5月28日 雨とナマズ

 
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昨夜は少し雨が降ったようだ。
でもちょっとぐらいなら大丈夫。
雨が降らなくてもテントの中はどうせ湿ってるから。
 
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本日最初のプラスキーの町にはウォルマートがあったので、さっそく水と食料を買う。
スナックに飽き気味な時にはオレンジなどの生鮮食品が嬉しい。
ところで、むこうのアレなに?
 
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おおっこれは、馬専用の駐車場!
いや、駐馬場?シンプルに馬場?
とにかく、HORSES ONLY と書いてある。
 
なんでここのウォルマートに限ってこんなモノがあるのか。
俺はピンと来たね。
ここには、アーミッシュの馬車が停まるのだろう。
 
一昨日泊めてもらったベリー宅で、このあたりにはアーミッシュの人々が暮らしていると聞いていたのだ。
アーミッシュというのは俺も詳しくは知らないが、
一種の宗教上の戒律を厳格に守って、電気もクルマも使わない生活をしている人々だ。
俺も会う機会があるかなーなんて思ってはいるが、
集落は広い道から遠く離れたところにあり、地元民でもそうそう出会うことはないらしい。
そんな彼らの移動手段はもっぱら馬車だ。
電気やクルマは使わない彼らも、たまにはウォルマートなんかで買い物もするんだろうな。
 
買い物をするための現金を得るべく、彼らは町まで馬車で特産品を売りに来る。
彼らが作る農作物は農薬などを使わないので高値で売れるそうだ。
キルトや家具作りも上手で、ベリー家の大きな食卓はアーミッシュ作のものだった。
 
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この机だ。
彼らの家作りはおもしろい、村人総出で立派な家を一気に建ててしまうんだ、とベリーは言っていた。
かつては世界中でそんな風に共同体の仕事として家を建てたんだろうけどな。
 
さて、ウォルマートの横にホームデポがあったので、近くまで接近する。
ホームデポはアメリカのデカいホームセンターで、ここは無料WIFIを飛ばしていることを俺は知っているのだ。
この店の前ではジャックという人懐こい男と話す。
なんだかひたすら陽気で楽しそうに話しかけてくる彼。
何も世話になったわけではないが、お礼がわりに使っている名刺を思わず渡してしまった。
なんせ最初の一声が、
 
「ヘイ、自転車のタイヤを1つ無くしたのかい?」
 
だったからな。
うーむ、これがあのアメリカンジョークというヤツなのだろうか。
 
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州道64号線の旅も、もう何日目になるだろう。
とにかく道が良いのがありがたい。
テネシー州の64号線が俺にとってアメリカに来てからもっとも走りやすい道なのは間違いない。
 
だが、この道とももうじきお別れだ。
フロリダに行くためには、途中から南下してアラバマ州に入らないといけないからな。
 
峠越えの途中では、クルマに乗った2人組のおじさまから声がかかる。
これまたどうしても走っているところを撮りたいそうで、俺が走る様子を高そうなカメラで撮影しておられたよ。
そしてこれまたお金を渡そうとしてくれるのだが、相手の気持ちを考えても、金はやっぱりもらえない。
 
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何もない道の途中に、ポツンとマーケットがある。
 
アメリカの郊外では店とガソリンスタンドは合体しているのが当たり前なのに、
ここは珍しく給油施設のないただの店だ。
しかし残念ながら、水と食料はさっきウォルマートで買ったばかりなのでここには用がない。
スルーしまーす。
 
…ってところで、いきなり雨が降ってきた。
急に降ってきた上に雨脚が強い。
おいおい、これは夕立と言うより、スコールか?だんだん南国っぽくなってきたじゃないか。
こうなると、さっきのマーケットに引き返すしかない!
 
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完全に濡れる前にギリギリセーフ。
雨に降られたのがこの店の近くで助かった。しばらく雨宿りさせてもらおう。 
俺のほかにもバイクが何台か避難してきている。
そこで、どこからかフラッと現れた太ったおじさんが一言。 
 
「おやおや、今日はモーターショーかい?」
 
ああ、これもアメリカンジョークか。
まぁちょっとおもしろいけど。
 
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外のバルコニーで待機していたが、雨は止みそうもないので入店。
コーヒーと、店の手作りらしいチョコケーキをもらう。
アメリカのハンドメイド・チョコケーキ。
すさまじく甘いけど、おいしい。
運動してない時ならちょっと食えないほどのこの甘さを日常的に摂取するアメリカ人。
そりゃ色々違うわ。
 
先ほどのジョークおじさんは俺の隣に座り、特製らしき大盛りランチを食べている。
なんにも注文してないのにランチが出てきたので店の関係者かオーナーなのかもしれない。
彼はヒマなのか、しきりに俺に話しかけてくれるのだが、ほとんど何を言っているのか理解できない。
これが本当に英語なのか?
ちゃんと聞き取れたのが最初のモーターショーのジョークだけだなんてあんまりだ。
メンフィス以来、ずっとこんな調子。 
 
