4月21日(水)その1 風の道

真夜中。
無風。無音。

目が覚める。腹が痛い。なんでだ。

下痢になる。

3回の放流のあと、どうにか落ち着く。
外は雪が舞っている。

下痢か…。アイスランドに来て、初めてだ。
身体を冷やしてしまったのかも知れない。

バーナーで湯をわかし、紅茶に生姜粉末を入れて飲む。
出発前に貰ったホメオパシーの薬のようなモノも試しに飲んでみる。

ホメオパシーという療法が効くのかどうかは俺にはよくわからないが、
ホメオパシーに関する本をチラッと見た時に書いていた、

『痛みは来て、逃げなければ、やがて去るものである。』

という言葉は気に入っている。
ちなみに本当にそんな言葉だったかどうか実は自信がない。

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朝。雪景色。
腹の調子は微妙な感じ。でも大丈夫だろう。

シーズンオフで閉鎖されているキャンプ場のトイレ横にテントを建てたのだった。
敷地の隣は、たぶん保育園か幼稚園のような建物。
まだ時間があるとは言え、やって来た先生や子どもたちにみつかると面倒だ。

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雪をかぶったテントを撤収し、キャンプ場を出る。


ブレイズダルスヴィークは、デューピボーグルと似たような感じの小さな港町だ。
そもそも、アイスランドの小さな町の構成はどこも大体同じ。
食料品の店が1軒、ガソリンスタンドが1軒、宿が1軒、そして必ずスイミングプールの立派な建物が1つ。

ここでもやはり町に1軒しか無さそうな商店は、朝11時からの開店らしい。
ガソスタにも行ってみたが、そこの店も同じく11時。
まだ8時前…まだまだ時間がある。
出発してしまおうかとも思ったが、せっかくの町だ。
食料もそんなに残っていないし、やはり店の開店を待ってから出よう。

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白い…。
すっかり冬の風景になってしまった。

ここでこんなに降ったのであれば、山越えルートは今頃どうなっているのだろう。
迂回ルートを選んで正解だったと確信する。

はぁ…寒い。

日本にいる友人ヨッシーにメールで聞いてみたところ、
今日の予報は曇と雪、気温マイナス3度、風速10メートルだそうだ。
明日と明後日も、風が弱まる以外は似たような天気らしい。

今は早朝なので、ヴァレリオにメールで天気を聞いても返事はすぐには返ってこない。
その点、日本の時差はプラス9時間。
今頃は午後5時ぐらいだから、ヨッシーはパソコンの前に張り付いている可能性が高い。

そんな風に、時間帯によって天気予報を尋ねる相手を選ぶという知恵を身につけた。
さすが俺。これも生きるためだ。

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雪が降ってきた。
しかも、軽い吹雪だ。

夜明けまではまったくの無風だったのに、また風が吹いてきた。
一日中外にいると、風の変化に敏感にならざるをえない。

とても寒い。
人がいない小屋の軒先を借りて、雪をしのぐ。
店の開店待ち。吹雪の止み待ち。旅は、待つことに尽きる。

金が豊富にあるのなら、この町にもホテルぐらいはある。
そこに泊まってゆっくりと天気の回復を待てばいい。
でも俺の場合、いかに金をかけずに待つかが勝負なのだ。
活路はいずれ開ける。

狭い軒先で吹雪に耐えるのにも飽きてきたし、何より寒い。
温かいインスタントヌードルを作りたいが、水は夜中に全部使ってしまった。
よし、それなら。

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その辺の雪をかき集めて、カップに詰め込んで溶かす。
すぐに溶けて少量の水になるので、さらに雪を追加。
それを何度か繰り返す。

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15分後。ヌードル完成!
こんな時、あったかい食べ物は何よりも嬉しい。
ハプンでガスボンベを見つけられたのは本当にラッキーだった。

町の目抜き通りに面した他人の小屋の軒先で怪しくヌードルを食い終わると、やっと11時。

店に行ってみたら、開いてない。
それどころか、開ける準備すらしていない。

おい…。

諦めてガソスタのほうに行ってみたら、こちらはちゃんと開いていた。
狭い店だがクッキーとビスケットさえ置いてあれば俺には充分だ。
あとできれば水も欲しかったのだが、どうやらこの店には、炭酸水しか置いてないらしい。

アイスランドには『ただの炭酸水』というものが、
ジュースやミネラルウォーターと同じような顔をして普通に売られているのだ。
知らない間はよくジュースと間違って買い、後で複雑な思いをしたものだ。

