6月30日#3 長い一日 後

 
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そろそろ、やっと、頂上か!?
ようやくたどり着いた峠のてっぺんには果物屋があって、そこの人々は俺を見て驚いた顔をしたあと、
 
「モンタ!」
 
と言うのであった。
登頂の喜びも消えうせる…。
 
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さーて、ともかく峠の最高点は越えたようだ。
2時間かかった。
え、たった2時間?急いで来たとはいえ、思ったよりも短い。
その3倍ぐらいは延々と上っていたような気がするのだが。
久々の峠はそれぐらいキツかったということか。
 
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ちょっと上り坂が復活したりもするが、基本的に標高は下がっているようだ。
これはもう難所が終わったことを意味している。
サンティアゴはカリブ海に面しているから、相当上ってきたここからは急速に下っていくはずだ。
あー疲れた。
ちょっと去年の箱根を思い出したぜ。
 
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80キロ。
ようやく一息。
 
そう、一部のアホだけを見て、その国の人間性を判断してしまったとしたら、そんな残念なことはない。
単独でゆっくりと進む俺の旅のスタイルはわりと多くのアホに遭遇してしまうが、
それでもどんなところに行ってもきっちりと確実に、光り輝くものを見つけてきたではないか。

そう考えると、ものの見方も変わってくる。
俺の語学力ではモンタしか理解できなかっただけで、
他にも色々と言っていた内容のすべてが、俺をいらつかせるものばかりだったとも思えない。
きっと純粋に応援してくれたものもあったのだと思う。
 
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さすが下りだ。異様に速い。
もういつ日が暮れてもおかしくない雰囲気なので、ガリガリ走れるのはありがたい。
キューバに来て初めてついにブレーキを使うような斜度にもでくわした。
飾りで終わらなくてよかった。
 
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お、遠くに街らしきものが。
あれは何だろう、パルマ・ソリアノか?それともゴールのサンティアゴ・デ・クーバか?
いずれにせよ、一気にずいぶんと標高を下げたものだ。
 
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坂を下り切ると、そこは思ったとおりの町。
そうか、峠の終点がパルマ・ソリアノだったのか。
急がないともう夜になる。
意味不明に住民たちが歩き回っているが、この勢いで気にせず突き抜けるぜ!
 
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音に振り向くと、背後から馬車が。
これはよくあるケース。
馬に轢かれるのもシャレにならんので、毎回ちょっと緊張する瞬間である。
ここは一旦下りて安全にスルーしてもらおう。
それにしても、つい最近だった気がするカマグエイすら遥か後方だ。
結構走ってきたもんだな。
 
道はやがて、パルマ・ソリアノの市街に入る。
この町で飲み物と食料を買えれば、あとはサンティアゴまでなんとかなるだろう。
ガソリンスタンドでコーラ3本と、キューバでは珍しい板チョコ2枚を入手。
なんだけど…、なんだかワラワラと人が集まってくるぞ!?
 
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英語がちょっと喋れるおっちゃんや、妙に陽気でフレンドリーな店員、合気道を習ってるという親父、
そしてなに言ってるかさっぱりだが一番しゃべるのは左端の親父。
なんなんだこの状態。
 
ガソスタの店員が妙に陽気に話しかけてくるから変わったところだなぁと思っていたが、
外に出たら人に囲まれ、質問攻めにあい、ついには記念撮影へとなだれこんだわけだ。
このハイテンション、キューバではこれまでちょっと無かったシチュエーションである。
 
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さらには、イタリア人旅行者カップルまで。
キューバで初めて外国人旅行者に出会ってしまった。
そう伝えると、彼らもそうだって。
やはりこのシーズンのバックパッカーは少ないんだな。
 
このカップル、最初はキューバをレンタルバイクで回るつもりだったが、なぜか結局バスの旅になったそうだ。
スペイン語を流暢に喋ってキューバ人と交流しているのが羨ましい。
これは想像だが、イタリアとスペインは隣どうしだからお互いの言語もそれなりに話せるのだろう。
 
とにかく人がたくさん集まり過ぎてしまい、ゆっくり休憩もできやしない。
撮影や試乗会、デモ走行などを一通り終え、いい加減に出発しようと思ったらもう暗いよ!
みんなに笑顔で見送られつつ、ライトを照らして勇ましく発進!
 
