6月7日 アメリカン・ダディ
よーーーく寝た。
他人の家で昼前にノソノソと起き出す。
熱はもう下がっているように思うが、完全復活!!と吼えられそうなほどではない。
こういうのも困るんだよなぁ。
昼食っぽい時間帯の朝食はフィルが作ってくれた。
パンとベーコンとジャム。うむ、正しくアメリカンだ。
俺は和食は好きだが洋食も嫌いではない。
平たく言えばどっちでもよい。
こだわりは少ないほうがラクでよいと思う。
おいしい日本茶をいただきつつ。
一見湯呑みっぽいけどラーメン柄で取っ手がついているところがポイント。
さて、本日だが。
これといって予定はない。
昨夜の段階でまだ本調子ではないことがフィルとサチコさんにバレてしまっているので出発もできない。
今日はサチコさんとのんびりお茶を飲んで過ごすことになりそうだ。
彼女愛用のミシン。
こうしていろいろ縫ったり繕ったりするものがあるので、毎日ヒマというわけではないらしい。
モノを大事にしている光景は不思議と和む。
アイスランドの家庭でセーターを編んでお小遣いを稼いでいたお婆さんを思い出す。
これがフィル宅。
趣のある重厚でお洒落な建物だ。
この家は知らないが、彼は建築家なので娘たちの家は自分で建てたようなことを言っていた。
テネシーで泊めてもらったベリーもそうだが、
こうしてなんでも自分で作ってしまうアメリカ親父のバイタリティはすごい。
バイタリティのある男。
実際これが、アメリカで求められる父親像なのかもしれないと思う。
なんでもできて頼りになる、優しくパワフルな大家族の長。
家族はそんな父親を望み、本人もそうであろうと努力する。
長年観察したわけでもないけど、どうもこの土地にはそういった空気があるように感じる。
おかげで子どもは成人しても親を尊敬しているし、孫たちも祖父母の言うことをよく聞く。
小学生から高校生ぐらいの孫たちはフィルとの会話にきちんとサーを付け、
そんな孫たちへの電話の最後には必ずアイラブユーと付ける祖父。
これぞ大黒柱の威厳というヤツか。
クルマに乗れる年齢になった孫には立派なピックアップトラックをポンとプレゼントするしな!
こうしたスーパーダディのイメージを維持するのはきっとラクではないのだろう、とも思う。
しかし、もしそのしんどさを生き甲斐ととらえられるなら、それ以上の人生もまたないのかもしれない。
サチコさんはフィル宅に同居ではなく、すぐ隣にあるキャンピングカーで一人暮らしをしている。
キャンピングカーといってもフィルがみつけてきて家屋用に内部を改修したというスグレモノで、
電気、トイレ、キッチン完備の快適な一人暮らしが可能だ。
いかにもアメリカらしい、大らかで合理的な2世帯関係である。
ここでいろいろと昔の話を聞かせてもらう。
東京大空襲のことや、亡くなった旦那さんとの出会いなど。
サチコさんは88歳だから、終戦時には19歳ぐらい。
現代の日本人には想像もつかないような激しい時代だった。
そこからさらに船で渡米し、この地でアメリカ人の妻として暮らしてきたのである。
長い旅だ。
ちょろっと一輪車を持って遊びにきた俺なんかとは重みが違う。
今夜はカレー!
しかも日本製のルーだ。これは嬉しい。
だが、今夜のカレーをもっとも喜んでいるのは、実はフィルであった。
彼は日本味のカレーが大好物らしく、文字どおりハイテンションで平らげては速攻でおかわりをしていた。
子どもか!
しかしそんな陽気な彼には糖尿の気があり、本当は体調に留意しなければいけない状態。
一見健康そうに見える奥さんのドッティも腰が悪いそうだ。
88歳のサチコさんに至っては万全ではないのは言うまでもない。
最初は元気そうに見えたこの家族も、みんな年齢なりに身体に不安がある。
どこの家族もそういったものなのだろうと思うが、中に入ってみなければわからないものだ。
俺はと言えば、能天気なことに体調は回復傾向だ。
明日こそ出られるかと思っていたのだが、なんとフィルに先行でサイクリングに誘われてしまった。
サチコさんはサチコさんで明日は焼飯を作ってくれると言うし、うーんこれはどちらも断りがたい。
とにかくこの家族はみんな、無口でボーッとしているだけの俺に、よくしてくれる。
もう一日ぐらいお世話になるのもいいかな…。