「普通の水が欲しいの?何か容器を持っているなら、水道水でよければ入れてあげるけど。」

アンジェラ・アキを金髪碧眼にしたような店の女性が、親切にもそう申し出てくれた。
ありがたく1.5リットル1本と500ミリリットル2本のペットボトルを差し出し、水を入れてもらう。

こうやっていつも2.5リットルの水を背負って町を出るのだが、
次の町に着く頃には、ほぼ確実に無くなってしまう。
だから途中で綺麗な川などの水源をみつけられるかどうかがとても重要なのだ。

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水と食料を入手できたので、ブレイズダルスヴィークともお別れ。
今日は11時過ぎというちょっと遅いスタートになる。

風はあいかわらず強いが、雪は少し弱まり、チラチラと舞い散る程度になっている。
宿に泊まらないのであれば、あの小さな町にもう1日滞在することはできない。居場所がないからな。
そうなるともう、町を出て進むしかない。
ともあれ、エギルスタズィールまではあと100キロを切っているハズだ。
今日はどこかで野宿して、明日にはたどり着けるだろう。

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天気はじょじょに回復傾向…なんだろうか?
いずれにせよ、北風が強くて一輪車にはほとんど乗れない。
今日も歩き旅になりそうだ。
それにしても、どうも身体がしんどくて、休憩ばかりしてしまう。

あぁそうか、昨日のハイパーモードのリバウンドだ。
ハイパーの残骸。残りカス。
調子がいいと、次がダメ。実にバランス良くできている。

さらにこのあたり、登り坂が多い。
海に面していたブレイズダルスヴィークから、だんだん標高が上がっていくのがわかる。

今までおおむね海岸線に沿って走ってきたリングロードの旅だが、
この辺からついに、海を離れて山岳地帯に向かって行くのだろう。
これからはアップダウンも増えるだろう。
気温も下がり、雪に降られることもあるかもしれない。
覚悟が必要だ。

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ものすごい北風が吹き抜ける。

坂の上から見ると、ここが谷になっているのがよくわかる。
谷に沿って川が流れ、さらに川が谷を広く深くし、いつしかそこに道ができたのだろう。
それはいいんだが、この風は、明らかに谷を通り道にしている。
東西を山に囲まれ、南北に伸びるこの谷。
ならばここを通る風は、北風か南風以外に無いんじゃなかろうか。

荒野の枯れたような色の草はすべて南向きにペッタリと倒れていて、
この北風が毎日のように吹きつけていることを物語っている。
まったくここは、風の道なのだ。

進まない。100メートル歩いては休憩したくなる。

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羊の群れだ。
馬はやたらとよく見かけるが、羊は意外と珍しい。牛はもっと珍しい。

馬は俺とユニサイクルをジーッと凝視する。
羊は前を通るだけでサーッと逃げる。

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16時。
とある農家を境に、道がまたしてもダートになった。
そしてその農家から犬が走り出てきた。
アイスランド犬だろうか?よくわからないのでアイスランド犬ということにしておく。
疲れた俺を少し和ませてくれたので、お礼に貴重なビスケットを半分やる。破格の待遇だぞ!

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17時半。
今度のダートはとても長い。
強風な上にダートが加わると、もうどうしようもない感じだ。

昨日、分岐点から安全のために迂回ルートを選んだわけだが、
もうそろそろ山越えルートと合流する地点のハズなのだ。
だが一向に合流地点にたどり着かない。
町を出てから、本当に歩き通しだ。もう飽きた。疲れた。
イライラする。楽しくない…。

そのうちなんだか、ダート路面が湿り気を帯びてきた。
空模様も怪しい。またしても雪がチラつき始めた。

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18時半。
どこか、とんでもないところに迷い込んだ感じだ。
空は厚い雲に覆われ、先も見通せない。寒い。

俺は今、外国にいる。
でも、焦りと不安ばかりだ。
家に帰って旅日記を書き終えて、そこでやっと俺はホッとするのだろう。
今はただ、焦りと不安だけ。

合流地点はまだか。
もう着いてもいいハズなんだが。

そう思っていたら。

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目前に、まさかの山!!

…山!?
そして、これから登り激しい登り!?
…峠越えかよ!!

しまった!!
ペラペラ地図では標高差なんかわからない。
平地が続いて、やがて山越えルートと合流するものだと思い込んでいた。
でも違ったんだ。
この峠の頂上、もしくは越えたところで合流してるんだ。

この山を乗り越えないと、エギルスタズィールに行けない!!

でも時間は…もう19時。あと2時間で暗くなる。

どうする。

この時間で、この天候で、これから峠越えに挑むのか。挑まないのか。

決めなければ。