んでいるのか…?
微妙に警戒しながらもレクサスに接近してみると、運転手は意外にも、上品そうな初老のおばさまである。
褐色の肌色からしてスパニッシュ系だろうか。
 
「あなた、どうしてこんなところを歩いているの?乗っていきなさいよ!」
 
柔らかい物腰ながら、なんだか妙にノリの良さ気な人である。
この強風の中を足を引きずって歩き続けてもタカが知れているし、彼女の行き先はちょうどキングマンらしい。
ついでにトヨタの高級ブランドたるレクサスの乗り心地にも少し興味があるので、
ここは乗せてもらうのもいいかな?という気分になってきた。
それはいいとして、このクルマに36インチのユニが入るだろうか?
 
はい。なんとか入りました。
トランクからハミ出して閉まらないのを適当にヒモで固定してあるので、
しょっちゅう後ろを確認しないと落ちてそうで怖い。
 
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ラフリンからキングマンへと至る道をレクサスで走行中。
マップではただのハイウェイのはずだったこの道だが、いざ来てみるとフリーウェイ並みの高速道が延々と続く。
普通に店もあるような道のりを想像していたので、これは助かった。
あのまま進んでいたらあやうく水不足に陥るところだったよ。
 
どことなくハイソなオーラを漂わせる彼女は、カニという名前らしい。ほう、カニ夫人だな。
ベネズエラ出身で、5年前にアメリカから移住してきた歯科医だそうだ。
5年間で英語をマスターした陽気なインテリおばさま。なのだが。
 
運転が、超テキトー!!
シートベルトは締めないし、運転しながらスマホでメールは打つし、電話はするし。
それも英語だったりスペイン語だったり。
100キロ超で走っているレクサスはさっきから蛇行しまくりである。
しかも対向車線のパトカーに笑顔で手を振る!
 
何者なんだこの人、楽しい人なんだがアブナすぎる。
俺が一輪車で路肩を走っている時にこの人が通りがかったら、
3割ぐらいの確率で轢かれてるような気がしてしょうがない。
乗り心地のいいハズの高級車に乗りながらも非常にスリリングなドライブを経て、レクサスはキングマンに到着。
 
「あなた、今夜ウチに泊まる?」
 
そう聞いてきたカニ夫人。この人の家ならちょっとおもしろそうだ。お邪魔してみようか。
そう話が決まると彼女、今度は妙なことを言い出す。
 
「家に行く前に、あなたに見せておきたいものが2つあるわ!」
 
外はもうすっかり暗くなっているというのに、ノリノリでキングマンの街中をひた走るカニ夫人。
一体どこに連れて行かれるのかと思ったら、最初はまさかのトラックステーションだ。
フリーウェイを走るトラックの運ちゃんたちが、メシ食ったりシャワー浴びたり寝たりするところだな。
ここでカニ夫人いわく。
 
「あなたも旅の間はこういうところを利用するといいわよ。私来たことないけど。一度来てみたかったの!」
 
うわ、自分の趣味も兼ねているのか!
野郎ばかりのトラックステーションにズカズカと進入し、
店員さんにシャワーの値段や下見の可否などをズケズケと聞きまくるカニ夫人。
相手も彼女がなんだかセレブっぽい雰囲気なので邪険にもできず、丁重に対応しているのが笑える。
それにしても5年でこの完璧な英語力とは。そこは本当に感心する。
結局、シャワー室までわざわざ開けて見せてもらうことに。
シャワー1回13ドル。高いよ。
 
「次はKOAに行くわよ!」
 
エネルギーに満ち溢れたカニ夫人、次はKOAへと連れて行ってくれるらしい。
KOAとは確か、キャンプグラウンド・オブ・アメリカの略(なぜかCOAではない)だ。
アメリカ全土におびただしく存在するキャンプ場チェーンのことである。
しかしキャンプ場とは言ってもそこはアメリカ。
利用者の大半はキャンピングカーであり、値段も高いと聞いていたので俺は初めから立ち寄る気がなかった。
しかしカニ夫人は俺にKOAを見せたいと言う。
理由の1つは、一度行ってみたかったからに違いない。
 
彼女も場所を知らないキングマンのKOA、しばらく迷ったが、どうにか探し当てた。
そこでまたしても設備を見学。そして値段のリサーチ。
テントを張るのに25ドル。キャビンを借りると50ドルぐらいするらしい。
…モーテルに泊まったほうがよっぽどいいわ!!
 
こうしてカニ夫人と俺の愉快なナイトドライブは、やっと終わった。
前から気にはなっていたアジア料理チェーン店、その名もパンダエキスプレスに寄り、
ドライブスルーで玄米サラダみたいなものをゲットしてから夫人の家へと向かう。
外国人には難関であろうドライブスルーですらあっさりと英語でやり取りし、
玄米サラダを手に悠々と危険走行を繰り返すカニ夫人。素敵!
 
ベネズエラ出身なのにベネズエラ料理が嫌いでベジタリアンな彼女。
どこからこんな法外なパワーが出てくるのだろう。
あ、信号待ちで隣のクルマの犬に大声で話しかけるのはやめて!
 
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とりあえずテレビを見ながら、パンダエキスプレスでテイクアウトした玄米なんちゃらをいただく。
ひさしぶりの米だ。中華風の味付けがまたうまい。
 
カニ夫人宅はキングマンの郊外にあった。豪邸ではなくアメリカ的には普通のお宅だ。
どうやら彼女はさすらいの歯科医であるらしく、キングマンのこの家は仮の住居っぽい。
そしてこの家では彼女のパートナーであるレイという男性が迎えてくれた。
 
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食後は彼らと共にリビングで『アメリカン・アイドル』というアメリカで大人気のオーディション番組を鑑賞し、
早めの時間に寝かせていただく。
趣味のいい、落ち着けそうな素晴らしい部屋だ。
 
ああ、なんだかよくわからないうちにキングマンまで来てしまった。
しかしまさか、モーテルに泊まった翌日にまたベッドで寝られるとは思わなかったな。
これもあの、なんというか、朗らかでエネルギッシュなカニ夫人のおかげである。
 
今日の自力移動は37キロ。
向かい風の中をほとんど歩き通しだったので大して進めていない。
日数に不安があるなか、キングマンまで一気に来られたのは助かった。
明日からはまたルート66を進む旅になる。
痛めた左足が早く治ってくれるといいが。