4月20日(火) 選択、決断。

変な夢をたくさん見た気がする。
デューピボーグルの朝。

とりあえず宿は出たものの、天気が難しい。
風はやはり強いが、昨日よりはちょっとはマシかも知れない。
しかし明日は雪の予報なのだ。
このままもう1泊するほうが賢明なのかも知れないが…。
少しだけ風が弱まっていることに淡い期待を抱きつつ、今日は進めるだけ進むことにする。

ひょっとして、俺はアイスランドに来る時期を間違えたのだろうか。

雨や風のために、こんな頻度で宿に泊まるとはまったく予想外だった。
当初はほとんど金も使わずフル野宿でOK!ぐらいに考えていたのに。
このうえ雪まで降るとなっては、やはり4月に来たのは早過ぎたのかも知れない。

ところで、昨日はトラックの男2人組に助けられてこの町までやって来た。
そのことをメールでヴァレリオに伝えたところ、こんな返事が返って来る。

「フフフ…その情報はすでにボクのShinobiを通じて知っているよ!
 トラックを運転していた彼というのは実は、あのフルートの先生、カトリーヌさんの兄弟なんだ!」 
 
…へー。彼女のねぇ。
さすがは人口30万人の島。
それじゃあ車内で彼が電話していた相手はカトリーヌさんだったのだろうか。

「姉ちゃんが話していた日本人、風でブッ飛ばされそうになってたから拾ったぜ!ガハハ!!」

みたいなことをアイスランド語で喋ってたのかも知れない。
うーん、そう思うとだんだんそんな気がしてきた。
まったくアイスランドで悪いことはできんもんだなーと思い、おかしい。

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風はやはり強い。
町を出てすぐに、クルマをよけようとしてなぜかコケた。あれは痛かった。

強風にもかかわらず町を出てしまったのは失敗だったかと一瞬思ったが、
まぁ昨日ほどじゃない、昨日よりはマシ、マシ、と念仏のように唱えながら、一歩一歩前進する。
この風では当然ユニサイクリングどころの話ではない。

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徒歩の旅は、思いのほか疲れる。
20キロのリュックが肩に食い込んで痛いし、とにかく遅い。
ましてや風の壁が猛烈な風圧でもって俺を押し返す。
風さえなければ爽やかな道なんだろうに…。

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入り江の海上に輪のようなものがたくさん浮かべてあり、近くで船が作業している。
何かの養殖なのだろうか。
岩陰に隠れて風を防ぎながら、そんな風景をボーッと眺める。
しばらくして岩陰を一歩出たら、そこは風の王国だ。

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ボロボロになった自転車のタイヤを見つけた。
旅行者のものだろうか。
ここで誰かがトラブルを起こし、その場でタイヤ交換をしたのかもしれない。
旅人のいないこの時期、旅人そのものはおろか、旅人の痕跡さえ珍しい。
今できることはとにかく、先に進むことだけ。

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ダート区間の始まり。
ハプンから先にはいくつかダートロードがあるとヴァレリオも言っていたが、これのことか。
たまーにあるぐらいなら構わないが、距離が長いと厄介な存在になることだろう。

やれやれ。
なんでアイスランドまで来て、こんなことをやっているんだ。
疲れてくると、どうしてもそんなことを考える。

子どもの頃は。
自転車で隣町に行ってみるだけで、大冒険だった。
それは不安と興奮がゴチャ混ぜになった、心躍る体験だ。
しかしいずれ大きくなって経験を重ねてしまうと、
隣町に行くぐらいではもう、以前と同じような興奮を味わうことはできない。

隣町からやがて隣の県、日本、そして外国へ。
ついにはこんな極北の島にまでやって来た。
でもそれは結局、子どもの頃に体感したあの忘れられない充実感を、
再び手に入れたいだけなのかもしれない。
マウンテンユニサイクルを押してひたすら歩きながら、そんなことを思う。

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デューピボーグルから約20キロ。
入り江の一番奥まっている付近で、分岐点が現れた。


俺が目指しているのは、アイスランド東部で最大の街、エギルスタズィール。
どちらもそこに通じてはいるが、左に曲がったほうが近い。
だがしかし、左はどうやら結構な山越えルートのようなのだ。

そもそも観光案内所でもらった1枚モノのペラペラ地図では、
その山越えルートはリングロードと同じような主要道として描かれていて、
俺はごく自然にその道を通って近道するつもりでいた。
でも実際には、それが山越えのダートロードだったわけだ。

さぁ、どうするか。
旅は選択の連続だ。洗濯はほとんどしないにしても。

とりあえず、距離が短いに越したことはない。
まずは予定どおりに山越えルート方面に歩き出してみる。

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おおっと。
山越えルートは全長19キロ。標高は532メートルか。
最大斜度17%ってのがどれほどのものかはわからないが、それなりの急坂なんだろう。