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チョコケーキも食べてしまったので、また外に出る。
ところで、なんとなく目に付いて買ってしまったこのドリンク。
チョコレートミルク!
またチョコかよ!
しかし、これがまた濃厚でうまいのだった。
 
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雨はまだ降っているものの、だんだん弱まってきているようだ。
このまま出発できないということはないだろう。
この程度の雨なら、たまには雨宿りで休憩というのもいい。
 
このバルコニーにはコンセントがあるので、
店の女性に声をかけて、スマホの充電をさせてもらえないか頼んでみた。
 
「いいけど、あれ、使えるかどうかわからないわよぉー。」
 
そんな感じでアンニュイに答えてくれた女性。
西部劇に出てくる場末のバーにでもいそうな感じのくだけた人だ。
とりあえず、コンセントは無事に使えた。
 
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俺が外に出てしばらくすると、同じく出てきたアメリカンジョークおじさん。
よっぽどヒマなのだろうか。
店の隣の家から出てきた子どもとそのお母さんを捕まえて、なぜか写真を撮ることに。
 
そしてこのおじさん、おもむろに携帯を取り出して、どこかに電話を始める。
どうやら俺のことを語っているようだ。
ヤバい、これがまた新聞とかテレビだったらまた面倒な取材を受けるハメになる。
雨も止んできたようだし、そろそろ出るかな。
 
駐車場がジャリだったので普通なら一輪車に乗ったりはしない状況だが、
なんせ皆様が注目しているので仕方がない。
止まっているピックアップトラックの荷台に捕まってスタート。2回目に成功。
さらばだ!
 
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さっきのは通り雨だったのか、スッキリとやんでくれた。
道は早くも乾き始め、一旦は涼しくなった気温はあっさりと蒸し暑さを取り戻しつつある。
よし、再出発だ。
 
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路肩での休憩にともなう毎回の動作、『重いザックを背負う』を試しに撮影してみたらこうなっていた。
我ながら、とても重そうである。
計ってないけど水があるから20キロぐらいか。
 
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前方にハイウェイ64号線と交差するフリーウェイが見えてきた。
それと同時に、また明らかに怪しい黒雲が接近中。
 
今降られてもガソスタや高架下に逃げ込めるが、ここを通り過ぎればしばらく町はない。
うーん、どうしたもんか。
いつでも逃げ込めるようガソスタの近くで待機していたら、目の前にあるレストランから女性が出てきて、
どうやら俺を呼んでいるようだ。
ん?ここで休んで行けということか?
 
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そして、レストラン入口の屋根がある場所で休ませてもらう。
案の定またしても雨が降ってきた。
これは厚意に甘えてしばらく雨宿りをさせてもらうしかない。
このレストランもキャットフィッシュ(ナマズ)料理が名物らしいな。
 
店の人であるらしい女性は俺と少し話して、店内に入っていった。
英語があまり通じないからつまらなかったかな…?と思っていたが、
 
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しばらくして水を持って戻ってきた。
客でもないのにどうもありがとう!
 
しかしかなわんのは、ふたたび降り始めたこの雨。
やまないなぁ。
うーん、店先でずっと休んでいるのもなんだか気が引ける。
キャットフィッシュか…。
ひょっとして、今なのか。今がその時なのか。
 
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やまない雨に耐えかねて、ついに入店!
この際だから記念にナマズを食ってやるぜ!
 
それはいいんだが、アメリカで単独でレストランに入るのはこれが初めてだ。
どうすればいんだろうな。
とりあえず、まずはコーヒーとサラダから。
なぜかスナックがオマケで付いてくるのだが、俺がよほど貧乏か食料不足に見えたのか、
さっきのオーナーっぽい女性がいくらでも持って行きなさいと言ってどんどんくれたりする。
 
メニューを見ながらでも注文が難しく、さっきからウェイトレスのお姉さんに頼りっぱなしだ。
キャットフィッシュ料理にも焼くのと揚げるのがあるらしく、どちらがいいかと聞いてくる。
そこで俺。
 
「あなたはどっちが好きなの?」
 
「私はフライのほうがおいしいと思うわ。」
 
「じゃあそれにするよ。」
 
ヒィイ!なんてクールな!
ひょっとして俺もアメリカに2ヶ月ぐらいいてだんだんクールガイになってきたんじゃないのか?
会話は全然続かないけどな。
 
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そしてついに出た、キャットフィッシュ!
付け合せにライスを選択できたのが嬉しい。
 
肝心の味のほうは、淡白な白身魚で普通にうまい。
心配していた泥臭さも特に感じない。
フライだから油と香辛料の味がメインで、ナマズの味というのは正直よくわからないぐらいだ。
へー、ナマズ料理ってこんな当たり障りのない味だったんだな。
これはグルメとしてはどうか知らないが、食料としてならばまったく問題なくイケるレベルだ。
 
ここの料理長っぽいイカつい男性とも話したところ、
彼はかつて海軍(ネイビー)にいて、1978年にヨコハマにいたことがあるそうだ。
なかなかいい話が聞けたよ。
さて、おいしくナマズを食べ終えた。
コーヒーをゆっくりと飲み終えたら、あとは問題のアレ、チップだ。
 