しかしパルマ・ソリアノ、おそるべし。
なんだか知らんが、そこからの町中を伸びる道がずーーーっと上り坂だった!
だがカッコよく走り出した手前、途中で降りるわけにもいかず、
勢いと気合いを振り絞って長ーーーい坂を連続で上りきる。
やったぜ!
でもこれは効いた!
涼しい夜なのにもう汗だくだ。
 
あのさっきの、何を言ってるのかよくわからなかった陽気な親父、
でも「こんな時間にサンティアゴまで行くのか!?」なんて心配してくれてたっぽい親父、
その彼が、後ろから俺をクルマで追い抜きがてら、
 
「アミーゴ!!」
 
って大きな声をかけてくれたのは嬉しかったなぁ。
キューバに来て以来、心のこもった意味合いでアミーゴと呼ばれたのはこれが初めてな気がする。
 
予期せぬいい思い出ができたパルマ・ソリアノ。
さあ、汗もひいてきたし、出るか!
というところで、俺がスマホをしまうのを待ち構えていたように、今度はバイクの男二人が声をかけてきた。
相手が忙しそうなので、ちゃんと待つ。
この辺がいかにもキューバ人っぽい。
意外と空気を読むんですよ彼ら。
そんな彼らが熱く語ってくれるのだ。
 
「この道を行くなら、まっすぐだ、ずっとまっすぐだ、右にも左にも曲がるな、ずっと下り道だ、
 まっすぐだ、まっすぐ行けば、サンティアゴだ!!」
 
という同じ話を48回ぐらい聞かされたので、わからない単語も多かったがさすがに俺でも理解した。
 
なんでこの町はこんなにも情熱的なんだろう。
他でもそうならこれがキューバのお国柄だと考えるところだが、
なぜかこの町だけが突出してハイテンションなのが不思議でしょうがない。
特に祭りというわけでもない、いつもの夜なのにな。
 
でもこんな町なら泊まってもおもしろかったかもしれない。
出会ったおっちゃんたちの誰かに聞けば、即座にいいカサを紹介してくれたはずだ。
だが、ここまで来たら俺は行くよ!
まっすぐだ!
 
楽しかった町を出て、すっかり夜になった暗い道のりをさらに進む。
まだ93キロだが…、高揚感が落ち着いて正気に戻ると、あぁ疲れをドッと感じる。
昼は暑かったし、峠はキツかったし、パルマ・ソリアノの坂のぼりで残りの脚力を強烈に消耗したし、
とにかくたくさん怒ったし、笑った。
忙しい一日だった…。

まだサンティアゴまで40キロもあるからナイトランでもう少し進むつもりだったが、
ああもうこのへんで適当に寝てしまうかもしれない。
よし、手近な草むらでとりあえず休もう。
動悸がなかなかおさまらない。
緩やかな下り坂をオーバーペースで走り続けたせいか。
見上げれば、今夜は月明かりが凄く明るく、涼しい。
ナイトランには最適な環境なのだが。

呼吸が落ち着くまでと草むらに座り込んで休憩していたら、なんと誰かが寄ってきた。
この暗い中、月明かりだけで草むらに潜む俺によく気がついたものだ。
また怒られて追い出されるのか…?
そう思って緊張していたら、相手はどうも若いカップルらしい。
何かを一生懸命訴えている。
よくよく聞いてみると、
 
「こんな時間にウロウロしてると悪い連中にモノを盗まれるぞ!」
 
とのこと。そうかなあ?
キューバの田舎ではさほど危険を感じないのだが、地元の人間がそういうのならそうなのかもしれない。
でもじゃあ、どうすりゃいいの?
走るのがダメならテントは持ってるし、というと、こんなところで寝てたら危ない!とまたしても注意される。
うーん、ますますどうすれば。
 
