ケソとベソ
はい、この方こそ我らが英語の先生であらせられる、ミセス・ブラッドリー女史御年79歳。
ホンジュラス出身アメリカ在住歴50年以上、
英語、スペイン語、ドイツ語が話せてなぜかパソコン教室の先生までしているシニアセンターの女帝だ。
まだシニアじゃない俺もなかなかお世話になっている。
今日は本年度の英語クラスの最終日ということで、ちょっとしたパーティーが催されるのである。
シニアセンターの片隅でひっそりと運営されている格安英語クラスのいつもの面々。
いつもはもうちょっといるのだが、年末ともなると皆さん色々と用事があるようだ。
ひょっとしたらそれぞれ中南米にある自分の国に帰っているのかもしれない。
そうそう中南米といえば。
集合写真を撮る時に「チーズ」と声をかけるのは英語圏の風習で、
「チーーーズ」と発音すると自然に笑顔っぽくなるというのがその理由なのだが、
おそるべきことにこの人たち、写真を撮る時、
「ケソ!」
と叫んでおられた。
ケソって、チーズのスペイン語そのままやん!
しかも発音しても笑顔にならんし!!
とっさに俺はそう考え、むしろ爆笑してしまった。
ここでパーティーと言えば、みんなが持ち寄った料理の数々を賞味する食事会のことを指す。
スパニッシュ系の人々が作る料理は大抵うまい。
米や豆がベースで日本人の口にもよく合うのだと思う。
だから、肉の上にうっかりケーキが載せられてしまっても気にしない。
プエルトリコ人ルイザがわざわざ作ってくれた名札の日本語が微妙に間違っていても気にしない。
ちなみに今シーズン数回あったパーティーにおいて俺が作って持ってきたものはたしか、
おにぎり、みそ汁、おにぎり、チャーハン
の順番だったように思う。無難としか言いようがないチョイスだ。
評価はまぁそれなりだった。
料理自慢のスパニッシュおばさん達に対抗する気はサラサラ無いのでそれでよい。
次はあえてコンニャクでも持って行って物議を醸してやろうと思っている。
先生が率先して平均年齢を上げているこのクラスにおいては、俺は若者に分類されている。
唯一のアジア人はやはり若く見えるらしいので余計だ。
とはいえ中南米人であっても元気な人はやはり若く見えるもので、
中でもラファエロという66歳のおじさんはとても陽気でスパニッシュジョーク(?)を連発する愉快な人なのだが、
今日はパーティーだと言うのに珍しく来なかった。
忙しいのだろうと思っていたら、授業中に先生にかかってきた電話によると、
なんと急な心臓発作で倒れたとのこと。
これにはクラス一同呆然としてしまったが、とりあえず命に別条はなさそうだとわかって一安心。
ここはさすがシニアセンターだけあって、持病持ちが多いのだ。
先生からして心臓にペースメーカーを入れているし、
ブラジル人ジョセは心臓発作なんぞ4回はやっていると豪語していた。
糖尿病など生活習慣病の人も多い。(それでいて授業中にお菓子などを食いまくっている)
まさに病気自慢大会。
そんな状態でも皆さん意欲的に英語を教えたり習ったりしに来るのだから大したものだ。
せめて身体に少しでも異常を感じたらすぐ病院に行くクセだけはつけて欲しいと思う。
ところでこの真ん中の人はルーシーというプエルトリコ人の豪快なおばさんであり、
何かと俺にスペイン語で話しかけてくれるスペイン語の家庭教師みたいな人なのだが、
授業終了の別れ際、
「ノスベーモス!(またね)」
と言ってみたところ、
「ベソ!ベソ!」
と、いつになく緊迫したフレーズが返って来たのでちょっと焦る。
ベソ…どっかで聞いたような単語なのだが…。
困惑して周囲を見回すと、みんなはニヤニヤして、
「ほらベソだよ!ベソ!!」
などと言ってくる。
あー、わかった、思い出した。
ベソ = キス だな。
衆人環視のこの状況で、眼前にはなぜか真顔のルーシー。
勘 弁 し て く れ。
このように、このクラスでは唯一の純情な日本人に対する若者イジリが横行しているのだ。
なんと陰惨なシニアセンターであることか。
まぁ、適当にほっぺたライトベソ(口つけないやつ)で回避してきたけどな。
俺も少しは成長した。