チップは担当してくれたウェイターに直接払うものだと聞いた。
しかし今回、なんと担当の女性が途中で変わってしまったのだ。
シフトが変わったのかなんなのか知らないが、初心者にいきなりそういうのは勘弁してくれ。
仕方ないので新しい担当の女性を呼び、正直によくわからないと告白して、
チップの払い方を丁寧に教えてもらう。
 
なるほど、クレジット払いだとサインを書くレシートの下にチップの値段を書き込めばいいんだな。
そこで彼女にチップの額はどれぐらいが相場なのかと聞いてみると、
 
「気持ちでいいのよ。」
 
としか言ってくれない。そりゃ誠実な人ならそうとしか言わないだろうな。
料金の15から20パーセントが相場らしいというのはなんとなく知っていたので、
今回の場合は合計16ドルだから2、3ドルぐらいが適当だろうか。
でも優しく丁寧に教えてくれたから、授業料として4ドルと書き込んでみた。
 
ほう、チップはこうやって払うのか。
わかれば簡単な話ではある。
 
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参考までに、レシート。
Gratuity(チップ)の欄に何も書かれていないが、クレジットでサインしたところに直接書き込んだせいかな。
いずれにせよチップはウェイターに払うものなので、店側からしたら額なんでどうでもよいのだろう。
 
親切にしてくれた人の店で気になっていた料理を食べ、チップの払い方も教えてもらう。
活きた金の使い方をできたと思う。
どうもありがとう!
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いい気分でレストランを出てきたのに、なんと出た直後に雨。
おいおいおいおい。
 
しかしここでまた引き返すというのもあまりにカッコ悪い。
えーいもうこのまま行くぜ。
ズブ濡れになる前に路肩で急いでザックから折りたたみ傘を引っ張り出し、
カッパを着込み、ザックにレインカバーをかぶせる。
ここまでの完全装備になるのはこの旅で初めてだ。
 
カッパ+傘の状態になると危ないのでもう一輪車には乗れないが、
ここまでやってしまえば、靴と手以外はもうひどく濡れることはない。
思えば日本縦断の時などはよく雨に降られたからしょっちゅうこのスタイルになっていたハズだ。
道も良く、水と食料もあり、体調も悪くない。
条件さえ揃っていれば、ペースが極端に落ちてもいいなら、雨の中でも進めなくはないのだ。
 
あたりはだんだん暗くなってくる。
今度の雨はこれまでと違い、やむ気配がまるでない。
スコールでも通り雨でもなく、正真正銘の長びく雨の空気。
雨が降っていれば不思議とクルマから声をかけられることもない。
ドライバーもそれどころではないのだろう。
雨の中を歩いている人間なんてそりゃあ不審だしな。
 
歩いて少しずつでも進んでいるのはいいにせよ、問題は今日の寝床だ。
もうあと1時間以内にあたりは真っ暗になるだろう。
適当なところでテントを張って寝なければいけないが、
それでもできる限り安全で、雨に当たりにくい場所を選ぶ必要がある。
こういう時は歩くスピードの遅さ、しんどさ、景色の変わらなさに、つい焦りを感じてしまう。
しかしここでもっとも重要なのは、冷静さだ。
 
この状況で、色々と考える。
ある種の修行だ。案外、もっとも身になる時間なのかもしれない。
自分でなんとか、最善の道を選びぬくための練習。
このぐらいなら、まだいくらでも、なんとかしてみせる。
 
慎重にあたりを見据えながら歩き続けていると、小さな集落で、思わぬモノをみつけた。
 
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墓地だ。
 
墓地の中心の小高い部分に、あずま屋がしつらえてある。
内部は広い。これなら雨がしのげる。
誰かにみつかれば怒られたり通報されたりするかもしれないが、
この状況ではこれ以上の寝床はもう見つけられないだろう。
思い切ってここでテントを張らせていただこう。
 
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墓地をいい寝床と言っていいのかどうかわからないが、とにかくこの屋根のおかげで救われた。
 
墓地は墓地でも日本の墓地ならさすがに寝なかったかもしれない。
でもアメリカの墓地はなんだかカラフルな飾りがあったりして、さほど怖さを感じない。
個人的に洋風の墓を見て自動的に思い出してしまうような怖い話があまりないせいかもしれない。
いずれにせよ、今夜はもうここから動く気にはならない。
 
今日は44キロ進んだ。
雨宿りが多かったせいかあまり進まなかったが、次のファイエットビルの町はすぐ近くだ。
明日にはアラバマ州に入れそうな気がする。
 
これまでアメリカを旅していて、路肩に公共の東屋なんてほとんど見かけたことがなかった。
寝床を探して周囲をよく見ていたとはいえ、これはやはり珍しいことだろう。
今日ちょっとわかった。
俺は旅をする時、ふと神がかるような瞬間があるのだ。
それが好きなのだ。