与那国島で何が起こったか

90分と思い込んでいたが、違った。
石垣島発の飛行機は、なんと30分で与那国島に到着するのである。
早すぎる。
そりゃあ誰もワールドゲロな船に乗らなくなるわけだ。
 
来たな。与那国島。日本最西端の島。
この周囲25kmほどの島を一周すれば、今回の旅も終わる。
 
小さな空港の前で、ついにやって来た記念の写真を撮ったら、荷物を背負ってすぐに走り出す。
高揚感。
 
今回の日本縦断の旅は、俺にとってはおさらいのような感覚があった。
北海道から沖縄まで、どこを走っても、一度は来た、確かに見たことがある光景。
だが、ここだけは違う。
この最後の与那国島にだけは、初めてやって来たのだ。
 
なにもない、なんでもない坂の途中で何度も写真を撮る。
最後のこの島では、写真を撮りたいと思った時には遠慮なくじっくりと撮ることにする!
 
島の北にある空港から東に30分も走ると、祖納(そない)という集落に入る。
与那国島に3つある集落のうちで最も大きな、島の中心だ。
ここでまずは食料を確保しておいたほうがいいな、とは思うのだが、
島を一周するべく海沿いを走っていたら、ルートは自然に町を外れてしまった。
 
まぁいいか。狭い島だから、飢えるということはあるまい。
よってあまり気にせず、祖納港やナンタ浜という浜辺、そして広大な墓地群の中をひたすらゆく。
天気は曇り空で快晴にはほど遠い。
それでも与那国の海は薄く透明な緑色に輝き、とても美しい。
 
しかし、いかに沖縄風の亀甲墓とはいえ、
墓がこれだけ一斉に並ばれたところを延々と走っているとさすがに気が滅入るな。
このへんまで来てようやく、最果ての島に来た興奮も落ち着いてきた。
 
さすがは断崖絶壁に囲まれた島、海沿いのなのにアップダウンも多い。
こうなったらもう、いつもどおりにゆっくり行くとしよう。
どう考えても1日で一周できる距離なんだしな。
 
祖納の集落からさらに東に進んでいくと、やがて巨大な2本の風車が見えてくる。
島の東端、東崎(あがりざき)にある風力発電用の風車だ。
 
この場所は急峻な崖の上にあり、海風がものすごく強い。風力発電にはうってつけだろう。
そしてこのあたりは与那国原産であるヨナグニウマの放牧場になっていて、
道路といい草原といい、ところかまわず普通に馬が歩き回っているのだ。
それはいいんだが、道も道端も、すべてが馬糞だらけなのはちょっと困る。
 
しかし、東崎から見る海の眺めはやはり素晴らしい。
風車から岬に向かって一輪車で走る写真はぜひ欲しいよな!と思って、まずは場所さがし。
風がかなり強いので、普通の場所では三脚が倒れる。
かといって良さげな地面にはすでに馬糞が。
 
悩んだ末、とある石組みの壁のようなところに三脚を設置しようと考える。
ここならなんとか風も…、あ。
 
特製三脚の、スマートフォンをゴムで挟み込む部分から、スマートフォンが落ちた。
その斜め下あたりには、石組みの玄関の役目をしている直径10センチぐらいの鉄の円柱が立っていて、
長さ1.5mほどの細長い円柱の中には、なぜかたっぷりと雨水が溜まっている。
そして、落ちたスマートフォンは、奇跡のような正確さで、その円柱の内部にハマった。
 
 
脊髄反射で掴み取り、スマホが円柱の奥深くに沈み込むことは免れた。
でもこれ、水没…。
 
携帯を水に落としたら、まずは電池を外して、完全に乾くまで絶対に電源を入れない。
これは鉄則である。
 
鉄則ではあるが、実際に実行できる人は少ないのではないだろうか。
特に今の俺は、どうしても携帯が、カメラが必要な状況なのである。
水没は一瞬だったし、なんとかなるかもと、やはり携帯をいじってしまう。
 
よし、スマホはとりあえず動くし、操作もできる。
しかし、ボタン類が反応しない。
あとしばらく、数時間、カメラだけでも使えれば、もうそれで充分なのに。
 
ああ、とんでもないことになった。
ここでスマホが壊れれば、旅の最後の最後で写真が撮れなくなってしまう。
まさかの油断、というにもほどがある。あまりにもアホすぎる。
だが、嘆いていてもしょうがない。
重要なのは、これからどうするかだ。
 
ダメなこととは思いつつ何度か電源のオンオフを繰り返すが、調子はよくならない。
むしろじわじわと悪化し、ついには画面が真っ暗になってしまった。
やはり内部が乾燥する前にいじってはいけなかったのだろう。
携帯はもう使用不可かもしれない。
 
もう旅も終わりだ。旅日記を書くのは後からでもいい。
ここは絶海の孤島ではあるが、日本国内。
たとえ電話やネットが使えなくてもなんとでもなる。圏外だと思えばいい。
最大の問題は、写真だ。
せっかくの日本最西端、長い日本縦断の最後、写真だけはどうしても欲しい。
 
とりあえず風の強い東崎にずっといてもしょうがない。時間ばかりがたつ。
そのままとりあえず一周を進めることにし、携帯をいじりながら、ちょっとずつ進む。
 
しかし、やはり気が焦っていたのだろう。
どうやら道を間違えたようだ。
島の一周ルートから外れ、内陸に向かう道に入ってしまったらしい。
 
おかしいとは思ったが、ここは小さな島だ。道を歩いていて遭難することはない。
構わず進んでいたら、やがて町が見えてきた。
おや、そこそこ大きい。共同売店ぐらいはありそうな規模だ。
ここならなんとか現状を立て直せるかもしれない。
 
急いで町に入ってみたら、なんとここ、祖納の集落だった。
戻ってきたのか!
どうしたわけか、東崎から内陸を通って、空港に近い祖納までグルッと回ってしまったらしい。
なんということだ。やはり気が動転しているな。
しかし、これはいい機会だ。島で最大の集落に戻ってこられたのだから。
ここなら使い捨てカメラぐらいはあるかもしれない。
 
まずは、店を探してみる。
雑貨屋みたいな店で聞いてみると、近くに電気屋があるからそこで聞いてみたら、とのこと。
確かに電気屋はあった。
しかし営業しているのかしていないのかわからないぐらいのレベルだ。
奥からお婆さんが出てきてくれたので用件を伝えると、
なんと、使い捨てカメラが置いてある!
なんとも古い感じでこれが食い物なら絶対に食わないオーラを纏っているが、それでもカメラだ。
水没して使用不能な最先端のスマートフォンより、今はよほど頼りになる。
27枚撮りを2つ買い、礼を言って店を出る。
 
よかった、これでなんとかなりそうだ。
少なくとも、最後の最後だけ写真がないという最悪な旅日記にはならないだろう。
写真がなくて文章ばっかりなんてのは、あの携帯を盗まれたパプアニューギニア日記だけで充分だ。
本当にもう充分なのだ。
 
電気屋を出て、さぁ気を取り直して再出発というところで、
「あ、チャリダーだ!」
という女性の声が聞こえた。
 
少し向こうに、男女のバックパッカーらしき2人組がいる。
今どき、こんな季節に、バックパッカーとは。珍しい。
人のことは言えないが。
 
「チャリダーじゃないよー。」
 
などと抗議しつつ、俺は2人のところへと歩く。