「近くに僕の家がある。」
 
ほーう、でも外国人は一般庶民宅に泊まっちゃダメなんだよ。
気楽な俺はともかく、相手に迷惑をかけてまで泊めてもらうわけにはいかない。
 
相手は警察じゃないし、行けるよ!と言って強硬に出発できなくはないが、
彼らが親切で心配してくれてる風なのが気になるところだ。
そこでふと妙案を思いついた。
 
「じゃあ、君んちの庭でテントを張らせてもらえないか?」
 
なんと即座にオッケー。
本当にすぐ近くにあった彼の家に連れて行かれ、8人ぐらいの大家族に紹介され、
さっそく庭にテントを張らせてもらう。
 
彼、ジュリエールはこれからどこかに躍りに行くそうだ。
きっと彼女と一緒に遊びに行く途中だったのだろう。
俺も誘ってくれたがデートのジャマをする気はないので、この庭でゆっくり寝かせていただこう。
テントに潜り込み、さぁ休むかと思えば、今度は家のお母さんらしき人から声がかかった。
 
「お腹すいてない?」
 
あ、ああ。
正直どっちでもいい感じだが、社交儀礼的に一応ちょっと空いてると言うと、なんとご馳走してくれるとのこと。
おぉ、キューバの家庭料理を食べられるのか…。
準備ができるまでの間、遠慮して家の玄関前にて、お婆さんとまるで通じない会話をして過ごす。
そして飯ができると、おそるべきことに、俺は家の中に招き入れられるのだ。
 
信じられるか?
普通の外国人旅行者が決して入れない一般キューバ人宅で、飯をご馳走になる!
水も出してくれたが、ここは飲む。
下痢?知ったことか。
 
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これぞキューバの家庭料理。
オルギンの屋台でも食べた、いわゆる『赤飯チャーシュー』だ。
ガイドブックによれば、黒豆と脂を一緒に炊いたものをモロといい、豆が小豆になるとコングリと言うそうな。
これがモロなのかコングリなのかはよくわからんが、塩味が効いていておいしい。

そして俺が食卓で夕飯をいただいている間、リビングでは家族会議が行われていたようだ。
その結果、なんと、あなた、
 
「庭はやめてウチで寝なさいよ。」
 
という申し出が!
ま、まじで?それは、禁断の!!
色々と言いたいことはあるが、コトバの問題もあって難しい。
せっかくの厚意を断るのも気が引けるけど、それより俺が屋内に泊まることの問題が…。
 
なんて考えている間に、家族はもうその気になってしまったようだ。
母屋の隣にある離れらしき建物に案内され、空いているベッドを俺のためにしつらえてくれる。
この家は造りからしてどうやら倉庫だか家畜小屋だかを改築して若夫婦の住居にしたものらしい。
そして俺は、その若夫婦のベッドの横にある空きベッド、もしくは夫婦どちらかのベッドをあてがわれたようだ。
わざわざ俺に向けて扇風機もつけてくれて…とにかくここで寝させてもらうことになってしまった。
 
なんという展開だろう。
ここまではさすがに予想していなかった。
まさか、このキューバで普通の家に泊めてもらうことがあろうとは。
信じられない。ありがたいにもほどがある。
だってここは社会主義国家で、外国人を泊めてはいけないという決まりがあるのだ。
そのルールを破ったことがバレたらどうなるのか、俺には予想もつかない。
それなのに、見ず知らずの俺を泊めてくれるなんて。
 
家族の写真も撮ったが、万一迷惑がかかってはいけないのでこれは載せられない。
代わりと言ってはなんだが、トイレを借して欲しいと頼むとまた別の暗い小屋に案内され、
そこには石で作った円筒形の便器が鎮座していた。
い、石製!?
ちゃんとドーナツ型をした便座の座り心地はひたすらヒンヤリとしていて小屋の中はひたすら暗く、
この真下にはなぜか無限の宇宙が広がっているような気分になる。
 
離れに戻ると、夫婦はもう寝ているようだ。
よし、俺もとにかく寝よう。
怒涛の展開ではあったが、今日はとにかく疲れているのですぐ眠れそうだ。
疲れは可能な限り回復させねばならない。
 
長い一日が、ようやく終わろうとしている。
峠を越え、93キロ走り、怒って笑って感謝して。
今、言いたいことは1つだ。
 
見ろ!見たか!
これが、キューバ人だ!!