今、午後2時。
暗くなるまでに、果たしてこの峠を突破できるのか。
さらに進むと、道の真ん中に看板のようなモノが倒れていたので、起こしてみる。

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アイスランド語はサッパリだが、きっとこの道は通行止めだと言いたいのだろう。
車両の冬季通行禁止がまだ解除されていないものと思われる。

さて、悩みどころだ。

このままこの道を進んでショートカットに挑むか。
大人しくリングロードを迂回するか。

エギルスタズィールまでを単純に距離で考えれば、
山越えルートなら80キロぐらい。迂回ルートなら130キロだ。
50キロの差はデカい。
しかし、車両通行止の山越えか…。
心配なのは、雪だ。

もし峠の頂上付近が除雪されていない雪で覆われていたとしたら、突破はかなり困難になる。
そのままそこで夜を越すようなハメになると目も当てられない。
さらに明日は雪の予報なのだ。
何もない山道で雪に降られるだけでも充分に危険である。

よし、決めた。
ここは迂回しよう。
急ぐ旅でもない。

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元来た道を戻り、再びリングロードへ。

ルートを変更したことにより、次の目的地は43キロ先のブレイズダルスヴィークに変わった。
この距離なら、もしかしたら今日中にたどり着けるかもしれない。

現在地は入り江の一番奥。
今までは強風に逆らって北向きに歩いてきたが、
これからしばらくは、風に乗って南向きに進めることになる。
あの強烈な風が、ついに俺の味方になってくれる時が来た!

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と思ったらまたしてもダート。
ぐぇー、せっかくの追い風なのに!

しかし追い風の強さはさすが。今まで散々俺を苦しめてくれただけのことはある。
これならダートでもそこそこのスピードで走れるかもしれん。


結果は動画の通り。意外とめんどくさい。

曲りなりにもマウンテンユニサイクルなので、もともとオフロード向きではある。
でも今は、オフロードをバリバリ走ることよりも、パンクのほうが心配だ。
それに石をよけてジグザグに走るせいで、遅いし疲れる。

関係ないけど、トレーラーが追い越していった後の砂煙が悲惨!!

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午前中に歩いて通った道がすぐ近くに見えるのに、入り江をグルッと大回り。
これだからフィヨルドってヤツは…。

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おもしろい岩があったので、休憩がてらちょっと遊ぶ。
向かい風に苦しむことがなくなって、気持ちに余裕ができている証拠。

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海の向こうに見えるのは、デューピボーグルの町だろうか。
8時間ぐらい前に出た町が、50キロ進んで再び目の前に!
これだからフィヨ(略)!!

地形のせいなのか、時間の経過なのか。
18時を過ぎたあたりから、あれほど強かった風が、不思議と凪いできた。
今はゆるやかな追い風。
ダート路面もすっかり無くなり、
何日ぶりかというぐらいの快適なユニサイクリングができている。

夕暮れ時の凪いだ世界は、どこか人の心を落ち着かせ、
そして、静かな活力を与えてくれる。

なぜだろう。
走っていても、疲れを感じない。
いつもなら降りて歩くぐらいの登り坂も、そのまま通過してしまう。
ヒザの痛みも、股の痛みも感じない。
ただ、ひたすら走っていけそうな予感だけがある。

ハイパーモードの発動だ。

何かの拍子に、やたらと調子が良くなって、ズンズン走れてしまう現象。
今はそんなに急ぐ必要もないのに、
そんなことには大して関係なく、出る時には出てしまうこの現象。
オトナの事情をまったく解さない困ったヤツだが、気分はとても爽やかだ。

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勝手に『猫岩』と命名。
降りるのがもったいないので、走りながら撮影。

午後3時までの、向かい風に喘いで歩いていた辛さはどこに行ってしまったのか。
これは何なのだろう。
意思を超えた大自然の神秘?それとも脳内麻薬の作用?
ただ1つだけわかっているのは、
こんな状態になった翌日は、すっごくダルくなるということだ。

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20時過ぎ。
両側に海をまたぐこの橋のような道を渡り切れば、
目指すブレイズダルスヴィークはすぐそこだ。
もう少し!!

…というところで、なぜか切れるハイパーモード。
一旦休憩したが最後、疲れてしまって歩き出す元気が出ない。
あと2キロぐらいなのに!!

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21時。
ようやく着いた…。
本格的に暗くなる一歩手前。どうやら間に合ったようだ。
だがこんな時間に着いたところで、もちろん店が開いてるわけもない。
小さな町を少しうろついたところで、わりと簡単にキャンプ場をみつけた。
何も見えなくなる前に、素早くテントを建てる。

今日は疲れた…。
向かい風に逆らって歩いた25キロ、そこから一気に42キロ。合計67キロ。
やはりユニサイクルは、歩くより2倍速い。見直したよ。

早くエギルスタズィールに着きたい。